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第十九章~終わりの詠唱~
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振るわれた剣は、風を切り裂き、身をも切り刻む。
蹴られた地は、クレーターのように凹み、脚力の強さを強調する。
なにも捉えていないかのような眼差しは、ただ虚ろだけを写した。
これこそ、ライラの望んでいない殺戮兵器。感情がないから扱えてしまうもの。そしてその分強い。
悪魔の放つ斬撃は、到底防げるものではなかった。
風が操られたかのように刃を放つ。これはきっと、魔術だろう。空気を圧縮して放つ刃。かまいたち、というものだ。
そして、いつ現れるかわからないそれは、対応するには困難を極めた。
「ノル!!」
「わかってます!」
ノルとニルは呼応し、同時に跳躍する。
一瞬で地上の化物を把握したあと、腰をまわし、遠心力で、ノルは斧を、ニルは短剣を振り回した。
一帯の化物は、それで消えたが、まだ他にもいる。しかも、地中にいる可能性もある。どこからともなく来るのだ。どうしようもない。
「姉さん!!」
「うわっきゃっ!」
急所をはずしてしまい、弾かれるニル。そこに、悪魔のかまいたちが襲いかかり、避けられない。
「――っ!! 風神・斬!!」
短剣に言霊をのせ、防御に徹する。
だが、それでもかまいたちの勢いは殺せず、後方へと吹っ飛ばされ、瓦礫に突っ込む。
「がっ、あっ」
思わぬ威力に、そのまま麻痺する。
立てなくなり、腕の感覚もない。
荒い息を整えるように、深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着き始めたところで、足を立てる。だが、立ち上がると、ふらりとよろけ、バランスがとれなくなる。
「姉さん!」
倒れる寸前でノルがその体を支え、治癒をする。
あまりにも、怪我は多い。
「ごめん。ノル」
「いえ、いいですよ。いつも助けてもらってるので」
こんな時にでも、笑顔を絶やさない。それは、とても安心できるものだった。
その笑顔に、笑みを浮かべ、立ち上がる。
ノルのおかげで麻痺はなくなり、もう戦える。
「ノル、解放するよ」
「あれを使うんですね」
二人で頷きあい、手をとる。
両手とも繋ぎ、目を閉じて、唱える。
「解放せよ、我が源よ」
「解放せよ、我が血を」
「「ノルニルの名において、血力を解放する!」」
傷から出てきていた血が、集まり出し、二人の前で宙に浮遊する。
二人の額には、紋章が現れ、オーラは赤みを帯びた。
浮遊していた血の中に片手を入れ、なにかを引き出す。
それは、とても、紅く、綺麗な刀だった。
″血解″
人狼の中でも、極めて特殊な力。
百代のうち二、三人ほどしか生まれないという、希少なものでもある。
血の力を解放し、とてつもない力を得るというもの。五感どころか、第六感まで鍛えられる。
己の血を代償とするかわりに、力を得るが、使える時間は短い。なにせ、血がなくなるまでやるのだ。血は、自身の熱さによって蒸発してしまう。だから、危険であり、強力。
そしてそれを充分理解した上で、ノルとニルは使った。
「いくよ!!」
「はい!」
地を踏み、蹴る。その動作も、見違えたほどに素早くなり、一気に距離を詰めていく。
突き進むその体は、槍のように鋭く、貫く。なにに立ち塞がれようと、一直線に突き進む。
これこそ、人狼最強の力。
「はぁあああっ!」
刀を振るえば血が舞い、その身を狼とすれば、通る道にはなにもない。
圧倒的な蹂躙に、思わず人間も動きを止める。
化物が、一瞬にして屠られる。
全て狩り尽くした後、二人は悪魔に向かい、足を踏み出した。
だが。
「なるほど、面白い。血解か。だが、それで我を倒せるなどとは思うなよ」
喋らないとおもっていた悪魔が、口を開く。
その驚きと同時に、悪魔から放たれる覇気に押され、血解が解ける。
「そんな!」
「くっ、これほどまでとは」
紋章は消え、さきほどの力も消える。
もう、血解を使うほど、体力は残っていない。今解放すれば、すぐさま、殺される。
「よそ見してんじゃねぇぇ!!」
千夜が、白龍を纏った刀を振る。
白い刀身は、悪魔が操る風によって防がれ、弾かれる。
だが、無理矢理にでも押しとどめ、せめて間接的に押す。
だが、さすがに届かず、かまいたちが横から襲う。
「ちっ!」
刀を翻して防御し、態勢を立て直すために後方へ下がる。
「ふむ。どうやらこの体はもう私のもののようだな。さすがにあやつも戻れまい」
笑いを噛み殺した悪魔は、非常に不気味と言える。見た目はライラでも、中身が違えば相当変わる。性格も捻じ曲がっているようだ。
「君は何者なのかなぁ?」
突然グレンは割り込み、問う。
人間も、今吸血鬼と戦うなど望んでなく、攻撃は仕掛けない。
千夜は紅蓮の様子を伺い、再び悪魔をみる。
「我か? そうだな。確かにお前らが言う通り悪魔だ。が。それとはちょっと違う」
会話に持ち込まれ、攻撃などできない。そもそも、当たらないのだから、なにか分かるまで攻撃しない方が先決だろう。
「ちがうって、どんな風に?」
グレンは興味深そうにニヤリを笑みを作る。相も変わらず、なにを考えているのかわからない笑みは、この戦場において異端だった。
「君たちのいう悪魔は、天使と相対するものだろう? だが、我は相対しない。おそらく、今は中にいるライラのとこに天使がいるだろうな」
その言葉に、グレンは笑みをやめ目を細める。なにか心当たりがありそうな雰囲気だがとても話す気にはなれない。
「我は、パラダイムシフトにより生まれたライラに仕える者さ。悪魔というのは、いずれもパラダイムシフトによって生まれた者の心にいる。それが負の感情により構築され、悪魔となる、ってことだよ」
ふふっ、と不気味にも微笑む姿はやはり悪魔。この悪魔が言うことが本当なのならば、それは一大事になる。
「おい、グレンとかいったな。お前がライラを悪魔にしたということか?」
「そういうことになっちゃうねぇ。でも、実際はライラの自業自得だよー? 僕の話聞かないで逃げちゃうんだもの」
(いや、それも、お前のせいだろ)
突っ込みたいところだが、そこを抑え、悪魔をみる。
なにか、変わってきているのは見間違いだろうか。
角が短くなってきている。そろそろライラもでるはずだ。
それまで、少しは時間が稼げるらしい。
「おやっ。天使が手を貸したか? そろそろ戻るみたいだな。そうすれば、この世界は終わる。きっと、ライラの手でね。では、私はこれで失礼す――」
るよ、とは続けられなかった。
悪魔は驚愕に染まり、己を突き刺した刀をみる。
「さ、·······ルーナ?!」
その場にいた者は、驚き、二の句を繋げられない。
「あなたは、ここで、討ちますっ·····! だから、戻って······」
目に雫を浮かべたルーナは、消え入るような声で願う。
「さすがだね。理解が早いよ」
グレンは、さも当然のようにルーナに言う。
ルーナは奥歯を噛み締め、悔しそうに俯く。だが、誰も理解出来ていなかった。
「おい! どういうことだよ! なんで刺した!!」
なにも分からず、千夜は答えを求める。
グレンは少し考える素振りを見せてから、口を開く。
「いやぁ、ね? だって、戻るってことは、滅ぼそうとしてるわけでしょ? さすがにそれはできないよ。ま、これで死ぬならそうなんだろうね。僕も惜しいけど、滅んでしまうなら、犠牲を払うしかない。彼女も望んでただろう?」
しかたない、とグレンは言う。
だが、千夜は納得できなかった。動きを止めるだけならまだしも、討つなどとはわからない。
「だからって、討つことなんて·····」
手に持つ刀を握りしめる。
それは、ルーナ自身も感じていることだった。
「かはっ。······ぐ、グレン? どうしたんだよ、そんなに驚いて。憎らしくないじゃんか」
みんな、その場にいる者は悪魔を、ライラを振り返る。
もう、聞くことはできないと思っていた声。
いの一番に、ルーナは駆け寄る。
「ら、ライラ?!」
困惑しているのだろう。彼女らしくない慌てようだ。けれど、同時に、安堵した。
ライラは、倒れる体を鞭打ってでも奮い立たし、ルーナに支えられながらも、地上に再び足を下ろした。
「どうやら、私はここまで、らしい。よくもまあ、防げたものだ。自分で、防げなかったものでな。確かに、さきほど戻れば、なにか、しでかしたかもしれない。天使とやらに、会ったしな」
途切れ途切れにも、言葉を繋ぎ、乾いた笑いを響かせる。
唖然とする一同に、さすがのライラもきまりが悪くなる。
こんな場で笑うのは、きっと、不吉だ。だが、笑わなければ、やってられない。もう終わりが近づく。さすがに笑っていったほうが、後味がいいはずだ。
「はぁ·······なに最後っぽくしてんのかねぇ、姫君は」
「あ?」
やれやれとでも言うように、グレンは両手を上げる。
「まだ終わってはいないよ。むしろ、まだ本編に入りたてなんだ。あー、やだやだ。まだ続くなんてね」
「いや、私はこのまま、死ぬんだが――っ。? そういえば、なんで私はまだ死んでない?」
自分の体を見ても、もう死にかけ。満身創痍の体だ。痛いと思っても、意識は朦朧としない。終わりが見えない。
もう終わると思っていたのに、まだ終わっていないのは、ちょっと期待ががくんと落ちた。
「え、ええ~。終わると思ってたのに。じゃあ、泣き損じゃないですかー」
梓が、浮かび始めた涙を拭って、冗談を言いながら、気を引き締めた表情になる。
「こ、これからどう暴れるんだよ」
「今回復するよりも、先に暴れちゃって、力がなくなってからのほうがよくない? 今なら暴走しても特に威力はないし、力だしちゃえば、あとはコントロールするだけでしょ?」
あはは~、とこんなときでも笑みを作っているグレンは、一言で言うならば――
「ウザい」
「えー? 酷くなぁい?」
「いや、この満身創痍の怪我人に言うような言葉じゃないだろ。そもそもいつになったら――」
「来たね」
グレンの様子が一風変わって鋭くなる。
思わぬ変わりように、きょとん、としてると、なにやら声が聞こえてくる。
『消エロ、消エロ、消エロ、消エロ、消エロ消エロ消エロ消エロ消エロ消エロ消エロ消エロ』
「え、ええ、えぇ?」
不気味なほど、同じ言葉が聞こえてきて、困惑する。
一方で、辺りの光景は何も変わっていない。グレンが言っていたことは、きっと、この声によるものだろう。
だが、他の人には聞こえないようで、いまだ首を傾げている。グレンがふった割になにも起こらず、嘘なのではと疑問に思う。
「あれ。もしかしてライラ限定?」
と、グレンがライラに答えを求める。
ライラは、よろける体をしっかり立てようとして、少し傾いた状態を起こす。
すると、カタリ、と胸元からなにか落ちる。
それは、壊れた懐中時計だった。やはり、それは動いていない。いつどこで壊れたかは分からないが、壊れても大切なものに変わりなかった。その理由はわからないが、手放してはいけないと思う。自然と手を伸ばし、掴もうとする。だその一連の行動は、特におかしい訳ではなかった。だが、グレンは、ハッとしたように目を見開き、それを防ごうとする。
「だめだ!! それを手に取っちゃ!」
「え?」
けれど、グレンの声が届くよりも早く、懐中時計は手中に収まる。
そして、異変は起きた。
「な、なんだ·······?」
懐中時計は、ピシリとヒビがはいり、禍々しい黒いオーラを出す。そして、刻は進んだ。
カチリ、と時計の針が進む。動かないはずの、壊れた針が、動く。さらに、黒いオーラは、ライラの身を包む。
あっという間に、ライラの姿はオーラに紛れ、見えなくなる。
「またかよ······!!」
せっかく、悪魔から取り戻したのに、同じような感じで、振り出しに戻っている。しかも、その時よりも明らかに違った。
恐怖が身体中を駆け巡り、早鐘を鳴らす。足は竦み、グレンであっても、険しい表情でいた。
すぐさま離れ、様子を見守る。近付いても、被害が出るだけだ。
何も出来ず、ただただ見ているだけ。
「「ライラ様ぁぁっ!!」」
ノルとニルは同時に主を重んじる。
けれど、きっとその言葉も届かない。聞こえやしない。酷いことに、もう対抗する術を持っていない。なにも、できないのだ。
「気を持て!!」
「あなたは最強なんでしょう?!!」
「またお菓子つくりましょうよ!!!」
「ここで負けたら、一生の恥なんやよ!」
「俺らはここにいるぞ!!」
「いつもみたいに軽口叩くんでしょ!!」
「正気に戻って!!」
それぞれ、呼びかける。
もうそれしかできないんだ。
だから、ライラを鼓舞するように呼ぶ。
誰もが、思い思いに、呼ぶんだ。
それに、ライラは――。
「ごめん。ごめん······」
掠れるように、声を出して。
頬に雫が伝わった。
そして。
「我が名はアジ・ダカーハ。この世を終わらせる、人類最終試練(ラストエンブリオ)なり――!!」
白髪が舞う。
紅く輝く瞳は、全てを捉えているかの如く、澄み渡る。
握られているダーインスレイヴも、呼応するかのように綺羅と光る。
余裕があるかのように仁王立ちする姿は、目を奪われるものだった。
頭から生えた黒く輝く角はより白糸のような白髪を際立たせる。
特異な姿に、言葉がでない。それは、恐怖を感じたわけではなかった。美しかったのだ。
けれど、その中でも一人だけ苦悶の表情を浮かべている者がいた。
「くっ。はやいな。人間はまだ操れないのか。これじゃあ、ほんとにやばくない?」
へらへらとしていたはずのグレンは、どうしようもないとでも言うように拳を握る。
その言葉に、千夜は首を傾げるしかなかった。そして、すぐにその真意を知ることになる。
「ほほぅ。人間と吸血鬼が結託したか? これはまた面白いことを。だから興味が尽きぬのだ。次はなにをやるのかのぅ?」
不敵な笑みを浮かべたまま、アジ・ダカーハと名乗った少女はグレンに歩み寄る。
グレンは警戒を解かぬまま、けれど動けずにいた。
アジ・ダカーハは、グレンの顔を覗き込み、興味深そうにジロジロみる。
紅い瞳は、まるでショーウィンドウに飾られた玩具をみる子供のように、活き活きしていて、けれどどこか不気味に見える。グレンのことなど微塵も恐れず、自分から近づいていっている。
グレンは、何も言えず、アジ・ダカーハがだす気迫で動けずにいた。
「こ、これはこれは。三頭竜と聞いていたのですが、まさかライラ自身であったとは」
グレンはいつものように言うが、傍から見れば、ヘビに睨まれたカエルだ。グレンにしては変わり身がはやく、ひくひくと表情を引きつらせている。
「伝承に詳しいようじゃな。······まあ、確かに、我は三頭竜じゃ。だが、さすがにすぐ三頭竜になるとはかぎらんじゃろ? 我にも気分というものがある。第七ラッパだとか騒がれているらしいが、それはそれ、これはこれ。我は好きなようにやる。他のラッパは、制御されたようじゃがな」
背を向けて、ほんの少し、寂しそうに言うのは、仲間に対することだろうか。
けれど、愉快そうにまた笑みを作り、またこちらを振り向く。
「ならば、ライラを戻してくれないか?!」
「それは無理じゃな」
「なぜ?!!」
「我は、アジ・ダカーハである上にライラである。そもそも、ライラはアジ・ダカーハという存在から成り立ってるのじゃ。別人格ではない」
ということは、ただ忘れていただけで、元々ライラはアジ・ダカーハなのだ。いつでも世界を滅ぼせたに違いない。
その事実を突きつけられ、歯がゆそうに黙り込む千夜。
だれも、破滅を防げない。機嫌を損ねようが損ねまいが、どっちにしろ、防げないだろう。運命なのだから。抗えやしない。
「む? なんだ? なにやら地鳴りが·····」
ふと、アジ・ダカーハは遠くの方を見る。
その方向は、帝国軍の本部をさしていた。増援がきたのだろうか。そんな、少しの期待があったのだろうか。皆の顔に生気が戻る。
けれど、それは過度な期待となった。
「ガァァァァアアアアア!!!」
生物のものとは思えない咆哮が轟き、草木を揺らす。
遠くのはずなのに、風として届く風は、アジ・ダカーハの白髪を靡かせた。
「なんじゃと?!! もう来おったか。しかも本隊······。ぐぬぬ」
あまりにも、はやい援軍に、アジ・ダカーハは考え始める。
いくら強かろうと、同胞であるラッパ吹きたちは制御されてしまっている。または消滅してしまっただろう。制御されたラッパ吹きも、到底簡単にできる相手ではない。しかも、本隊付きだ。易々と勝てるわけがなかった。今の咆哮も、きっと同胞のもの。ならば、あたるのは確実。
「おい、千夜といったか。お主らは我と敵対するか?」
「指示が下ればな」
曖昧ながらも、正当な答えをだす。
確かに、指示がでれば従うしかない。
四面楚歌なこの状況を打破するには力を出さねばらんのだが。
「滅ぼしかねんな」
手加減など、出来るはずがない。そんなことをすればあっという間にやられる。
けれど、力を出さなくともやられる。今の状態はそれほど強くない。
「だーもう。極端じゃなぁ。仕方がない。ちょいと様子を伺おうか」
ダーインスレイヴを体の横に構え、迎え撃つ。
「我が名はアジ・ダカーハ。我が名において命ずる。剣よ、我に力を貸せ。対価として、血を差し出さん」
ダーインスレイヴの柄の装飾品が、しなるように伸び、手首に巻き付く。
そして、ギュルルルルっと血を吸うような音を立て、より真っ赤に染まる。
消耗していた体力も、既に回復しており、ボロボロとなっていた服も修復できた。万全な状態で、じっと待つ。
「めんどー。めんどー。めんどー」
ぶつぶつと、気の抜けたようにだす声には、全くもって緊張の色はない。
その声音に、信頼感は薄れるが、注意してもしきれないだろう。元々、ライラであるということもあり、その緊張のなさは、かえって安心をもたせた。
「これってやばいのか?」
緊張のしない戦場など、初めてで、感覚が狂う。それは、他の仲間も同様で、吸血鬼は観戦を決め込んでいるようだった。
「はてさてどうかなぁ。最悪なことに、ならなきゃいいけど」
冷や汗を浮かばせつつあるグレンは、千夜の問いに、曖昧ながらも答える。
第五位始祖でもこれなのだ。緊張感をもった方がいい。のだが。
「第五位始祖がいてこの慣れっぷりはだめなのか」
恐怖など感じぬことに、むしろ恐怖を覚える。それはそれでダメな慣れだろう。
「あっは♪ まあいーんじゃなーい? どうせライラの影響でしょ? ライラはあながち間違ってないからねー。時々ドジだけど」
「同感だ」
コクコク、と頷きあい、謎の同調をする二人。こんな戦場で、こんなに緊張感の欠片もない会話をしているのは、二人だけ。あたりには、二人の近辺を除いて緊迫とした雰囲気が漂う。
「あーきたー」
まさに面倒のようで、棒読みな声が響く。
その元は、アジ・ダカーハだ。
ダーインスレイヴを体の前でクルクル振り回し、肩にピタリと乗せる。そのまま低姿勢になり、敵と思わしきほうを向く。
なにやら、覇気が膨れ上がり、近付いてきている。だが、もうそんなに離れてはいない。全くもってじわりとくる感覚は、とても不快だった。
「不愉快だな。面倒な奴め。いちいち歩かんでもいいだろうに。人間は、やはり無知だな。天罰が下るのも、然るべきものかっ!!」
地を踏み、駆け出す。
一直線に、膨れ上がる覇気に向かい、そのままダーインスレイヴを一振り。
ビルは倒壊し、地は抉れ、たった一振りとは思わせない傷跡を残す。その上、血を舞い上がらせた。
尋常でない威力に、そこにいた人間は震え上がるも、またもや同じような威力を放つ者がいて、安堵する。
その斬撃を、真正面で受け止め、弾き返したアジ・ダカーハは、前を見据え、敵対するものを視る。
一件見れば、一人の少女。だが、その後ろにいるものが、只者ではないと思わせる。
黒々とした肌、化物じみた体格。翼のようなものを背中からはやし、口から見える粘液が地に落ちれば、蒸発する。
「アバドンか。ならば、第五ラッパなのだな」
所々、赤い線が入っている化物には、少々見覚えがある。
第五ラッパにより生まれる悪魔。故に、ライラの身に宿っていた悪魔と同じ感じだろう。
「禁忌を犯した人間に、天罰を下す」
人のものとは思えない、一切の感情がない声音は、その少女から発せられる。内容は、実に矛盾しているもので、アジ・ダカーハは顔をしかめる。
「敵は、その本隊もそうなのではないのか? 敵を見誤っていると思うぞ、第五ラッパ。いつまで操られている気だ。とっくに禁忌は最後までいっている。今すぐこの戦いをやめねばならんのだ。そうしなければ、世界は滅ぶ」
ただ、呼びかけるように、話す。
けれど、第五ラッパは、特に反応することなく、ラッパを出現させる。
ふうっ、と息を吹き込めば、低い音が鳴り響き、更なる化物が現れる。
言いかけても無駄だと悟ったアジ・ダカーハは、ダーインスレイヴを握り直し、駆ける。
「はぁあああああっ!!」
全力を乗せた一撃を放ち、紅い軌跡を宙に描く。初っ端から気合をのせて放った一撃は、アバドンに食い止められる。けれど、それも予想済みで、弾き返された勢いで左に体を捻り、少女の横腹をめがけ蹴りをいれる。
ぐらり、と揺らいだ少女の体は、倒れるかと思いきや、翼をはやし、飛び上がる。
「逃げやがったな。上はさすがに届かないよっ、と」
少女めがけ斬撃を放つも、それは届かない。
アバドンは一つ叫び、こちらに、なにやら放ってくる。
それを避けるも、その威力は尋常でない。傍を通り抜ける咆哮は地面を抉り、強風を巻き起こす。
靡く髪を抑え、視界確保しつつ、上空へと高く跳躍。
アバドンより上の位置にきたところで、上段に構え、重力を利用しての一振り。
巨体のアバドンは、躱せるはずもない。けれど、アバドンはその一振りを手で受け止め、被害を最小限に抑える。
「ちっ。厄介な奴め。こうも攻撃が効かんとどうやるべきかわからんぞ」
困った微笑を浮かべ、着地する。
ダーインスレイヴを握り直し、また駆け出す。動きを止めず、ジグザグに動くようにして、追撃を阻止し、アバドンの体を駆け登る。アバドンの体から化物が飛び出してくるが、相手にせず、お構い無しに突っ切る。
もはや正面突破の策なし。やけっぱちになっての突進は、食い止められることなく、アバドンの顔の位置まで来る。
「とぉりゃぁぁぁあああ!!」
半ば、アジ・ダカーハではなく、どっちかというとライラのような叫びを発しながら、ダーインスレイヴを振りかぶる。
紅い斬撃はアバドンにあたる。
とおもわれたが。
「無駄よ。あなたも力を解放しなさい」
アバドンは、虫を払うように、腕で、アジ・ダカーハをはたく。
ただ、腕を当てただけでも、巨体故、とんでもない威力だ。ただの薙ぎ払い、なんて思っていれば、命を刈り取られる。
とっさに腕を交差し防御するが、それでも、遠心力をのせた薙ぎ払いは、軽く50メートル先に叩きつけた。
「ぐはっ」
大きな瓦礫に背を預ける形で勢いを止めたが、思わぬ威力に、吐血する。
今ので、肋二、三本は折れただろう。しかも、それが肺に刺さってしまっている。その上、結界のなかでは修復もできない。外へ逃がすはずもなく、絶体絶命と言っていい状況。打破するにも、方法は一つしかなく、おまけに世界も壊してしまう。
「どうやって制御するかな」
血反吐を吐き捨て、ふらつきながらも立つ。
どうにも思いつくものはなく、結果としては最悪なことに。
「あたって砕けてみっか」
試すように、笑みを浮かべ、アバドンと少女を見据える。
相手は同じラッパ吹き。対等になるには吹かなければならない。ラッパを。終わりの音色を。この地で。今この時。
「あとは、頼むよ」
唇だけで、人の名を呼ぶ。
その微かな動きを、音を判別できるものは少ない。それこそ、人間にはいないだろう。だからこそ託す。
その名の持ち主は、唇を噛み、目を瞑って了承した。
それを一瞥して確認したアジ・ダカーハは、大きく息を吸う。
「アジ・ダカーハの名において! 最終試練を課す! 目覚めろ! ロストスペル、ディアーボルス――!!」
ダーインスレイヴを地に刺し、無詠唱の召喚。
闇よりいでるは悪魔か、英雄か。またはどちらもか。
いよいよ、戦は終わりを告げる。
蹴られた地は、クレーターのように凹み、脚力の強さを強調する。
なにも捉えていないかのような眼差しは、ただ虚ろだけを写した。
これこそ、ライラの望んでいない殺戮兵器。感情がないから扱えてしまうもの。そしてその分強い。
悪魔の放つ斬撃は、到底防げるものではなかった。
風が操られたかのように刃を放つ。これはきっと、魔術だろう。空気を圧縮して放つ刃。かまいたち、というものだ。
そして、いつ現れるかわからないそれは、対応するには困難を極めた。
「ノル!!」
「わかってます!」
ノルとニルは呼応し、同時に跳躍する。
一瞬で地上の化物を把握したあと、腰をまわし、遠心力で、ノルは斧を、ニルは短剣を振り回した。
一帯の化物は、それで消えたが、まだ他にもいる。しかも、地中にいる可能性もある。どこからともなく来るのだ。どうしようもない。
「姉さん!!」
「うわっきゃっ!」
急所をはずしてしまい、弾かれるニル。そこに、悪魔のかまいたちが襲いかかり、避けられない。
「――っ!! 風神・斬!!」
短剣に言霊をのせ、防御に徹する。
だが、それでもかまいたちの勢いは殺せず、後方へと吹っ飛ばされ、瓦礫に突っ込む。
「がっ、あっ」
思わぬ威力に、そのまま麻痺する。
立てなくなり、腕の感覚もない。
荒い息を整えるように、深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着き始めたところで、足を立てる。だが、立ち上がると、ふらりとよろけ、バランスがとれなくなる。
「姉さん!」
倒れる寸前でノルがその体を支え、治癒をする。
あまりにも、怪我は多い。
「ごめん。ノル」
「いえ、いいですよ。いつも助けてもらってるので」
こんな時にでも、笑顔を絶やさない。それは、とても安心できるものだった。
その笑顔に、笑みを浮かべ、立ち上がる。
ノルのおかげで麻痺はなくなり、もう戦える。
「ノル、解放するよ」
「あれを使うんですね」
二人で頷きあい、手をとる。
両手とも繋ぎ、目を閉じて、唱える。
「解放せよ、我が源よ」
「解放せよ、我が血を」
「「ノルニルの名において、血力を解放する!」」
傷から出てきていた血が、集まり出し、二人の前で宙に浮遊する。
二人の額には、紋章が現れ、オーラは赤みを帯びた。
浮遊していた血の中に片手を入れ、なにかを引き出す。
それは、とても、紅く、綺麗な刀だった。
″血解″
人狼の中でも、極めて特殊な力。
百代のうち二、三人ほどしか生まれないという、希少なものでもある。
血の力を解放し、とてつもない力を得るというもの。五感どころか、第六感まで鍛えられる。
己の血を代償とするかわりに、力を得るが、使える時間は短い。なにせ、血がなくなるまでやるのだ。血は、自身の熱さによって蒸発してしまう。だから、危険であり、強力。
そしてそれを充分理解した上で、ノルとニルは使った。
「いくよ!!」
「はい!」
地を踏み、蹴る。その動作も、見違えたほどに素早くなり、一気に距離を詰めていく。
突き進むその体は、槍のように鋭く、貫く。なにに立ち塞がれようと、一直線に突き進む。
これこそ、人狼最強の力。
「はぁあああっ!」
刀を振るえば血が舞い、その身を狼とすれば、通る道にはなにもない。
圧倒的な蹂躙に、思わず人間も動きを止める。
化物が、一瞬にして屠られる。
全て狩り尽くした後、二人は悪魔に向かい、足を踏み出した。
だが。
「なるほど、面白い。血解か。だが、それで我を倒せるなどとは思うなよ」
喋らないとおもっていた悪魔が、口を開く。
その驚きと同時に、悪魔から放たれる覇気に押され、血解が解ける。
「そんな!」
「くっ、これほどまでとは」
紋章は消え、さきほどの力も消える。
もう、血解を使うほど、体力は残っていない。今解放すれば、すぐさま、殺される。
「よそ見してんじゃねぇぇ!!」
千夜が、白龍を纏った刀を振る。
白い刀身は、悪魔が操る風によって防がれ、弾かれる。
だが、無理矢理にでも押しとどめ、せめて間接的に押す。
だが、さすがに届かず、かまいたちが横から襲う。
「ちっ!」
刀を翻して防御し、態勢を立て直すために後方へ下がる。
「ふむ。どうやらこの体はもう私のもののようだな。さすがにあやつも戻れまい」
笑いを噛み殺した悪魔は、非常に不気味と言える。見た目はライラでも、中身が違えば相当変わる。性格も捻じ曲がっているようだ。
「君は何者なのかなぁ?」
突然グレンは割り込み、問う。
人間も、今吸血鬼と戦うなど望んでなく、攻撃は仕掛けない。
千夜は紅蓮の様子を伺い、再び悪魔をみる。
「我か? そうだな。確かにお前らが言う通り悪魔だ。が。それとはちょっと違う」
会話に持ち込まれ、攻撃などできない。そもそも、当たらないのだから、なにか分かるまで攻撃しない方が先決だろう。
「ちがうって、どんな風に?」
グレンは興味深そうにニヤリを笑みを作る。相も変わらず、なにを考えているのかわからない笑みは、この戦場において異端だった。
「君たちのいう悪魔は、天使と相対するものだろう? だが、我は相対しない。おそらく、今は中にいるライラのとこに天使がいるだろうな」
その言葉に、グレンは笑みをやめ目を細める。なにか心当たりがありそうな雰囲気だがとても話す気にはなれない。
「我は、パラダイムシフトにより生まれたライラに仕える者さ。悪魔というのは、いずれもパラダイムシフトによって生まれた者の心にいる。それが負の感情により構築され、悪魔となる、ってことだよ」
ふふっ、と不気味にも微笑む姿はやはり悪魔。この悪魔が言うことが本当なのならば、それは一大事になる。
「おい、グレンとかいったな。お前がライラを悪魔にしたということか?」
「そういうことになっちゃうねぇ。でも、実際はライラの自業自得だよー? 僕の話聞かないで逃げちゃうんだもの」
(いや、それも、お前のせいだろ)
突っ込みたいところだが、そこを抑え、悪魔をみる。
なにか、変わってきているのは見間違いだろうか。
角が短くなってきている。そろそろライラもでるはずだ。
それまで、少しは時間が稼げるらしい。
「おやっ。天使が手を貸したか? そろそろ戻るみたいだな。そうすれば、この世界は終わる。きっと、ライラの手でね。では、私はこれで失礼す――」
るよ、とは続けられなかった。
悪魔は驚愕に染まり、己を突き刺した刀をみる。
「さ、·······ルーナ?!」
その場にいた者は、驚き、二の句を繋げられない。
「あなたは、ここで、討ちますっ·····! だから、戻って······」
目に雫を浮かべたルーナは、消え入るような声で願う。
「さすがだね。理解が早いよ」
グレンは、さも当然のようにルーナに言う。
ルーナは奥歯を噛み締め、悔しそうに俯く。だが、誰も理解出来ていなかった。
「おい! どういうことだよ! なんで刺した!!」
なにも分からず、千夜は答えを求める。
グレンは少し考える素振りを見せてから、口を開く。
「いやぁ、ね? だって、戻るってことは、滅ぼそうとしてるわけでしょ? さすがにそれはできないよ。ま、これで死ぬならそうなんだろうね。僕も惜しいけど、滅んでしまうなら、犠牲を払うしかない。彼女も望んでただろう?」
しかたない、とグレンは言う。
だが、千夜は納得できなかった。動きを止めるだけならまだしも、討つなどとはわからない。
「だからって、討つことなんて·····」
手に持つ刀を握りしめる。
それは、ルーナ自身も感じていることだった。
「かはっ。······ぐ、グレン? どうしたんだよ、そんなに驚いて。憎らしくないじゃんか」
みんな、その場にいる者は悪魔を、ライラを振り返る。
もう、聞くことはできないと思っていた声。
いの一番に、ルーナは駆け寄る。
「ら、ライラ?!」
困惑しているのだろう。彼女らしくない慌てようだ。けれど、同時に、安堵した。
ライラは、倒れる体を鞭打ってでも奮い立たし、ルーナに支えられながらも、地上に再び足を下ろした。
「どうやら、私はここまで、らしい。よくもまあ、防げたものだ。自分で、防げなかったものでな。確かに、さきほど戻れば、なにか、しでかしたかもしれない。天使とやらに、会ったしな」
途切れ途切れにも、言葉を繋ぎ、乾いた笑いを響かせる。
唖然とする一同に、さすがのライラもきまりが悪くなる。
こんな場で笑うのは、きっと、不吉だ。だが、笑わなければ、やってられない。もう終わりが近づく。さすがに笑っていったほうが、後味がいいはずだ。
「はぁ·······なに最後っぽくしてんのかねぇ、姫君は」
「あ?」
やれやれとでも言うように、グレンは両手を上げる。
「まだ終わってはいないよ。むしろ、まだ本編に入りたてなんだ。あー、やだやだ。まだ続くなんてね」
「いや、私はこのまま、死ぬんだが――っ。? そういえば、なんで私はまだ死んでない?」
自分の体を見ても、もう死にかけ。満身創痍の体だ。痛いと思っても、意識は朦朧としない。終わりが見えない。
もう終わると思っていたのに、まだ終わっていないのは、ちょっと期待ががくんと落ちた。
「え、ええ~。終わると思ってたのに。じゃあ、泣き損じゃないですかー」
梓が、浮かび始めた涙を拭って、冗談を言いながら、気を引き締めた表情になる。
「こ、これからどう暴れるんだよ」
「今回復するよりも、先に暴れちゃって、力がなくなってからのほうがよくない? 今なら暴走しても特に威力はないし、力だしちゃえば、あとはコントロールするだけでしょ?」
あはは~、とこんなときでも笑みを作っているグレンは、一言で言うならば――
「ウザい」
「えー? 酷くなぁい?」
「いや、この満身創痍の怪我人に言うような言葉じゃないだろ。そもそもいつになったら――」
「来たね」
グレンの様子が一風変わって鋭くなる。
思わぬ変わりように、きょとん、としてると、なにやら声が聞こえてくる。
『消エロ、消エロ、消エロ、消エロ、消エロ消エロ消エロ消エロ消エロ消エロ消エロ消エロ』
「え、ええ、えぇ?」
不気味なほど、同じ言葉が聞こえてきて、困惑する。
一方で、辺りの光景は何も変わっていない。グレンが言っていたことは、きっと、この声によるものだろう。
だが、他の人には聞こえないようで、いまだ首を傾げている。グレンがふった割になにも起こらず、嘘なのではと疑問に思う。
「あれ。もしかしてライラ限定?」
と、グレンがライラに答えを求める。
ライラは、よろける体をしっかり立てようとして、少し傾いた状態を起こす。
すると、カタリ、と胸元からなにか落ちる。
それは、壊れた懐中時計だった。やはり、それは動いていない。いつどこで壊れたかは分からないが、壊れても大切なものに変わりなかった。その理由はわからないが、手放してはいけないと思う。自然と手を伸ばし、掴もうとする。だその一連の行動は、特におかしい訳ではなかった。だが、グレンは、ハッとしたように目を見開き、それを防ごうとする。
「だめだ!! それを手に取っちゃ!」
「え?」
けれど、グレンの声が届くよりも早く、懐中時計は手中に収まる。
そして、異変は起きた。
「な、なんだ·······?」
懐中時計は、ピシリとヒビがはいり、禍々しい黒いオーラを出す。そして、刻は進んだ。
カチリ、と時計の針が進む。動かないはずの、壊れた針が、動く。さらに、黒いオーラは、ライラの身を包む。
あっという間に、ライラの姿はオーラに紛れ、見えなくなる。
「またかよ······!!」
せっかく、悪魔から取り戻したのに、同じような感じで、振り出しに戻っている。しかも、その時よりも明らかに違った。
恐怖が身体中を駆け巡り、早鐘を鳴らす。足は竦み、グレンであっても、険しい表情でいた。
すぐさま離れ、様子を見守る。近付いても、被害が出るだけだ。
何も出来ず、ただただ見ているだけ。
「「ライラ様ぁぁっ!!」」
ノルとニルは同時に主を重んじる。
けれど、きっとその言葉も届かない。聞こえやしない。酷いことに、もう対抗する術を持っていない。なにも、できないのだ。
「気を持て!!」
「あなたは最強なんでしょう?!!」
「またお菓子つくりましょうよ!!!」
「ここで負けたら、一生の恥なんやよ!」
「俺らはここにいるぞ!!」
「いつもみたいに軽口叩くんでしょ!!」
「正気に戻って!!」
それぞれ、呼びかける。
もうそれしかできないんだ。
だから、ライラを鼓舞するように呼ぶ。
誰もが、思い思いに、呼ぶんだ。
それに、ライラは――。
「ごめん。ごめん······」
掠れるように、声を出して。
頬に雫が伝わった。
そして。
「我が名はアジ・ダカーハ。この世を終わらせる、人類最終試練(ラストエンブリオ)なり――!!」
白髪が舞う。
紅く輝く瞳は、全てを捉えているかの如く、澄み渡る。
握られているダーインスレイヴも、呼応するかのように綺羅と光る。
余裕があるかのように仁王立ちする姿は、目を奪われるものだった。
頭から生えた黒く輝く角はより白糸のような白髪を際立たせる。
特異な姿に、言葉がでない。それは、恐怖を感じたわけではなかった。美しかったのだ。
けれど、その中でも一人だけ苦悶の表情を浮かべている者がいた。
「くっ。はやいな。人間はまだ操れないのか。これじゃあ、ほんとにやばくない?」
へらへらとしていたはずのグレンは、どうしようもないとでも言うように拳を握る。
その言葉に、千夜は首を傾げるしかなかった。そして、すぐにその真意を知ることになる。
「ほほぅ。人間と吸血鬼が結託したか? これはまた面白いことを。だから興味が尽きぬのだ。次はなにをやるのかのぅ?」
不敵な笑みを浮かべたまま、アジ・ダカーハと名乗った少女はグレンに歩み寄る。
グレンは警戒を解かぬまま、けれど動けずにいた。
アジ・ダカーハは、グレンの顔を覗き込み、興味深そうにジロジロみる。
紅い瞳は、まるでショーウィンドウに飾られた玩具をみる子供のように、活き活きしていて、けれどどこか不気味に見える。グレンのことなど微塵も恐れず、自分から近づいていっている。
グレンは、何も言えず、アジ・ダカーハがだす気迫で動けずにいた。
「こ、これはこれは。三頭竜と聞いていたのですが、まさかライラ自身であったとは」
グレンはいつものように言うが、傍から見れば、ヘビに睨まれたカエルだ。グレンにしては変わり身がはやく、ひくひくと表情を引きつらせている。
「伝承に詳しいようじゃな。······まあ、確かに、我は三頭竜じゃ。だが、さすがにすぐ三頭竜になるとはかぎらんじゃろ? 我にも気分というものがある。第七ラッパだとか騒がれているらしいが、それはそれ、これはこれ。我は好きなようにやる。他のラッパは、制御されたようじゃがな」
背を向けて、ほんの少し、寂しそうに言うのは、仲間に対することだろうか。
けれど、愉快そうにまた笑みを作り、またこちらを振り向く。
「ならば、ライラを戻してくれないか?!」
「それは無理じゃな」
「なぜ?!!」
「我は、アジ・ダカーハである上にライラである。そもそも、ライラはアジ・ダカーハという存在から成り立ってるのじゃ。別人格ではない」
ということは、ただ忘れていただけで、元々ライラはアジ・ダカーハなのだ。いつでも世界を滅ぼせたに違いない。
その事実を突きつけられ、歯がゆそうに黙り込む千夜。
だれも、破滅を防げない。機嫌を損ねようが損ねまいが、どっちにしろ、防げないだろう。運命なのだから。抗えやしない。
「む? なんだ? なにやら地鳴りが·····」
ふと、アジ・ダカーハは遠くの方を見る。
その方向は、帝国軍の本部をさしていた。増援がきたのだろうか。そんな、少しの期待があったのだろうか。皆の顔に生気が戻る。
けれど、それは過度な期待となった。
「ガァァァァアアアアア!!!」
生物のものとは思えない咆哮が轟き、草木を揺らす。
遠くのはずなのに、風として届く風は、アジ・ダカーハの白髪を靡かせた。
「なんじゃと?!! もう来おったか。しかも本隊······。ぐぬぬ」
あまりにも、はやい援軍に、アジ・ダカーハは考え始める。
いくら強かろうと、同胞であるラッパ吹きたちは制御されてしまっている。または消滅してしまっただろう。制御されたラッパ吹きも、到底簡単にできる相手ではない。しかも、本隊付きだ。易々と勝てるわけがなかった。今の咆哮も、きっと同胞のもの。ならば、あたるのは確実。
「おい、千夜といったか。お主らは我と敵対するか?」
「指示が下ればな」
曖昧ながらも、正当な答えをだす。
確かに、指示がでれば従うしかない。
四面楚歌なこの状況を打破するには力を出さねばらんのだが。
「滅ぼしかねんな」
手加減など、出来るはずがない。そんなことをすればあっという間にやられる。
けれど、力を出さなくともやられる。今の状態はそれほど強くない。
「だーもう。極端じゃなぁ。仕方がない。ちょいと様子を伺おうか」
ダーインスレイヴを体の横に構え、迎え撃つ。
「我が名はアジ・ダカーハ。我が名において命ずる。剣よ、我に力を貸せ。対価として、血を差し出さん」
ダーインスレイヴの柄の装飾品が、しなるように伸び、手首に巻き付く。
そして、ギュルルルルっと血を吸うような音を立て、より真っ赤に染まる。
消耗していた体力も、既に回復しており、ボロボロとなっていた服も修復できた。万全な状態で、じっと待つ。
「めんどー。めんどー。めんどー」
ぶつぶつと、気の抜けたようにだす声には、全くもって緊張の色はない。
その声音に、信頼感は薄れるが、注意してもしきれないだろう。元々、ライラであるということもあり、その緊張のなさは、かえって安心をもたせた。
「これってやばいのか?」
緊張のしない戦場など、初めてで、感覚が狂う。それは、他の仲間も同様で、吸血鬼は観戦を決め込んでいるようだった。
「はてさてどうかなぁ。最悪なことに、ならなきゃいいけど」
冷や汗を浮かばせつつあるグレンは、千夜の問いに、曖昧ながらも答える。
第五位始祖でもこれなのだ。緊張感をもった方がいい。のだが。
「第五位始祖がいてこの慣れっぷりはだめなのか」
恐怖など感じぬことに、むしろ恐怖を覚える。それはそれでダメな慣れだろう。
「あっは♪ まあいーんじゃなーい? どうせライラの影響でしょ? ライラはあながち間違ってないからねー。時々ドジだけど」
「同感だ」
コクコク、と頷きあい、謎の同調をする二人。こんな戦場で、こんなに緊張感の欠片もない会話をしているのは、二人だけ。あたりには、二人の近辺を除いて緊迫とした雰囲気が漂う。
「あーきたー」
まさに面倒のようで、棒読みな声が響く。
その元は、アジ・ダカーハだ。
ダーインスレイヴを体の前でクルクル振り回し、肩にピタリと乗せる。そのまま低姿勢になり、敵と思わしきほうを向く。
なにやら、覇気が膨れ上がり、近付いてきている。だが、もうそんなに離れてはいない。全くもってじわりとくる感覚は、とても不快だった。
「不愉快だな。面倒な奴め。いちいち歩かんでもいいだろうに。人間は、やはり無知だな。天罰が下るのも、然るべきものかっ!!」
地を踏み、駆け出す。
一直線に、膨れ上がる覇気に向かい、そのままダーインスレイヴを一振り。
ビルは倒壊し、地は抉れ、たった一振りとは思わせない傷跡を残す。その上、血を舞い上がらせた。
尋常でない威力に、そこにいた人間は震え上がるも、またもや同じような威力を放つ者がいて、安堵する。
その斬撃を、真正面で受け止め、弾き返したアジ・ダカーハは、前を見据え、敵対するものを視る。
一件見れば、一人の少女。だが、その後ろにいるものが、只者ではないと思わせる。
黒々とした肌、化物じみた体格。翼のようなものを背中からはやし、口から見える粘液が地に落ちれば、蒸発する。
「アバドンか。ならば、第五ラッパなのだな」
所々、赤い線が入っている化物には、少々見覚えがある。
第五ラッパにより生まれる悪魔。故に、ライラの身に宿っていた悪魔と同じ感じだろう。
「禁忌を犯した人間に、天罰を下す」
人のものとは思えない、一切の感情がない声音は、その少女から発せられる。内容は、実に矛盾しているもので、アジ・ダカーハは顔をしかめる。
「敵は、その本隊もそうなのではないのか? 敵を見誤っていると思うぞ、第五ラッパ。いつまで操られている気だ。とっくに禁忌は最後までいっている。今すぐこの戦いをやめねばならんのだ。そうしなければ、世界は滅ぶ」
ただ、呼びかけるように、話す。
けれど、第五ラッパは、特に反応することなく、ラッパを出現させる。
ふうっ、と息を吹き込めば、低い音が鳴り響き、更なる化物が現れる。
言いかけても無駄だと悟ったアジ・ダカーハは、ダーインスレイヴを握り直し、駆ける。
「はぁあああああっ!!」
全力を乗せた一撃を放ち、紅い軌跡を宙に描く。初っ端から気合をのせて放った一撃は、アバドンに食い止められる。けれど、それも予想済みで、弾き返された勢いで左に体を捻り、少女の横腹をめがけ蹴りをいれる。
ぐらり、と揺らいだ少女の体は、倒れるかと思いきや、翼をはやし、飛び上がる。
「逃げやがったな。上はさすがに届かないよっ、と」
少女めがけ斬撃を放つも、それは届かない。
アバドンは一つ叫び、こちらに、なにやら放ってくる。
それを避けるも、その威力は尋常でない。傍を通り抜ける咆哮は地面を抉り、強風を巻き起こす。
靡く髪を抑え、視界確保しつつ、上空へと高く跳躍。
アバドンより上の位置にきたところで、上段に構え、重力を利用しての一振り。
巨体のアバドンは、躱せるはずもない。けれど、アバドンはその一振りを手で受け止め、被害を最小限に抑える。
「ちっ。厄介な奴め。こうも攻撃が効かんとどうやるべきかわからんぞ」
困った微笑を浮かべ、着地する。
ダーインスレイヴを握り直し、また駆け出す。動きを止めず、ジグザグに動くようにして、追撃を阻止し、アバドンの体を駆け登る。アバドンの体から化物が飛び出してくるが、相手にせず、お構い無しに突っ切る。
もはや正面突破の策なし。やけっぱちになっての突進は、食い止められることなく、アバドンの顔の位置まで来る。
「とぉりゃぁぁぁあああ!!」
半ば、アジ・ダカーハではなく、どっちかというとライラのような叫びを発しながら、ダーインスレイヴを振りかぶる。
紅い斬撃はアバドンにあたる。
とおもわれたが。
「無駄よ。あなたも力を解放しなさい」
アバドンは、虫を払うように、腕で、アジ・ダカーハをはたく。
ただ、腕を当てただけでも、巨体故、とんでもない威力だ。ただの薙ぎ払い、なんて思っていれば、命を刈り取られる。
とっさに腕を交差し防御するが、それでも、遠心力をのせた薙ぎ払いは、軽く50メートル先に叩きつけた。
「ぐはっ」
大きな瓦礫に背を預ける形で勢いを止めたが、思わぬ威力に、吐血する。
今ので、肋二、三本は折れただろう。しかも、それが肺に刺さってしまっている。その上、結界のなかでは修復もできない。外へ逃がすはずもなく、絶体絶命と言っていい状況。打破するにも、方法は一つしかなく、おまけに世界も壊してしまう。
「どうやって制御するかな」
血反吐を吐き捨て、ふらつきながらも立つ。
どうにも思いつくものはなく、結果としては最悪なことに。
「あたって砕けてみっか」
試すように、笑みを浮かべ、アバドンと少女を見据える。
相手は同じラッパ吹き。対等になるには吹かなければならない。ラッパを。終わりの音色を。この地で。今この時。
「あとは、頼むよ」
唇だけで、人の名を呼ぶ。
その微かな動きを、音を判別できるものは少ない。それこそ、人間にはいないだろう。だからこそ託す。
その名の持ち主は、唇を噛み、目を瞑って了承した。
それを一瞥して確認したアジ・ダカーハは、大きく息を吸う。
「アジ・ダカーハの名において! 最終試練を課す! 目覚めろ! ロストスペル、ディアーボルス――!!」
ダーインスレイヴを地に刺し、無詠唱の召喚。
闇よりいでるは悪魔か、英雄か。またはどちらもか。
いよいよ、戦は終わりを告げる。
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