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17.無意味/解く鎖

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 ためしに冷蔵庫をのぞいてみた。
 そろっているのは飲み物と調味料くらい。腹を満たせそうなものが本当にない。
 隅々まで探してみるも、夕飯に変えられそうなものは三つだけ。野菜室のじゃがいもと小さなタマネギ。それから冷凍庫に残されていた豚バラ肉のパック。

「肉じゃが、か……」

 少し寂しいが、悪くはないだろう。

 よし、と息をついて腕まくりをしかけたとき、はたと我に返った。

 ――俺は一体、何しに来たんだ?

 分かっているのに、本題を切り出すタイミングを完全に逃してしまった。俺がその瞬間の到来を避けているのもあるが、うまく兄のペースに乗せられたようでもある。

 このままじゃいけない。
 作りながらでもいい。とにかく、あの話をしよう――。

「あのさ、……兄さん」

 返事が無い。
 兄はまぶたを完全に閉じ合わせ、寝息を立てていた。 

「……はあ」

 思わず肩で溜息をついてしまう。
 覚悟を決めて来たはずだったのに――。

 モヤモヤしながら具材を切り、濃いめのタレで煮込む。少ない量なので味はすぐに染み込むだろう。それから、炊飯器のスイッチも入れる。
 できがるまでの間は掃除をした。
 散乱した物たちを次々に拾い集めていく。ゴミはゴミ箱へ、洗濯物は脱衣所へ、大事そうなものはまとめてテーブルの横に積んでおいた。

 兄はまったく起きる気配が無い。
 そのくたびれた身体にバスタオルをかけてやったとき、あることに気づいた。ハッと手が止まる。

 窓ガラスがかすかに震動しているのだ。


 聞こえる。
 あの音が、聞こえる。


 俺は誘われるように窓辺にむかい、カーテンを少しだけ開けた。
 だが、この部屋から見える空はあまりにも狭かった。ビルやマンションのせいでとても細長くしか見えない。

 それでも、遠くの空がチカチカと瞬いているのは分かる。

 色とりどりの光。
 音が、響く。

 
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