吸血鬼騎士のディアーボルス(悪魔)

結愛

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第十六章~懐かしの声~

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「ん······?  なんか変なモノが接近してるんだが」

ライラが突然、疑問の声をあげ、前方を見据える。

その行動に、一同は同じように前方をみて、目を細くしてじっとみる。

「モノなのか?    白龍を使っても、吸血鬼にしか見えないが」

何度見ても、こちらにゆっくりと歩み寄る吸血鬼にしか見えない。だが、ライラには、モノとしか判断出来なかった。正確な情報が読み取れない。索敵を惑わす吸血鬼。それは相当な実力者か、逆に相当弱いのか。覇気もない。謎すぎる。

「は、走ってくるぞ!    戦闘に備えろ!」

踏み込みが見え、走ると断言する。そして、その通りにこちらへ一直線に走ってきた。

全員が構える。隼人は、幻術をすぐに展開できるように構える。素早く動けるように、ライラは一度後退して距離をとる。

「みーつけた」

そんな、呑気な声を、ライラは聞いた。そして悟った。

――嗚呼。こいつには勝てない·······。

ライラの顔に、絶望の表情が貼り付けられる。

想像したのは、血飛沫に染まる視界。悲鳴もなく、刹那に訪れる死神。

「――ッ。に、逃げ······!」

「逃がさない」

千夜たちを置き去りに、その吸血鬼は、なぜかライラのみを狙ってくる。

しかも、ライラが声を出すときに、間髪入れず、考えごと斬るように、吸血鬼は持っている剣を振りかぶる。

ライラは、考えることなく、反射神経のみで抜刀し、その攻撃を受け止める。片手を添えて、踏ん張るが、上からの攻撃で、不利になる。もちろん、そこに付け入り、吸血鬼はぐっと、五センチほど押す。更に不利な体勢になり、カタカタとダーインスレイヴが鳴る。

「くっ······」

「おやおやぁ。麗しき姫君よ。何故こんなところにいるのです?」

苦悶に顔が歪む中、吸血鬼は楽しそうに笑う。だが、力は抜いてくれはしない。

その人物をよく知るライラは、その言葉に、目を細め、負けじと押し返す。

「おうおう、こりゃあ久しぶりだなクソ野郎。お前こそなんでこんなところに来てんだ?」

吸血鬼の言葉に反し、ライラは普段使わないような言葉遣いで言い返す。

両者、譲らぬ戦いに、置き去りにされた千夜たちは、空気を読み取り、生唾を飲む。

「ありゃなんだ······」

呆然とするのもしかたがない。なんせ、あのライラが押されているのだから。しかも、知り合いのようで。

「おい、千夜!    こいつは私に任せて行け!    ここら周辺には吸血鬼はいない。今が絶好のチャンスだ!」

捨て身、というわけでもないが、ライラは咄嗟に言い放つ。

だが千夜も、ライラの助力をしようとするが、キッとライラに睨まれ、足が止まる。

敵う相手ではない。吸血鬼と一番渡り合えるのは、ライラしかいない。

舌打ちをして、千夜は踏み出そうとした足を引き戻し、ライラに背を向けて全力で走る。他のみんなも、それについていく。

その様子を見て、ライラは安堵の表情を浮かべようとするも、まだだと自分を制す。

足に力をこめ、後方へと、最高速で後退する。そのまま、ダーインスレイヴを、突きのように構え、追撃に備える。
対して、吸血鬼はライラが後退した方をみて、微笑を浮かべる。

「まさか、出てくるとは思わなかったよ。君は安全の方をとると思ってた」

変わらず笑顔を保つ吸血鬼は、実に余裕そうで、ライラの癪に障る。だが、ライラは顔色一つ変えず、厳しい表情で、構えを解かずに返す。

「そっちこそ。地上にでてくるとは予想が外れた。というか、忘れてたよ、あんたのことなんか」

「えー?   恋人なのにぃ?    ひっどいなぁ、姫君は」

忘れてたのはあながち間違ってはいない。千夜に会うまでは本当に忘れていた。

この吸血鬼の口調に苛立ちを感じるが、それよりも、本能が警戒しているほうが大切だった。

この吸血鬼、グレンは、第五位始祖。皇帝選抜戦に選ばれていながらも、辞退した。だから、存在はほぼ表にでていない。

前髪が右だけ伸びている灰色の透き通るような髪。何を考えているかわからない紅い瞳。見間違えようがない。特徴的すぎるその姿は、女とみても違和感すらない。妖艶に微笑む顔は実に美形。だが、それを台無しにするのは、なにを見据えているかわからない眼差しだ。不安に思わせるそれは異様だった。

「気持ち悪い。そんな言い方やめろ」

姫君、なんてグレンに言われても、嬉しくなんかない。むしろ、馬鹿にしてるように聞こえる。

グレンは、特に構えたりなんかせず、剣身を右肩に乗せてニコニコとしている。

肺の中にある空気を吐き、吸い込んだところで息を止め、腰を落とす。すると、グレンも左胸に剣を持つ手を当て、剣身が顔の左にくるように構える。それはまるで、騎士のような構えだ。二人の間に静寂が訪れる。一歩とも、固定されたように動かない。風が髪を靡かせ、春の香りを運んでくる。

「せやぁぁぁあ!!」

静寂は刹那の間だった。

ライラは大きく踏み出し、一気に間合いを詰めて突きを繰り出す。あたれば致命傷の攻撃を、グレンはひらりと躱し、突きの勢いで前に出たライラに、その勢いを利用して、突く。だが、ライラもそれを予測し、半身にして避け、剣を弾き返して振りかぶる。グレンは軽々と跳ねるように右に避け、横に振る。空気をも斬ったその斬撃を飛び越え、上空で十字の斬撃を放つ。斬撃は地面を抉り、土埃が舞う。けれど、それもあたってはいない。土埃が舞う中、ライラは嗅覚を頼りにグレンを探す。先程までいた影がなくなった。

土埃が落ち着く。人影も、すべて、グレンの位置を知らせるものはなかった。

「くそ。逃がしたか。······盲点だった。グレンのことガチで忘れてたな」

口調は戻らず、舌打ちをする。

不機嫌まるだしに戻り、身体から放たれる覇気は怒りを混じらせた。

ダーインスレイヴは納められないため、身を屈めて目的地に向かう。もう襲撃している頃合いだ。いちいち遠回りに行かなくてもそのまま行けば丁度いいだろう。

景色が流れ、次から次へと変わってくる。

開けたところにでれば、剣のぶつかり合いがあらゆるところから聞こえる。もう、戦争は始まった。千夜の姿が視界に入る。

「なっ」

千夜はグレンと戦っていた。

圧倒的に、千夜は押されている。傷だらけの体を無理に動かしている。対してグレンはそれはもう微笑を浮かべながら全ての攻撃を防ぎ、浅く切り傷をつけている。完全に楽しんでいる。

まさかの光景に目を奪われていると、横から雄叫びが聞こえてくる。

我に返りダーインスレイヴを一閃。それだけで相手の胴体は切り離された。

「ライラ様っ」

「ノル、ニル。大体どのくらい経ってる?」

二人と合流し、状況を聞く。

二人は息を少し切らしながら答える。

「およそ一時間弱は経っています」

「もう、指揮官が押され始めているので、そう長くはもたないかと」

それは、誰もがみれば分かる。指揮官がいなくなれば陣形が崩れるのはこちらも同じ。恐らく指揮官同士が戦っている。けして個人で戦っているわけではないが、援護している梓の攻撃は当たりはしない。それに、じきに他の吸血鬼がくる。それは危険だ。

「やばいな。仕掛けるなら今頃だろうな」

「でも、主は大丈夫なのですか?」

心配をしてくれるが、大丈夫と返す。決して断言出来るものでもない。さすがにこの広範囲では、今のライラでは命を落としかねない。慎重かつ、見極めなければ終わる。

「とにかく、まずは吸血鬼だな。退けておかないとまた衝突する」

「わかりました」

戦争なんて、もうしないように。また前のように平和に暮らせるように。

願いをこめて、ダーインスレイヴを振る。血飛沫が舞う。それは、薔薇のように綺麗で。

カチッ。

心臓が跳ねる。それは、以前感じたような、なにか、進む音。この音が、この現象がなんなのかは定かではない。だが、もし、予想があたっているのならば、大変なことになってしまう。

「ぃゃっ」

どこからか、悲鳴が聞こえる。それは、聞き慣れた声だった。

「ノル、ニル!」

その二人の首元を掴んでいたのは――。

咲良だった。

こんなときに、なにをやっているのか。そんなことを聞く余裕はなかった。

襲いかかってくる吸血鬼を、袈裟斬りで斬り伏せ、さらに、振り切った腕を翻して横に一閃。それで多数の吸血鬼の首を跳ねる。

立ち止まってなんかいられなかった。弁護など、聞き入れる余裕もない。ただ、二人を助ける。それだけ。

「竜田姫」

咲良の袖口からでた鎖が二人の首に巻き付けられる。両手が空いた咲良は、覇気を放つ。咲良にそんな芸当ができるはずなかった。けれど、覇気はその身から放たれ、耐えきれなくなったようにメガネが割れる。そのメガネを捨てた咲良は、抜刀し、隙の多い構えをとる。それはまさしく。

「ああ。そういうことか。つまり、もともと咲良は人間ではないと。吸血鬼であると」

咲良の瞳は、紅く染まる。それはまさしく、吸血鬼の身体的特徴。前から見たことがあると思っていたのは咲良、いや、サラが皇帝選抜戦の残りの候補にあがっていたから。その姿を何度か見たことがあるためだった。

裏切った、などという台詞はいわない。元々、情報集めに潜入していたのだから、最初から反旗を翻すのも当然。

「あなたが来た時は驚きましたよ。まさか、ここまで落ちぶれているなどと」

「心外だな。落ちぶれちゃいないさ。私はいつでもトップなのだから」

その返答は間違っていない。本当に、ライラは世界最強と謳われる者。封印されていなければだが。

「ですが、もう終わりですよ。人間は」

強く、突き放すように言ってくる。サラ自身、ライラをこのまま仲間の間で悪く言ってほしくないのだろう。そんな人が相手では困るから。正々堂々と、皇帝選抜戦候補として、正々堂々と戦えないから。けれど、ライラは一歩も引かず、構えをとる。

「どうかな。人間は生命力が本当に強いよ。抗うことに長けている」

呆れ交じりにいう言葉は、哀愁を纏った。

諦めることがない。そのせいで、こんな戦争に至っているが、そこまで抗うのは、強大な力をもった吸血鬼にとって、嬉しいことでもあった。なんせ、何百年と終わりの来ない人生で、楽しみが増えたのだから。

「あなたは、一体なにをするつもりなんですか?    人間を助けても意味はありませんよ。むしろ報われません。自分のためならなんでもしてみせるんですから」

ギュッと、サラは柄を強く握る。

心当たりがあるのだろうか。悔しそうな、辛そうな色が瞳に浮かぶ。

「私はその場面をみました。ひどく残酷で、ひどく軽蔑された世界を。······だから、もう、終わりにするんです。ここで、この連鎖を断ちます」

サラは知らない。ライラの、魔界での出来事を。だから、ライラがどういう気持ちで聞いてるかなんて知らない。故に、自分がどういった行動をとっているかなんて分からない。

(知識の差ってひどい結果をもたらすな)

ライラも、教えるほど余裕はない。

「さてさてねぇ。君が、真実を知る頃には私は生きてないだろうな」

苦笑を混じえたまさかの発言に、サラは目を見開く。

自虐しているのやら、全くサラは理解出来ずに、数回、瞬きをする。けれど、驚愕の表情はださない。

ダーインスレイヴを一度この場から消し、静かに息を吸う。

「それは、どういう――」

「残念だが教えられない。いまここにて顕現せよ、ノルニル!!」

サラが問おうとするが、それを遮り、ライラは言霊をのせる。

たちまち、竜田姫が砕け散り、ノルとニルは束縛から開放される。そして、二人は――繋がりし一対の剣は、ライラの言霊に呼応した。

「「了解しました。マイマスター」」

その姿は、薔薇を模した桃色と赤紫色の、双剣と化す。綺羅と輝くその剣身は、その場にいた者の目を奪い、魅了した。

双剣を掌中に収めたライラは、双眸に本気をともす。


――そしてそれが、最後の、ライラによる、強い意志によるものだった。



サラは、爆風に踏ん張り、前を見据える。今ここでライラを見失っては、勝てない。だから、無理にでも目を開き、姿を捉える。

「我が身に宿れ、我が身と同化せよ。竜田姫っ!」

紅葉が竜巻を起こし、サラを包み込む。サラの姿が、紅葉を散らせたミニ丈の浴衣姿に変わり、その手には、赤みがかかった橙色の脇差を握る。

まさに、竜田姫を顕現したような姿。否。完全に、宿した姿だ。

「すまない」

ただ一言。

それを零し、ライラは双剣を構え、クレーターをつくる勢いで踏み込み、一直線に駆け抜ける。

サラは防御の構えをとり、真正面から受け止める。

その衝突だけで、切り裂くように大気は音をあげ、風が吹き荒れる。

皇帝選抜戦候補の二人があたる。ただの攻撃が、周りに影響を及ぼし、そこら辺で戦っていた吸血鬼や人間を吹き飛ばす。そんなことは構わず、攻防は繰り広げられる。押されていたのは、サラだった。ライラは、様々な隙をみて、同時に仕掛け、片方が防がれてももう片方の攻撃はあたる。双剣の利を完全に自分のものとしていた。巧みに使い、舞うように切り刻む。一つ、また一つと、切り傷をサラは増やしていく。切り傷といっても、なるべく避け、浅い傷でおさめる。どちらも隙を伺い、なかなか致命傷にはいたらない。

「炎舞、一の門。フレイム」

そう呟けば、双剣は炎を纏い、切ったところを燃やす。

「竜田姫、紅玉。錦秋」

紅葉が散ったかと思えば、脇差が錦のような色鮮やかになる。

双方、術を施した武器で構え、放つ。

どちらも袈裟斬りだが、その威力は尋常ではなく、ぶつかりあえば衝動波を生み出す。

「は······あぁぁぁぁっ!」

声を上げながら、押し合いが続く。

鍔迫り合いになり、力量のみの比べ合いになる。どちらとも引かぬ戦いとなり、地面が堪えきれずに崩れる。

ライラは、魔術など使わず、術のみで戦い、ハンデなしの、それこそ本気の戦い。

「魔術は使わないんですね」

「使ったら卑怯だと罵られそうでな」

確かに、と納得するあたり、サラはあまり乗り気なものではないのだろう。戦いにも、ブレがでている。

「けど、もう終わらせます」

「そうだな。これ以上の長期戦は響く」

互いの同意を得たあと、一旦後退し、態勢を整える。

二人の間に風は吹き、互いの息遣いが聞こえるほど静かになった。吸血鬼の大半は後退をはじめ、人間は遠くでこの戦いを見守っている。少し遠くでは、まだ千夜とグレンが戦っていた。重要人物による戦い。もう誰も手出しできない。

「炎を散らせ。全てを燃やせ。運命のもとにて、彼の者に安らぎを」

「紅葉纏いて、敵を貫け。朽ちる果てに彩りを」

「「参る!!」」

残像を置き去りにし、真正面から、それぞれ奥義を発動してぶつかる。すれ違った二人は、どちらもボロボロの格好だった。数秒の時が過ぎ、パタンと、倒れた。

立っていたのは、ライラだった。

「アニメみたいな終わり方だな」

ふらつく足に鞭打って、乾いた笑いを響かせる。ぎりぎりで、サラの攻撃の軌道をずらしたことが結果に及んだ。

「あなたは、人間に、堕ちたのね」

悪意のこもった声で、未だにサラはうつ伏せでもこちらを睨むようにみる。それでも、ライラは感情を出さず、淡々と答える。

「吸血鬼をおもってのこと。人間のみではない」

もう動けないサラに、訂正するように言いかける。サラは回復待ちだろう。そして、それも時間がかかる。体力を使い果たしたのだから仕方がない。ライラも、自分のボロボロになった体をみて、予想以外の満身創痍にほんとうに苦しい苦笑をするしかない。服も、大事なところは隠しているが、太ももは露出し、血で塗れている。なかなかに無様だ。

サラは、苦しそうに息をしながらも、決意のこもった瞳は揺らがない。

「そんな戯言を······聞きたく······なかっ···た」

吐血をし、掠れた声で最後の言葉を残し、サラは気を失った。こんなにボロボロならば、善良な人間は捕獲程度で済ましてくれるだろう。なんせ、サラは皇帝選抜戦候補でもある。情報を引き出すにはもってこいだ。

少し哀れむような視線を向けるが、頭を切り替える。

こんなに全力で戦って、勝ったのに、敗者にそんな視線を向けては失礼だ。

自分を軽く叱責し、千夜の元へと駆ける。

後退していたはずの吸血鬼が、また戦場へ戻っていた。どうやら様子を影から伺っていたらしい。横目で見ながら、片付けるかと、判断し、急ブレーキをかけ、引き返す。そこからは、誰も何が起こったのか分からなかった。

迸る剣戟、耐えきれぬ大気が切り刻む。それすら操り、戦う姿はまるで疾風――否、比喩にあらず疾風だった。戦場を駆け抜け、必要最低限の力をもって、吸血鬼を無力化する。戦場に訪れた風。それは自然現象によるものではなく、人為的に起こったものだった。その動きに、吸血鬼でも、無論人間でも、その場にいる者にはついていけない。むしろ、ついていこうとする者が馬鹿だろう。すべてにおいて、戦場を支配した彼女は、やがて勢いをおとし、グレンの前に立つ。満身創痍のはずのその姿は悠々とし、先ほど対峙したときよりも覇気が出ていた。

これが、ライラが今もてる、全ての力。あらゆるものでも切断してしまう、ノルニルという神を宿した双剣。擬人化ならぬ擬狼化するとは誰もが思いつかぬこと。

それを目の前にしても、微笑みを浮かべるグレンは、相当な変わり者なのだろうか。殺意のこもる眼差しを受けてさえ、堂々とする姿はまさしく眉目秀麗。男だというのに、この美しさはもったいない。

ライラは、剣を収めることも、振りかぶることさえせず、ただ佇む。

「ノルニルは、てなずけたんだね。なんということか」

言葉と裏腹に楽しそうな笑みを浮かべてるのは、琴線に触れる。だが、そこをぐっと押し殺し、千夜の耳に顔を近づける。

「まだいけるか?」

「ぎりぎりな。ただ、上層部がそろそろ仕掛けるはずだ。それまでもたないと」

やはり、戦況は厳しいだろう。だが、グレンはどうやら戦う気はないらしい。ライラが来た途端に、剣を納め、ただただ笑みを浮かべている。恐らく、なにか持ちかけるのだろう。それなら、少し時間が稼げそうだ。

「なんとかなりそう······か?」

「いや、あいつの話に乗るなよ。あいつは割と頭がきれてるからな」

耳打ちをしながら、廃ビルをみる。

吸血鬼の力を解放したライラは、千里眼などでみえないものが視えてしまう。それは情報として知覚する。そして、まさに廃ビルに、人影が視える。数名の男だろうか。明らかに人間だ。しかも大人。ならば、上層部の使いの者だろう。となれば、なにか仕掛ける機会を探しているに違いない。その機会をつくればなんとかなる。少なくとも、吸血鬼を後退させられるだろう。

時間確認するため、胸元にしまってあった懐中時計を取り出す。懐中時計は、ガラスが割れ、壊れてしまっていた。そこそこ消耗品だったので、どうってことはないが、割と愛用していたもので、残念だと思ってしまう。

止まった時刻に、ふと、感覚が蘇る。

なにか、カチリと進む感覚。あれは一体なんなのか、未だに分かってはいない。自分の知らないところでなにか動いているようで、不安に胸が締め付けられる。まだ。まだ気を緩めてはいけない。なにかが潜んでいる。狙っている。不安と恐怖に押しつぶされてしまわないよう、空を見上げる。

空は、灰色の雲で埋め尽くされ、これから荒れることを知らせるように、暗くなっていた。
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