吸血鬼騎士のディアーボルス(悪魔)

結愛

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第十七章~戦慄の憤怒~

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頭を振って考えるのをやめ、目の前のことに集中させる。

グレンに体をむけると、唐突にグレンは話し始めた。

「いきなり聞くけど、君はわかってるのかな?    自分を」

疑問符を頭に浮かべたライラの様子に、グレンはやはり、と確信したように目を伏せる。

一体なにが話されるのか。

それは、そして、数秒の間を置いてこちらを視る。

「自分がわかっていなければ、もはやそこに存在価値は見出せない。けど、君はなんでここにいるんだろう。平和にしたいから?    仲間に恩を返したいから?    いいや、違うね。君は何も知らないんだよ。自分のことを」

グレンは、自問自答を聞かせるように、語る。だが、ライラは本質が分からなかった。この男の、何を考えているかわからない、という肩書きが本来わかるべき答えを絡めとっていた。

グレンは、なにもかも見通したかのように、憶測でしかない、けれど辻褄のあう推理を口にした。

「君は――ライラではないよ」

ライラを含めたライラをよく知る人物が、一斉に耳を傾ける。そして、この男が言わんとしていることを予測しようとする。

「少なくとも、魔界での、イリス=ドラクレアではないんだよ」

どういうことか。

もったいぶるグレンをただただ、ライラは言葉を出さず待った。

「君はね。歴史の転換期、パラダイムシフトによって生まれた存在。本来、生まれるはずのなかった存在。アジ・ダカーハなんだ」

「生まれるはずのない·······?」

驚きを通り越して冗談としか受け入れられないライラは、グレンの言葉の意味を噛み締めるように返す。

それを首肯で返したグレンは、さらに続ける。

「君が覚えてるのは、魔界での出来事と、吸血鬼が生まれた直後からだよね?」

確認を取るようにグレンは、問う。

「あ、あぁ。そうだが」

「なら、魔界が滅んだ転換期だよ。その転換期によって生まれた。というよりも構築された、のほうがいいかな?」

顎に人差し指をあてて、未だに確信の取れないような言い方をする。それにライラは、うまく反応ができず、呆然としていた。

「構築?   この私が?   じゃあ魔界での出来事って······」

「疑似体験だった、てことかな」

真実にしてもほどほどにしてほしい。

唐突な話すぎて整理がつかない。

混乱した頭を振り、無理矢理に整理する。

転換期によって、生まれるはずのないワタシが生まれた。そして、吸血鬼が生まれた。あれ。そうすると、吸血鬼を生んだのって。

「君が吸血鬼を生んだ。この世界に、幕を下ろすためにね」

「え······」

驚愕の色に、他の感情が染められる。

受け入れられない、受け入れたくない事実を告げられた。

本当は、理解していたのではないか。知っていたのではないか。

色んな疑問が頭の中で飛び交う。全てを処理しきれない。混乱に陥り、ノルニルがその手から消失する。自由に顕現できるらしい。またこれも、決定的な証拠になる。

ノルとニルは、人狼だと理解していた。では、なぜ双剣にできた?   その方法を、知っていたから。本当のノルとニルを知っていたからではないのか。自分は、事実を知っていた。自分すら偽って、演じていたというのか。

渦巻く疑問が、締め付ける。息もままならない。過呼吸になりながら、グレンをみる。

哀しそうな表情だった。哀れむような、同情するかのような。けれど、結局はわかっていない。わかっているのは、自分のみ。呼吸が落ち着き、気持ちの整理が一段落したところで、グレンはまた話し始める。

「その理由はたぶん、一度切り替えるためじゃないかな。始まりがあれば終わりがある。いずれこの星にも終わりはある。だが、人間は禁忌に手を伸ばしてしまった。だから、終わりがはやまった。そしてそのために吸血鬼は生まれた」

「人間が禁忌を?     これは自然の摂理ではないのか?    地球が限界を迎えたんじゃ――」

知っていることと違う情報に、困惑する。

それもそうだ。文明以外のことであれば、全知全能なのだから。自意識過剰というわけでもないが、確かにそうだ。理に基づいたことは全て分かる。本として、脳内に収められている。

「残念だけど、それは違う。たぶん、前世のように残っているイリスの願いが影響したんだろうね。種族全員仲良しこよしのさ」

ひどいものだ、と呆れたようにグレンは笑う。グレン自身も、戦うのが好きだが、そういう理由で戦うのは好ましくないだろう。

「そういってやるな。イリスが悲しむ。それに、私はそれを受け継ぐ。破滅なんてさせるか」

決意を込めて、拳をつくれば、グレンは目を細くする。

「破滅·····ね。君は無理だ。破滅の道を辿る。これは運命に決められたものだ。抗えはしない。止めるなら、そこの人間に止めてもらいな。君が動けばどこかの国に不幸が訪れると言ってもいい。死神に成り果てるよ」

腕を組み、これこそきつい言葉でライラを引き返させようとする。けれど、ライラは他人事になどできず食い下がらない。

「これは私の問題だ!   貴様が関与することではないわ!」

覇気を盛大に放ち、牽制どころか、その場にいる者を畏縮させる。

怒りをあらわにして、ダーインスレイヴが召喚される。ダーインスレイヴの紅き剣身は、主の感情に呼応するように色が濃くなる。

「あーあー。怖い怖い。でも、もう遅いみたいだね」

グレンの声のトーンが落ちる。

なんのタイムミリットがあったのか、誰もわからず、その後の一瞬。なにが起こったのか理解出来なかった。

「ゔっ·······ゔぁぁぁぁああああ!!」

突然胸を強く抑え、しゃがみこむライラ。

呻きは響き渡り、風が不自然に吹き込む。辺りの草木は生気をなくし、枯れ果てる。

ライラを中心にして、黒い霧が渦巻いていた。それは、誰も近づけない、死の霧。知らなくとも、本能的に足が竦む。

四つん這いになり、未だ苦しみ続けるライラをよそに、グレンは周囲の光景に驚いていた。

空が暗くなったと思えば、今は不気味に赤黒くなっている。なにか起きているのは間違いない。そして、グレンは、はっと自分の体をみる。

千夜につけられた傷の再生が、止まっていた。

心臓さえ生きていれば、物理攻撃による傷なら全て再生される吸血鬼の治癒能力が完全に消えていた。

精神攻撃なんてまともにこの身で受けていない。千夜の攻撃も、まだ神の呪いをつけたものではなかったはずだ。ならなぜ止まっている。

「まさか······」

たった一つでた答えに、グレンは冷や汗をかく。本当にここまで技術が発達するとは思わなかった。そこまで吸血鬼を恨んでいたのだろう。

「治癒能力を消されたか」

範囲はあまり広くない。けれど、出る前にやられる可能性がある。身体能力がそのままなのは、不幸中の幸いということか。

勝機がみえたらしい人間が、グレンに刃を向ける。だが、グレンはそれを二指で掴み、遠心力で投げる。それも、人間に向けてだ。一瞬で二人を片付け、グレンは改めてライラに向き直る。まだライラは、悶絶していた。唸る声は低く轟き、もがくように地を掴む。開いた口から牙が見え隠れし、暴走寸前。角も既に一本、頭の左側に生えている。

「ありゃ悪魔だなぁ。サラちゃんもやられたし、抑えられそうにないかな」

サラはうつ伏せで気を失い、辛うじて一命は取り留めている程度だ。ライラを相手に出来るほど動けない。

グレンも、暴走状態のライラを抑えるほど強くはない。本来、表に出ることのなかった力が出るのだ。ライラ自身も無意識に抑え込んでいた力。それこそ、運命に干渉する、歴史変換の力。パラダイムシフトから生まれる人格というものは、ライラが最初で最後だろう。世界自体が滅びるなどという事例はあるわけがない。そんな力を持つこと自体が例外なのだ。それほどイラは理を捻じ曲げていたというのことになる。

「が、あ、ああああああああああ!!」

次第に呻き声は大きくなり、叫び声へと変わる。霧は収まり、ライラはしゃがんでいた。

頭に生えた、黒く輝く二本の角。闘志を剥き出しにしている牙。完全に、悪魔そのものとなった。

悪魔は静かに立ち上がり、顔を見せる。

双眸は、冷徹で、なんの感情もない。怒りも、悲しみも、喜びも。全ての感情が消え、ただ無がある。

辺りを見渡せば、誰もが足を竦ませ、その場に固定される。

とんでもない威圧感を本能的に感じていた。

そしてそれは、グレンも同様で。

「――っ!」

第五位始祖ではあるが、ここまでの威圧感を感じたことは無い。第一位始祖、元皇帝ヴラド・ツェペシュでも、こんな威圧感を放てないだろう。本能のままに後退し、じっと様子を伺う。

すると、悪魔が動いた。

「憤怒の力を解放。イラのグリモワールに接続。我はこの世を滅ぼしき者なり」

掌に現れた古ぼけた本を開いている。

怪しげな詠唱に、グレンは警戒する。

だが、千夜は違った。

即座に後退し、仲間に呼びかけている。離れすぎではないのかと疑問に思うほどだ。けれど切羽詰まったような表情に、企みはない。

異様な空気が漂う。ほんの数秒の間。

そして闇は訪れた。

比喩にあらず、世界が変わったかのように、空は紫になり、白黒のような風景になる。

不吉な予感。ただそれだけがなにかを知らせていた。

己に降りかかる恐怖で動けなくなりそうな体を叱咤し、グレンは千夜と同様に下がる。

瞬間。

目の前に、悪魔が迫っていた。と思えば、ダーインスレイヴをこちらに振ってくる。後退する途中だったので、首の皮一枚でダーインスレイヴはあたらなかった。けれど、一度も目を離さなかったが、その動作の予兆は見れなかった。はやすぎたのだ。

「うわぉ。こんなにピンチなのって初めてかも?」

呑気なことをいってはいるが、悪魔の前では所詮口先だけのこと。悪魔は特定の人を狙う訳では無いらしい。ただ、たまたまグレンのところに来ただけである。たまたまにしては恐ろしいが、これほどの剣幕も、グレンの予想通りだった。

「コロス。世界ヲ、ツクリカエル。皆殺シダ」

片言の、なんの脈絡もない言葉。けれどそれだけで、命の危険を感じた。

じわじわと広がる違和感。そして、それは目眩を起こす。
魔力。きっとこれがそうなのだろう。本来であれば、この世界の生き物には感じ取れないはず。だが、こんなにも感じるのだから、膨大な魔力なのだろうか。存在そのものを知らないのだから、特定などできない。

剣を構え、こちらも負けじと覇気を出す。比べるまでもないが、せめてもの抵抗だ。

「させるかっ!」

駆けながら剣を構え、いつでも反応できるように、五感を限界まで上げる。

こちらを一瞥した悪魔は、ダーインスレイヴを一振り。たったそれだけだが、とんでもない威力をもった斬撃が放たれる。軽々とグレンは避け、横目で人間の動きをみる。人間も抵抗するようで、それぞれ、悪魔に向かっている。さすがにこの人数を相手にするのは無理だろう。けれど、なにをしでかすか分からない。手に力を込め、地を蹴る。

「あ、ぁぁぁああ!」

声を発したのは、悪魔を襲おうとしていた人間だった。

あと五メートル。そんなところで、真下の地面が盛り上がった。不自然な現象に、反射的に剣を体の正中線に持ってくる。

「はっ?!」

地面から出てきたのは、見たこともない化物だった。

四本足に、サソリのような尾。胴体は、言うなれば人馬の人の部分みたいな。まったくもってなんて言えばいいのかわからない、体中が鉄のような金属で覆われたものだった。表しがたい姿に、目を見開く。

先ほどまでの勢いを全て殺され、下から打ち上げられた力に、宙へ上がる。

次の攻撃が来る前に、剣を大きく振りかぶり、振り下ろす。

「切り裂け、紅蓮衝波!」

地をも切り裂き、化物を一刀両断。血飛沫が舞うが、着地するなり駆け出す。

一刻も早く、これを止めなければ、破滅してしまう。それこそ、ライラが望んでいなかった結末。阻止しなければならない。

多大な被害を受けているのは人間だろう。未知の生物に、対応できる者など人数的には少ない。けれど、吸血鬼よりかは幾分かマシだ。単純な攻撃に翻弄されるほど、弱くはない。

「くそっ。ライラは一体どうなってんだ?!」

千夜は疑問を口にしながら刀を振るう。

よく分からない化物に、違和感。あのリーダー格の吸血鬼はなにか知っているようだが、それでも対処しきれないらしい。悪魔に近付こうとしているが、化物が邪魔して進めないようだ。そしてそれは、千夜も同じ。

まったく進んでいない。次から次へと妨げられる。

体力も、もう限界になってしまう。せっかく上層部が治癒決壊の術を発動してくれたが、それも無に帰しそうだ。無駄にはできないが、まずこれを止めなければいけない。

道が開かず、だんだんと後退せざるを得なくなる。

「「千夜!!」」

どこからともなく、声が降ってきた。すると、足を振りかざしていた化物は、バラバラに切り刻まれた。

スタッ、と音もなく降り立った二人は、どうみても、メイド服だった。

「め、メイド??」

頭にたっぷり疑問符を浮かべた梓は顔をみてハッとする。

「ノルとニル?!!」

思わず大きい声を出してしまい、その後即座に口に手を当てる。

「えへへ。可愛いでしょー」

「し、仕方がないでしょう。こんなのしかなくて······」

クルリと回り、後頭部に片手を当てて、ポーズを決めているノル。相も変わらず笑顔が絶えない。

それとは真反対に、ニルは裾を押さえ、頬を紅潮させている。けれど、その努力も虚しく、風が吹けばチラリと太ももが見える。

「おおっ。チラリズムってやつかぁ?」

これまた呑気な様子で隼人は不可視の幻術を展開する。これでもサボっていないので、梓は苦笑いで見逃すが。

「なにを言ってるんですかあなたはっ!!」

ニルは耳まで紅潮させ、隼人の顔目掛けて蹴りを放つ。
もちろん、隼人はそれを喰らい、見事に後ろに倒れる。けれど、隼人にとってそれは少し、いいことであったらしい。

(蹴られるとスカートの中見えるんだよなぁ)

変なことを考えながら、上体を起こした。

未だ頬を赤らめ、ニルはコホンと切り替えるように咳払いをする。

「兎も角、主は暴走状態にあります。一刻も早く抑えなければいけません」

深刻なこの状況を、ノルとニルは把握しているようだ。詳細は省くが、少なくとも、ライラを取り戻すことは可能らしい。

「だけど、もうちょっと力が必要なんだよねぇ。それこそ、吸血鬼一人ぐらい。はぁ。なんで人間は嫌うんだか」

分かりやすい溜息を、ノルはつく。

それに関しては、もうどうしようもないところまできてしまっている。今更どうこうできるものではない。

「私が手伝いましょう」

「お前はっ?!」

「ここでは、私のことをルーナと呼んでもらえませんか?    裏切り者になってしまいますし。まあ、それどころではないのでしょうけど」

名前を口にしようとした千夜だが、ルーナに口止めされ、ギリギリ押しとどめた。

ルーナは、仮面をつけ、顔はわからない。だが、吸血鬼であることは確かだ。傷だらけの体でも、弱音を吐かないほど根性があることは、その場の誰もがわかった。

「これでなんとかなりそうやなぁ。けど、はてさて信頼はできんのかえ?」

薫は、伺うように問う。だが、ルーナは反論はしない。

確かに吸血鬼は信頼ならないのが人間だ。だが、今はそんなことを気にしてられない。それに、これは吸血鬼にとってピンチでもある。協力をするほうが先決だ。

「そこまで信じてもらわなくて結構。私は私なりにするだけだ」

独立宣言をしたルーナは、刀を抜く。仮面越しでも、その瞳からは覚悟が分かる。

薫は、なるほどと微笑み、同意の意を示す。

「なら、手分けしてやろう。ルーナは、とどめを刺してくれ」

「了解した」

そういうなり、ルーナは駆け出す。それも、なるべく悪魔の死角、後ろに遠くから回り込む。暗殺に関しては優れているのだろう。足音を出さず、そっと離れる。

「千夜様。信用してよろしいのですか?   あの人、この件が終われば真っ先に攻撃してきそうですよ?」

小春は、遠ざかるルーナの背中を見ながら、問う。

千夜は、実に言いにくそうな顔をして、苦笑する。

「ま、俺らはそういう関係だしな。そんなもんでいいんだよ。むしろ、仲悪いのに、どっちもピンチだったら助け合うってのはキレイじゃねぇか?」

こんな戦場で、それも、最悪の仲で、でも、それであっても困ったときは協力し合う。それはそれで、綺麗なものだ。協力し合うだけの仲があればいい。

「そう······ですね。こんなときですし。それはそれで、いいかもです」

小春は少し、表情が柔らかくなった。

ライラと出会ったのがきっかけだろう。吸血鬼のせいで父を失くしたため、吸血鬼に対する復讐心は人並み以上だ。けれど、身近に吸血鬼がいて、それが割と優しくて、吸血鬼全般を嫌わなくなった。いい影響だっただろう。

「さて、始めっぞ。そろそろ満ちてくる。なにか仕掛けてくる可能性があるし、充分注意しろ!」

「「「「はい!!」」」」

幻術が解け、化物がまた襲ってくる。それを躱して反撃し、勢いをそのまま利用して突き進む。


悪魔となったライラを見るまでは、誰も気付かなかった。
破滅の正体。

まだ、これからが本番であることを。この化物がただの序章であることを――


未だ誰も、分からない



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