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22.道連れ/響く声

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 ああ。
 そういえば、まだ、行ってない。


 二人だけの修学旅行――。


 約束した時のままだ。

 どこに行くのかすら、決めてない。


 決めなくちゃ――。


『……っく……』


 なんだろう。


『……ん……』

 遠くから声がする。

 つめたい。

 ひたり、ひたり、と雨粒が肌を打っている。
 また降り始めたのだろうか。
 傘なら、たしか返してもらった。早く差さないと濡れてしまう。

 早く――。

 腕を伸ばし、取ろうとしているのに、何度やっても感触が無い。玄関先にあったはずのビニール傘がどこにもないのだ。
 どこにいったんだろう。

 ぼやけた感覚の中、


『……、ね……』

 遠くかから、声が聞こえた。

『た、……っ……』

 俺だけに呼びかけているらしい。

『……、ね……、……ボ……』


 誰だろう。


『……ご、……っ、……』


 雨は指先から、甲をなぞり、腕のほうへと流れていく。
 つめたい。


『……たっ、……く……』


 ――響?


『……めん、ね……』


 ――響、なのか?


『……ごめ……っ、……、……に、ごめん』


 どうして謝っているんだ。
 お前にはなんの罪も無いのに。
 謝らなくちゃいけないのは、俺なのに。

 ああ。
 そうだ。

 謝らなくちゃいけない。
 俺は――。



「――たっくん!」

 気づくと、深い呼吸と共に目を開いていた。
 無機質な天井にここが病院なのだと悟る。そばには響がいて、涙まみれの腫れぼったい顔でこちらをのぞきこんでいる。

「ひ……」

 耳の中に自分の声を感じた。
 それでも口の中が燃えたように熱く、うまく動かない。


「大丈夫!? ねぇっ、大丈夫!?」


 急にきかれてもよく分からない。
 それに、彼の声がいつもよりぼやけて聞こえるのが不思議だった。
 まだ夢を見ているのだろうか。


「たっ、く……!」


 なにも答えられぬまま、ぼーっとしていると、痛いくらいに手を握りしめられた。
 響は自らのアゴに擦り付けるように、俺の手を握っている。つめたい雨だと感じていたのは涙だったのだ。


 ――夢じゃない。これは、現実だ。

 
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