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5.艶ノ色/卑屈弟 ※

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「やっ、……も、っと……」

 自分でしているというのに、喉の奥からそんな言葉が漏れてしまう。
 脚を広げて懇願する淫らな俺に彼はやさしく応えてくれる。厚い肉を割り、その間にぬれそぽった指を滑り込ませてきた。

「あッ!」

 望み通りのところに触れられた悦びに腰が跳ねる。
 それは紛れもなく自分の指であると分かっているはずなのに、深くなればなるほど熱く太いものに変わっていくようで──。

「……ひぃ、び、……っ、き……、ああ!」

 彼に激しく求められ、むさぼられている自分がここにいる。


 ──「龍広くん……!」

 耳元で名を呼ばれたような気がして、背中がゾクンとうずいた。
 彼の汗ばむ素肌に触れ、生々しいほどのぬくもりや肉の弾力を感じ、息づかいを聞き、されるがままに欲望を受け入れる。
 彼とひとつになる。
 考えただけで、この身体はどうしようもない恍惚に酔いしれてしまう。理性すら失っていた。


 欲しい。

 好きなだけ汚してほしい。
 どうされたっていい。
 ただ強く抱いてほしい。

 このままでいるくらいなら。
 もう二度と欲しがることのないように。
 壊してほしい。

「……あはっ、ん、ッ!」

 そうしたらきっと諦めが──。

 
「っ、……ん、ぅうう!」

 結局、想像だけで果ててしまった。

 絶頂まで駆け上がった余韻が引いていき、代わりに押し寄せるのは大きな倦怠感と罪悪感。
 それから、一人という現実。

「……っは」

 荒い呼吸を整えながら、口角を拭う。
 幻想に溺れ、声まで上げてしまった。そんな自分が急にバカらしく思えてならない。適当に事後処理をし、アイスのカップをゴミ箱に突っ込んだ。体を引きずるように布団へと入る。
 こんなことしている場合ではない。明日も早いのだ。

 深く溜息をつき、目を閉じる。
 けれど、どうしても眠る気になれず、暗闇の向こうの天井を眺めてしまう。
 俺がこんなことをしているとも知らず、彼は今頃、どうしているのだろう。
 恋人のそばにいるのだろうか。
 その手を握っているのだろうか。

 ──考えたくない。

 強く思う一方で、下の熱がまたうずき始めている。
 一度では足りない、と。

「……クソッ」

 いつからこんな体になってしまったのか。
 悔しく思いながらも想像は始まっていた。布団の中、後ろから抱き締められている。
 彼は耳元で先ほどまでの俺の行為をとがめ、からかい、笑うのだ。

「……ひび、き……」

 その想像はやがて、現実と溶け合って夢のようになっていった。

 幸せだった。

 たとえ朝が来て、一人だとしても。
 心の中にいてくれるのなら。

 
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