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3.想う心/不器用

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 ◆ ◆ ◆



「ねぇ、神社行きたい」

 講義終了と共に起きた響は、開口一番そう言った。
「こっから一番近い神社ってどこ?」
 眠っている間に神道に目覚めた──とは思えない。
 今は六月。初詣には遅すぎる。単位取得の願掛けというのも大袈裟だ。

「ねぇねー、調べてよ!」
「自分でやれ」
「いいから調べてっ!」

 どうしても行きたいらしい。
 仕方なく、スマートフォンで検索してみた。すると大学近くのバス停で八幡宮を経由する路線がある。

「ほら。ここなら、すぐに──」

 画面を差し出すも、彼はそれを一切見ようとせず、

「じゃ、行こっ!」

 カバンを肩に掛け、立ち上がった。
 俺の都合はまったくお構い無し。溜息をつきたくなったが、いつものこと。慣れっこである。
 彼はすでに講義室から出て行ってしまった。仕方なく後を追う。

「お前、どこ行くか分かってないだろ。先行くな」
「神社なんてどこも同じでしょ」
「失礼すぎるだろ」

 そんな風に神社をなめてかかった響に、この後、バチが当たることになる。それは──。


 
 ◆ ◆ ◆



「ホント……、凄すぎぃ、……疲れたぁ……」

 本殿へと続く、猛烈な石段。
 息を切らせ、手すりにつかまりながらのぼる響は早くもヘロヘロだ。
 四階建ての大学でもエレベーターを使ってきた報いだろう。
 曲がりくねった石段は、四階どころか六階相当はあるだろう。のぼってものぼっても頂上は見えない。

「なんでこんな高台にあんのぉ?」
「俺に聞いてどうする」
「あーあっ! もー、やだっ!」

 弱音ばかり吐いているが、諦めるつもりは無いらしい。自棄のように強く踏み出す足は一度も止まらなかった。いやでもなんでも上に行かなければ来た意味がないからか。何をそんなに必死なのだろう。

 俺は彼より少し早くのぼり、立ち止まって振り返った。
 へろへろと追いついてきたら、また先にのぼる。
 振り返る。
 それを何度か繰り返した。
 なんだか遭難者を導く登山犬みたいだった。


 やっと頂上に着いたとき、響は疲労困憊。倒れそうなほどつんのめり、呼吸を整える。

「やばっ……、ボク、すげー、運動不足っ……!」
「今さら気づいたか」

 俺も少し息が切れたが、彼ほどではない。中学時代に陸上部で鍛えた体力はどうにか健在のようである。

「でもさぁ、なんかさあ、頑張ってのぼった分さ、ご利益が、……たっぷりある、気がする、よね」

 絶え絶えの息の中、彼はいつものようにへらへらと笑った。

「これって、神様なりの、演出、なのかも……」

 それはそうかもしれない。
 口にこそ出さなかったが、俺は妙に納得してしまった。
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