前世は冷酷皇帝、今世は幼女

まさキチ

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2-39フィエルノ戦(2)

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結果はすぐに現れた――
アデリーナには連絡用の通話イヤリングを渡してあったが、その彼女から「孤児院が襲われた」と連絡が入ったのだ。
『――【転移】』
ユーリとクロードが孤児院に転移すると、最初に視界に飛び込んできたのは血塗れになって倒れているアデリーナだった。
彼女はうつ伏せになって背を丸め、ルシフェを守っていた。
赤い革鎧は鋭利ななにかでズタズタに引き裂かれ、露出した白い肌からは鮮血が流れている。どの傷も致命傷ではなく、猛獣にでもいたぶられたかのような有様だ。
それを行ったのは、アデリーナを見下ろす異形な獣――ヴェノムスだった。
以前クロードが出会ったときとは違い、二本足で立ち、瞳は赤く濁っている。
「あれがヴェノムスか?」
「はい、ですが……あのときとは、魔核が変わっています」
「魔族のようだな」
フィエルノによってヴェノムスの魔核はいじられていた。知性の感じられない瞳からは、明確な殺意だけが伝わってくる。
「ヴェノムス、やっちゃいな」
少し離れた場所にいたフィエルノが獣に告げる。
ヴェノムスは、無造作にアデリーナの頭部を掴み持ち上げた。
黒曜の鋭い五本の爪がアデリーナの頭に食い込み、新たな血が流れる。
クロードが飛び出した。
電光のように駆け、石火の如き斬撃を放つ。
狙いはアデリーナを掴んでいる腕。
ガンという重い音とともに、ヴェノムスはクロードの攻撃を受け止め、アデリーナは解放された。
ユーリは落ちるアデリーナを支え、身体にエリクサーをかける。
見る見るうちに傷が癒え、彼女の頬に赤味が差した。
攻撃を受けたヴェノムスの腕には薄い一本の線ができ、そこから血が滴り落ちる。
真っ正面からの一撃でも、たいしたダメージは与えられていない。
怒ったヴェノムスは今すぐにでもこちらに飛びかかりそうな勢いだったが、横から挟まれた声で動きを止めた。
「へえ、思ってたより早かったね。もうちょっと遊んであげようと思ってたのに」
この惨劇を前にして、フィエルノは薄ら笑いを浮かべている。
「ねえちゃ!」
解放されたミシェルが、もつれそうな足取りでユーリの胸に飛び込んだ。
彼女を抱くユーリの腕に力が入る。
「無事だったか?」
「ねえちゃが、まもってくれちゃ」
「そうか」
ユーリの声がスッと冷たくなった。
アデリーナのおかげで、ルシフェは傷ひとつ負っていない。そして、彼女だけでなく、遠巻きに見ている他の孤児たちも、怯えてはいるものの怪我している者はいなかった。
「フィエルノです」
クロードがユーリに告げる。
「ほう。なかなかのクズだな」
ならば遠慮はいらぬ――と、ユーリは不敵に笑う。
「アデリーナのボロボロになった死体を見せてあげたかったんだけど、まあ、いいや」
グルルと唸っているヴェノムスの隣に立ち、フィエルノが壊れた玩具をポイっと捨てる子どものように言う。
「邪魔が入ってもつまらないね。一対一でやろうよ、クロードさん」
「――【時空の狭間へロスト・イン・トワイライト・ホール】」
フィエルノが詠唱すると、次の瞬間――ユーリたちは白く、なにもない空間にいた。
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