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9.ふたり/ひとり

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「……悪かった」

 溜息と共に、ゆっくりと立ち上がる。
 目がくらむようだった。血の気が引くと共に視界の色は褪せ、世界は大きく横に揺れる。
 足を踏み出したと同時によろけたが倒れるほどではなかった。
 俺の世界は、とっくに歪んでいる。

「全部、忘れてくれ」

 その現実から目をそらすように、彼に背を向ける。

「待ってよ!」

 来てほしくなくて、歩調を早めていく。
 それでも響は「ねぇ」とか「待って」と、後をついてくる。
 これ以上、話せることなど何も無いのに。

「待ってってば!」

 靴音がそろう都度、どんどん自分が惨めになっていく。
 “ついてくるな”という言葉が喉元まで出かかった。だが言ってしまったら最後、彼はもう二度と俺の前に現れない気がした。

 本当は、振り返りたい。
 振り返って彼の目を見てちゃんと謝りたい。
 そんな簡単なことでさえ、今の俺にはできない。俺は──。


「──離れてくのはたっくんの方じゃないかッ!」


 背中にぶつけられた声に、思わず足が止まる。

「もっとちゃんと話してよ!」

 一気に駆け寄ってきた響は俺の肩口を乱暴に、ぐっ、と掴んだ。強い力で無理やりに振り向かされる。

「じゃなきゃ、全然ッ──」

 彼は今にも泣き出しそうに顔を赤くさせ、俺の胸ぐらを掴み上げる。弾みで、シャツのボタンがいくつか外れた。
 その手から、ふっと力が抜ける。

 大きく見開かれた響の瞳に映ったもの。一体なんなのか。
 俺にはすぐ、分かった。

「なに……なに、これ。どうしたの、……この、アザ……」

 分かっていた。
 けれど、答えられるわけがなかった。

 悲しくて、苦しくて、悔しくて、その手を振り切った。
 彼の方は見ず、襟の乱れをなおし、走り出す。

 彼はもう、追いかけてはこなかった。

 

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