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6.卑屈弟/探る指
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しおりを挟む医学書の本棚や、星関係の本棚など、くまなく見て回ったが店員の姿がない。
そこで店の奥のレジへを目指した。
本を探すふりをしつつ、棚の影からレジを見やる。
三台あるうちの一台が開いているようだが、ちょうど客がいる。ここからでは店員の顔は見えない。
響だろうか、もしくは他の誰かだろうか。
手に汗を握りながら接客が終わるのを待っていたのだが、
「ちょっと」
突然、後ろから肩を叩かれる。
振り返ると、女の店員が厳しい表情でこちらを見ていた。
きっと万引き犯だと思われたに違いないと一瞬のうちに悟った。客がレジを気にするのは不審すぎだろう。
だが、俺は一冊も本を手にしていない。犯罪を疑うには早過ぎやしないか。
無罪をどうやって伝えようと考えながらも、意識の大部分はその女が例の恋人なのか探っていた。
やけに背の高い女だった。俺と視線の高さが合っているから、きっと響よりも身長が高い。その足元は真っ黒なスニーカー。響が好みそうな派手さは皆無。
この女はきっと違う──。
「アンタ、龍広でしょ」
思考をさえぎったのは、予想だにしなかった一言。
奇妙な感覚と共にハッとする。反射的に右胸の名札に目がいく。
“尾津”の文字。
「おづ……、たかこ……」
記憶の底から懐かしい名が蘇った。
「へぇ。ちゃんと覚えてくれてたの? ゲイなのに」
他者を蔑むツンとした表情。数年ぶりの再会とは思えぬ、高圧的な物言い。
「……変わってないな、お前」
「お互い様ね」
ベリーショートの髪。鋭く短すぎる眉。涼しさと気だるさが混じる両の目。ニヤけた唇の間からのぞく八重歯。
赤茶の髪色とわずかに化粧っ気があることを除けば、昔の雰囲気そのままだ。
──尾津 貴子
中学時代の同級生である。
俺は、昔、尾津の兄に憧れていた。部活の先輩だった。
性悪の妹とは違い、優しくて面倒見が良くて、笑うと右頬にえくぼができる。魅力あふれる人だった。
今思えばあれが“初恋”だったのかもしれない。
異性でなく同性に惹かれることをハッキリと自覚させられた。誰かに話せるわけがなかった。
まして誰かに知られるわけには――と密かに想っていた。
だが、尾津貴子はあっさりと見抜いたのである。
──「あんたすぐ顔に出んのね」
と、指摘された。
兄が男に好かれているというのに、嫌悪でもなく、軽蔑でもなく、ただ一人の傍観者として楽しんでいるようだった。
妹であるから当然、先輩のことをたくさん知っていた。
愛用パンツの模様、尻にあるホクロの位置、お気に入りのグラビア漫画雑誌、応援しているアイドル。おまけに、そっちのビデオの嗜好まで教えてきやがった。
爽やかな先輩のイメージが崩れていくさまに、嫌がりながらも、少し興奮したことを強烈に覚えている。
「あっ、兄が今どうしてるか知りたい?」
「別に」
嫌な予感がして回れ右した。
ヤツは容赦無く後を追いかけてくる。
「警察学校へ行って、結婚した。今度子供も生まれる。女の子だって」
「やめろ。興味無い」
「誤魔化してるけど期間的にデキ婚」
「お前なッ……!」
立ち止まり、睨みつけた。だが、彼女はゲスっぽい笑みを崩さない。
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