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15 キミの名残り

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 震えながら靴を脱ぐと、乾ききった唇の間から「お邪魔します」とあいさつがこぼれた。無意識だった。

 こんなときにも律儀な自分に嫌気がさす。


「鶴見……、プリントを届けに来たぞ……」


 途方もなく長く感じる廊下を歩き、リビングへたどり着く。

 天井からぶら下がっているものは何もなかった。俺が初めてこの部屋へ来たときと同じように、目立つものは大きなベッド一つだけ。

 鶴見の姿はどこにもなかった。

 まるで抜け殻のように、ベッドのふちから毛布がずり落ちていただけ。

「鶴見!」

 返事はやはり、無い。
 

 罪もない鶴見を殴った罰として、彼を認識できない両目に変えられてしまったのだろうか──。

 そんな幻想を思い描いてしまうぐらい、鶴見はどの部屋にもいなかった。
 ここ以外に居場所なんて無いはずなのに。


「どこ行ったんだよ」


 前に来たときは床のいたるところにゴミが投げ出されたままだったが、今回は生活感が無い。
 食べカスもティッシュも落ちておらず、ベッド周りにマンガが投げ出されていることもなかった。
 掃除されたばかりなのかもしれない。
 
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