132 / 174
19.夏の夢/躊躇い
8/13
しおりを挟む「あ……、ああ、そういえば……」
踏みとどまるしかなかった。
「昨日の花火大会は、ちゃんと行ったのか?」
俺は我慢できず、話題を放り込んでしまった。唐突すぎたせいで響は頭がついていけなかったらしい。
しばらく不思議そうにまばたきしていたが、
「うん。行ったよ」
笑顔のままでうなずいてくれた。
「どうだった?」
「まんまるでぴかぴかでキレイだったよ」
「そういう、ことじゃなく……」
「え?」
「その……、っ……」
結果を知っている話だからこそ、切り出しづらい。
尾津の“善意”が今になってまとわりついてくる。
「彼女とは、どうなったんだ」
「別に。どうにも」
「うまく、いかなかったのか?」
響は焼きそばをほぐすのに集中したいらしく、なかなか返事をくれない。その口元はわずかに開いては、閉じられる。
何かを隠しているのは明白だった。だから、
「もしかして、別れたか……?」
さも、いま悟ったかのような演技をしてしまった。
後ろめたさに、ちくりと胸が痛む。
だか、核心に触れるなら早い方がいい。そのほうが彼も楽だろう。
俺と響は“親友”なのだから。
わざわざ隠す必要なんて、ない。
「……うん。まあ、そういうことかな」
と、響はポケットから何かを取り出した。
暗闇が映り込み、漆黒にぬらぬらと光る小さな円。
「今日、神社に来たのはね、また懺悔したいと思ったの。きっと神様はあきれてるから……別れるのが早すぎだろって……」
「……お前、それ……」
まぎれもなく、塩田まほの付けていた指輪だった。
「ボクがあげたやつなんだけどね、返されちゃった」
持ち主を失ったそれを大事そうに指先でなぞっている。彼女の白く細い指のことを思い出しているのだろうか。
そこに秘められたいびつな想いを知っている俺は、気まずさを感じずにはいられなかった。
いたたまれなくて目を伏せようとしたとき、
「せっかくだから、たっくんにあげる」
「は?」
「今日の記念に。遠慮しなくていいから。ねっ!」
響はあろうことか、俺の左手にそれを押し付けてきた。「ぎゅっ」と口頭効果音つきでしっかりと握らせる。
「きっ、記念って……、なに記念だよ」
「うーん。ズブ濡れ記念?」
こんなもの、もらったって――。
さっさと突き返そうと思った。
でも、できなかった。
その小さな銀色には、まだ彼のぬくもりが生々しく残っていた。
この冷え切った身体を溶かしてしまいそうなくらい、あたたかくて――。
ゆっくりと指を折り、握り締めてしまった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
99
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる