伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン

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第28話

​「……んぅ……」
​重い瞼を開けると、視界いっぱいにキラキラとした碧眼があった。
​「おはよう、薫。……気分はどうだ?」

昨夜の獣のような形相はどこへやら、今は慈愛に満ちた聖母のような微笑みを浮かべているガルド様。
ただパジャマの中に侵入して腰をさすっている手つきが怪しい。
​「……おはようございます。……腰が、砕けそうです」
「すまない。加減をしたつもりだったが、君の中があまりにも心地よくて……つい、理性が飛んでしまった」
​ガルド様は悪びれもせず、俺の頬にキスを落とした。
チュッ、という音がやけに響く。
​「トイレに行きたいので、どいてください」
「ならん」
​ガルド様が布団を跳ね除け、俺を軽々と抱き上げた。
お姫様抱っこだ。
​「ちょ、トイレくらい自分で行けますって!」
「駄目だ。今の君の足は、冷たい床を踏むためにあるんじゃない。……俺に絡めるためにあるんだ」
「朝から何を言ってるんですか!?」
​結局、洗面所での歯磨きから洗顔まで、俺はガルド様の腕の中から一歩も降りることを許されなかった。
鏡に映る自分を見る。
首筋から鎖骨にかけて、赤い花びらのようなキスマークだらけだ。
まるでマーキングされた獲物そのものだった。
​   ◇
​「さあ、口を開けろ」
「……自分で食べます」
「君の手は箸より重いものを持つ必要はないと言っただろう」
​ダイニングルーム。
俺はガルド様の膝の上に座らされ、朝食を「あーん」されていた。
周囲のメイドたちが「あらあら」「まあまあ」と顔を赤らめて囁き合っている。
羞恥心で死にそうだ。
​「ほら、スープだ。……フーフー……。よし」
「子供扱いしないでください」
「子供ではない。……愛しい『妻』への奉仕だ」
​ガルド様は真顔で言い放ち、スプーンを俺の口に運んだ。
逆らっても無駄だ。このモードに入った英雄は、王様の命令すら聞かない。
​「……美味しいか?」
「……美味しいです」
「そうか。もっと食え。精をつけて……今夜も付き合ってもらうからな」
「勘弁してください。死にます」
​俺が抗議すると、ガルド様は嬉しそうに俺のうなじに鼻を埋め、スゥーッと深呼吸をした。
平和だ。
腰は痛いが、この温もりと重みは、確かに幸せと呼べるものだった。
​   ◇
​食後の着替えタイム。
俺は寝室に戻り、昨夜脱ぎ捨てられた服の山を片付けようとした。
破かれたシャツ、放り投げられたズボン。
​「……あれ?」
​おかしい。
シャツとズボンはある。靴下もある。
だが、一番重要な「下着」だけが見当たらない。
​「ガルド様、俺のパンツ見ませんでした? 黒いやつ」
「知らんな」
​ガルド様が、窓際で素っ気なく答えた。
だが、俺は見逃さなかった。
彼が後ろ手に、何か黒い布切れを「アイテムボックス」に押し込もうとしているのを。
​「……おい」
「なんだ」
「その右手にあるものは何だ」
「何もない。……ただの小石だ」
「嘘つけ!今黒い布が見えたぞ!!」
​俺はガルド様に飛びかかった。
だが、さすがはS級探索者。ヒラリと身をかわし、俺のパンツを高々と掲げた。
​「返せ! 洗うんだよ!」
「ならん!!」
​ガルド様が、宝物を守るドラゴンのような形相で叫んだ。
​「これはただの下着ではない! !」
「はぁ!?」
「昨夜の……我々の『契り』の全てが詰まっているんだぞ!? 君の汗! 俺たちが混ざり合った愛の結晶! そして何より……!」
​ガルド様はパンツを顔に押し当て、恍惚の表情で吸い込んだ。
​    スゥゥゥゥッッッ
​「……熟成されている……! 一晩経って、匂いが『発酵』し、神々しさすら帯びている……!」
「汚ねぇよ!きもい! 変態!!」
​俺は顔を真っ赤にして叫んだ。
昨夜あんなに激しくした直後の下着だぞ。
考えただけで恥ずかしくて爆発しそうだ。
​「返してください! お願いだから!」
「断る! これは俺のコレクションの最高傑作になる予定だ!」
「洗えよ! 最低でも洗ってからにしろよ!」
「洗ったら成分が消えるだろうが! 真空パックだ! 直ちに真空パックして、額縁に入れて家宝にする!」
​ガルド様は俺のタックルを片手で制し、もう片方の手で亜空間収納を開いた。
​「待て! せめてファブリーズさせて!」
「化学物質など言語道断!!」
​シュポンッ。
​俺のパンツは、亜空間の彼方へと消え去った。
ガルド様は勝ち誇った顔で、俺を抱きしめた。
​「諦めろ、薫。……その代わり、新しい下着は最高級シルクのを100枚注文しておいた」
「そういう問題じゃない……」
​俺は崩れ落ちた。
これから先、この屋敷の地下室には、俺の使用済みパンツが年代順に展示されていくのだろうか。
『202X年 初夜記念モデル(未洗浄)』
そんなラベルが貼られる未来が見えて、俺は頭を抱えた。
​「……愛してるぞ、薫」
「……うるさい。変態」
​ガルド様は俺のこめかみにキスをした。
悔しいけれど、その唇は優しくて。
俺は深いため息をつきながら、このどうしようもない変態英雄の背中に腕を回した。
​「……次は、ちゃんと洗いますからね」
「……善処する」
「目を逸らすな」
​俺たちの甘くて騒がしい日常がまた始まる。
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