妖狐のお屋敷に嫁入りしました

淡雪みさ

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第一章

一日の流れ

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 その日から、小珠の一日の流れは大体決まった。

 まず、朝早く起きてキヨと一緒に準備体操をする。
 次に、畑へ行き野菜の観察をする。脇芽が伸びていればその場で取ったり、有害な虫がいれば別の場所まで捨てに行ったりする。朝の水やりをして、収穫できそうな葉物の野菜は収穫する。水洗いをして水気を切りかごに入れて室内に持ち帰る。

 その後、朝から屋敷内の掃除をしている野狐たちに挨拶し、キヨと別れてキヨは炊事へ、小珠は掃除の手伝いをする。
 野狐たちは眠らないようで、早朝から屋敷の掃除をしている。毎日「お疲れ様です」「手伝いますよ」と積極的に話しかけているうちに、野狐たちも小珠に自分から近付いてきてくれるようになった。相変わらず喋らないが、近付いてきてぺこりと頭を下げたらそれはおはようの挨拶だ。

 料理の間で朝食を取り、食後の片付けなどを手伝う。キヨは医者にもらった薬を飲んでからしばらく休み、小珠が片付けを終える頃には立ち上がって畑仕事を始める。小珠もそれに合流して一緒に仕事をする。

 昼前には市へ出かけ、朝から活発に売り買いしている妖怪たちの間に入って店を開く。小珠とキヨの野菜は村にいた頃と同じく好評で、買いに来る妖怪が続出した。妖怪たちと話して情報収集ができるだけでなく、おかげでそれなりに貨幣も溜まってきた。小珠は稼いだお金を野狐を通して天狐に渡すようにしている。
 小珠とキヨ、そしてたまに手伝ってくれる銀狐のおかげで収穫量は安定しており、キヨの薬代や市での買い物に使った分のお金を少しずつ返せているのではないかと思う。

 昼過ぎに店を閉め茶店へ向かい、二口女や付いてきてくれた野狐、他の客たちと和気あいあいと団子やお茶を食して帰る。野狐はもちろん一般の妖怪――天狗に変化《へんげ》していて、念のため二体付いてきてくれる。小珠と野狐二体は、〝青物市の野菜売り小珠と無言の天狗たち〟として有名になりつつあった。

 市から早めに帰るのには理由がある。思いの外大盛況で野菜がすぐ売り切れるからというのと、屋敷にいるキヨと一緒にいる時間を長くしたいという理由だ。
 キヨは狐の一族の妖力頼りで一時的に元気になっているだけで、本来の体調はあまり回復していない――キヨと市へ行きたいなどと呑気な提案をしそうになった小珠にそう教えてくれたのは空狐だった。キヨは、屋敷からあまり離れられない。


 夕食を食べた後は、普段外の町との交易を仕事にしているらしい美しい使用人、気狐《きこ》たちに湯殿に入れてもらう。キヨとともに彼女たちと交流する。気狐も野狐と同様複数いて、皆野狐とは違ってよく喋った。

「わたくしは彼を好きだけれど、こちらが妖怪と知っても向こうがまだ好きで居続けてくれるか不安なのですよお」

 どうやら気狐のうちの一体は外の町に人間の恋人がいるらしい。
 恋人がいた経験のない小珠にとっては大人な恋愛相談だったが、キヨはふむふむと頷き、「好いている男には正直な気持ちを伝えるといい。すれ違いが一番厄介だからねえ。それに、人間の男はいついなくなるか分からん。うちの旦那も若い頃ぽっくり逝って……」と人生の先輩として細やかに助言していた。

 気狐たちは交易をしているため外の世界のことに詳しく、ここから離れた人間の町についても面白おかしく喋ってくれた。
 まず、今の外の町の人間たちは海の向こうの外国の文化を盛んに取り入れられているらしい。散切り頭という髪型が流行っていることも気狐たちに聞いて初めて知った。
 一部ではもうほとんどの住宅や店舗が洋風建築となっているらしく、「ハイカラよねえ」「まるで日本國でなくなってしまったみたい」と気狐たちは小珠の髪を乾かしながら昔を懐かしがっていた。
 人間の町に比べて、きつね町は昔のような日本國を意識しているらしい。

 気狐たちと話すのは楽しく、脱衣所を出る頃にはすっかり湯冷めしてしまっていることがほとんどだ。


 夜の時間は自由に過ごす。最近では見回りの銀狐と縁側で長話をすることが増えた。月を見ながらお茶を飲んだり、二口女の茶店から持ち帰った団子を食べたりする。銀狐には頻繁に野菜の成長促進を手伝ってもらっているため、お礼にできるだけ市からのお土産を持ち帰るようにしているのだ。

「銀狐さんって、花を咲かせることはできますか?」

 思い切って銀狐にずっと聞きたかったことを聞いてみた。
 市の町民の話では、やはり町民にとって瑞狐祭りは特別なものらしかった。妖怪の繁栄と力の強さを証明する行事だ。町民のやる気や町への愛にも関わってくるようである。

「残念やけど、瑠狐花《るこはな》は俺らの力やったら咲かんで。あの大木は町中の妖怪たちの余った妖力を一年間ゆっくり吸い取って花を咲かせるもんや。ちょっとやそっとの妖力使って咲くもんちゃう。今年咲かんかったんは、この町で一番妖力が強かった天狐はんが年老いてきて、衰えてるんも関係あるやろな」

 察しの良い銀狐はそう言い、ふと思い付いたようにじっと小珠を見つめてきた。

「……小珠はんやったらできるかもな。玉藻前様は、若い頃の天狐はんと並ぶくらい妖力があったわけやし」
「本当ですか?」
「いやまあ、ここに来た時より妖力が戻ってきとるとはいえ、かなりゆっくりやし、夏までに間に合うかは知らんけど」
「私、少しでも可能性があるなら頑張りたいです。銀狐さん、妖力の使い方教えてください!」

 いつも親切にしてくれる町の妖怪たちの笑顔が見たい。それに、狐の一族が花を咲かせることを手伝ったとなれば、町民からの印象も多少良くなるかもしれない。
 やる気を出して立ち上がると、銀狐はふっと呆れたように笑った。

 それから深夜まで、小珠は庭で銀狐に妖力の使い方を教えてもらった。まだ蕾の状態のハナミズキに向かって指を指し、うんうんと唸りながら咲かせてみようと試みる。銀狐の言う妖力の出し方を理解できず、最初の開花までは数時間かかった。ハナミズキの一つが開花した時、小珠は感動して「やりました!」と大きな声を出してしまう。はっとして自分の口を塞ぐ。皆が寝静まった後の屋敷で大声を出しては誰か起こしてしまうかもしれない。

「今日中には無理やと思っとったけど、大したもんやん。その調子やったら、妖狐が得意とする〝化かす〟こともすぐできるようになるんちゃう?」

 銀狐が満足げに笑った。

 こんなに頑張っても一つしか咲かせることができなかった。けれど、銀狐は褒めてくれた。
 嬉しくなった小珠は「もっと頑張りますね」とその隣の蕾も咲かせようとした――が、その手を銀狐に止められた。

「明日も朝早いんやろ。これで終わりや」

 そういえば、銀狐には見回りの仕事もある。その途中でこんなに長時間付き合ってもらえたことに感謝しながら、屋敷の方向へ戻っていく銀狐に付いていった。

「言うとくけど、俺がおらん間にこっそり抜け出して一人で練習するんもあかんからな」
「えっ……」
「嫁入り前の女の子が夜更かしはあかん。お肌の状態悪なってまうで」

 その気だった小珠はぎくりとする。確かに、夜更かしして明日の仕事に支障が出たら困る。毎日こつこつ取り組むを意識していこうと決めた。
 そこでふと、嫁入り前という言葉で思い出す。

「そういえば、私っていつ結婚するのでしょう……」

 婚姻の儀は行っていない。
 天狐とは朝食の際に料理の間で毎度会っているが、小珠はキヨと話すばかりで、天狐とは特に会話できているわけではない。結婚前にもう少し仲を深めておくべきだろうかと心配していると、銀狐が答えた。

「秋やろ。この町にとって一番縁起ええ日があるねん。花嫁行列は派手にやる予定やから、覚悟しときや。君がどんだけ嫌言うても着飾らせるからな」
「あまり目立つのは恥ずかしいのですが……それに、町民に見られたら私が狐の一族だとばれてもう関わってもらえないかも」
「君やと分からんくらい白粉塗られるから気にせんとき。君、化粧で化けそうやしな」

 くっくっとおかしそうに笑った銀狐は、からかうような声音で言った。

「あんまり綺麗やったら、花嫁行列に乱入して奪ったるのも悪ないなあ」
「だ、だめですよ」
「冗談やん」

 一族の長の花嫁を奪うなどと洒落にならない冗談を愉しげに言った銀狐は、小珠を部屋まで送った後、また見回りに出ていってしまった。

(秋、か……)

 空狐が初恋の相手であることを確信してからというもの、小珠は空狐を避けている。自分の気持ちが暴走しないようにだ。
 秋に婚姻の儀を行い、正式に天狐の花嫁となれば、この気持ちにも終止符を打てるだろう。それまで気を抜いてはいけない――と小珠は自分に言い聞かせた。



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