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19.夏の夢/躊躇い

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「あ……、ああ、そういえば……」

 踏みとどまるしかなかった。

「昨日の花火大会は、ちゃんと行ったのか?」

 俺は我慢できず、話題を放り込んでしまった。唐突すぎたせいで響は頭がついていけなかったらしい。
 しばらく不思議そうにまばたきしていたが、

「うん。行ったよ」

 笑顔のままでうなずいてくれた。

「どうだった?」
「まんまるでぴかぴかでキレイだったよ」
「そういう、ことじゃなく……」
「え?」
「その……、っ……」

 結果を知っている話だからこそ、切り出しづらい。
 尾津の“善意”が今になってまとわりついてくる。

「彼女とは、どうなったんだ」
「別に。どうにも」
「うまく、いかなかったのか?」

 響は焼きそばをほぐすのに集中したいらしく、なかなか返事をくれない。その口元はわずかに開いては、閉じられる。
 何かを隠しているのは明白だった。だから、

「もしかして、別れたか……?」

 さも、いま悟ったかのような演技をしてしまった。
 後ろめたさに、ちくりと胸が痛む。

 だか、核心に触れるなら早い方がいい。そのほうが彼も楽だろう。
 俺と響は“親友”なのだから。

 わざわざ隠す必要なんて、ない。


「……うん。まあ、そういうことかな」

 と、響はポケットから何かを取り出した。
 暗闇が映り込み、漆黒にぬらぬらと光る小さな円。

「今日、神社に来たのはね、また懺悔したいと思ったの。きっと神様はあきれてるから……別れるのが早すぎだろって……」

「……お前、それ……」

 まぎれもなく、塩田まほの付けていた指輪だった。

「ボクがあげたやつなんだけどね、返されちゃった」

 持ち主を失ったそれを大事そうに指先でなぞっている。彼女の白く細い指のことを思い出しているのだろうか。
 そこに秘められたいびつな想いを知っている俺は、気まずさを感じずにはいられなかった。
 いたたまれなくて目を伏せようとしたとき、

「せっかくだから、たっくんにあげる」
「は?」
「今日の記念に。遠慮しなくていいから。ねっ!」

 響はあろうことか、俺の左手にそれを押し付けてきた。「ぎゅっ」と口頭効果音つきでしっかりと握らせる。

「きっ、記念って……、なに記念だよ」
「うーん。ズブ濡れ記念?」

 こんなもの、もらったって――。

 さっさと突き返そうと思った。
 でも、できなかった。

 その小さな銀色には、まだ彼のぬくもりが生々しく残っていた。
 この冷え切った身体を溶かしてしまいそうなくらい、あたたかくて――。

 ゆっくりと指を折り、握り締めてしまった。

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