妖狐のお屋敷に嫁入りしました

淡雪みさ

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第一章

瑞狐祭り

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 瑞狐祭り、当日。
 小珠はキヨや野狐たちと共にきつね町南の中心部へ向かった。頼み込むと、一日であればキヨを屋敷から連れ出してもいいと医者から許可が出たのだ。毎年キヨと行っていた瑞狐祭りである。絶対に一緒に行きたいと楽しみにしていた。
――しかし、瑠狐花を咲かせられなかったことで、小珠の心にはまだもやもやとしたものが残っている。


 祭りの看板や装飾品があちこちを飾り、町全体がまるで別世界のような美しさを放っていた。
 夕日に照らされながら、妖怪たちが華やかな衣装を身に纏って外へ出てくる。貧しい南の妖怪たちも、ここぞという時に着る色鮮やかな一着を着ているようだ。女好きの河童が下心丸出しの目をして女性たちを物色しているところを見かけた。邪魔しては悪いと思い、気付かれないように二口女の茶店の前を通り過ぎる。

「貴女、こんな日なのに着飾ってないのね」

 その時、今日はいつもとは違う紅を塗っている二口女が店から出てきた。
 小珠は市へ行く時の質素な衣服でここまで来た。野狐たちが用意してくれた着物は豪華すぎたからだ。万が一汚してしまったらと考えると逆に祭りに集中できないと言って断った。

「あら?……そちらのご老人、まるで人間のような匂いがするわね」

 二口女がすんすんと匂いを嗅ぎながらキヨに近付く。
 小珠は慌て、庇うようにしてキヨの前に立った。キヨには妖怪の匂いがする袋を持たせているのだが、それでも匂いに敏感な二口女は感じ取ってしまったらしい。

「がっはっは! 人間に間違えられてしまうとは、わしも衰えたもんだねえ」

 すると、キヨが辺りに響き渡るほどの大きな声で笑った。二口女はその迫力に動揺したようで一歩後退る。

「その笑い方は妖怪だわ……。ごめんなさい、馬鹿にしたわけじゃないの。わたしの勘違いだったみたい」

 怯えた様子でキヨから少し距離を取った二口女。そして、気を取り直すようにごほんと咳払いをした。

「後半は舞台で芸があるわ。今年は気合いが入っているそうよ。興味があればぜひ行くといいわ」

 二口女は妖艶に笑い、まだ店仕舞いがあるらしく茶店へと戻っていく。二口女には長年引きこもりだったと伝えているので、丁寧にこの町のことを教えてもらえる。
 その背中をじっと見つめていると、天狗の姿をした野狐が和紙を取り出して文字を書いて見せてきた。


 〝元気 だして〟
 〝おれ 小珠ががんばってたの しってる〟


「……うん。ありがとう」

 そうだ、落ち込んでいてどうする。折角キヨと祭りに行けるようになったのに、楽しまなくてどうするのだ。これ以上の幸せはないはずだ。それに、来年であればまた瑠狐花を咲かせられるかもしれない。
 気を取り直して背筋を伸ばした小珠は、「おばあちゃん、楽しもうね!」と笑顔で言った。キヨも小珠のその様子を見て微笑み返してくれる。

「そういえば、今日は朝から空狐さんや銀狐さんがいなかったね」

 朝食の時間は毎度屋敷にいる妖狐たちが全員が集まるのだが、今日は極端に数が少なかった。金狐はおらず、気狐たちもいつもより数が少なく、野狐も心なしか減っていたように思う。

「忙しいのかな……」
「なあに。小珠の頑張りが奴らの心を動かしたんじゃろう」

 隣のキヨが意味深なことを言うので、「どういう意味?」と聞き返すが、キヨはふっふっふっと怪しげな笑い方をするだけだった。



 暗くなるにつれて町の提灯が灯っていく。屋台の周りには家族連れの妖怪たちが集まり、皆楽しい夜を過ごしていた。
 小珠はキヨや野狐たちを連れて、二口女が言っていた舞台の方へと向かった。きつね町の南に住む妖怪たちがほぼ全員集まっているらしく、物凄く混んでいる。人混みの熱気を感じながら、キヨの手を引いて歩いた。

「おばあちゃん、はぐれないでね」

 途中妖怪にぶつかって転けそうになると、野狐が小珠を支えるように手を引いてくれた。

 華やかな布で飾られた舞台上で、妖怪の踊り子たちが優雅な舞を披露している。夜風になびく衣装が月明かりの下で煌めいていた。
 笛や太鼓、琴などの楽器によって音楽も奏でられている。舞台近くにいる妖怪たちの目は舞台の上の踊り子たちに釘付けになっている。

(きつね町ってやっぱり、素敵なところだな……)

 きらきらとしたその光景を見て改めて思った。人口減少が著しかったあの村とは違う活気を感じる。瑞狐祭りの規模もあの村とは比べ物にならない。まるで別世界を見ているような気持ちになった。


 その時。

 ――――ぽつり、ぽつりと。小雨が降り始めた。

 ざわっと妖怪たちが騒ぎ始める。
 小珠も驚いて上を見上げた。空は晴れていて星さえ見える。雨など降るはずがない。


 小珠がぽかんとしていると、周りからこんな声が聞こえてきた。


「あそこにいるのって妖狐じゃない……!?」
「嘘、どうして……こんな所に妖狐の一族が……こんな所に来るような方々じゃないのに……」
「あれは、雨降らしの舞よ!」


 それを聞いてばっと舞台の方を見ると、華やかな舞台の隅に、狐の面を被った空狐や銀狐、金狐たちがいた。彼らは美しい扇子を持って舞っていた。

(〝雨降らしの舞〟……この小雨を降らせてる……?)

 雨粒が顔に当たり、肌を伝っていく。

 空狐たちが瑞狐祭りに協力しようとしている。市の妖怪たちを身分違いだと罵っていた彼らが、この瑞狐祭りを盛り上げようとしてくれている。おそらく、小珠が成功させたいと言ったからだ。
 こんな素敵な町に連れてきてもらえて、住む場所を与えてもらえて、キヨとこうして祭りに行くこともできるようになった。さらに、瑞狐祭りへの協力までしてくれるとは。
 自分は狐の一族に与えられてもらってばかりだと感じた。

(私にも何かできることは……)

 瞬間、思い出した。初めて花を咲かせる練習をした時、銀狐に言われたことを。


  ―――……『今日中には無理やと思っとったけど、大したもんやん。その調子やったら、妖狐が得意とする〝化かす〟こともすぐできるようになるんちゃう?』


 ……化かす。化かせばいい。


「……瑠狐花……」


 ここにいる妖怪たち全員を、化かせばいいのだ。


「――――瑠狐花が、降ってきました!」


 自分の意識を騙すように全力でそう叫び、内にある妖力を放出させる。

 雨粒の一つ一つが瑠狐花となることを想像して、全身に力を入れる。

 ゆらゆらと、小珠の中にある炎のようなものが増大し、勢いを増していく。




 小珠が目を開ける頃には、周囲から歓声が上がっていた。

 ――――雨を花びらに変える幻影。実際には変わっていないのだが、妖怪たちの目には、この雨粒が瑠狐花の花びらに見えている。

「瑠狐花だ!」
「これぞ瑞狐祭りだね!」
「うおおお! きつね町は繁栄してるぞ!」

 色とりどりの花びらが舞う。風に揺られ、吹かれ、ひらひらと。

 幻術は小珠自身にもかかっているらしい。小珠は瑠狐花が目の前に広がるその光景に見惚れてしまった。
 提灯の光、舞台の光、舞っている妖狐たちの光、それに照らされている数々の妖怪たち――それは、小珠が人生で見た中で最も美しい景色だった。


 しばらくして妖力を使い切った小珠はぜえはあと息を荒くしながら汗を拭く。妖力を使って、こんなに大規模なことをしたのは初めてだった。
 視界がぐらぐらして倒れそうになるところをキヨと野狐二体が支えてくれる。横を見ると、キヨが「頑張ったなあ」と笑ってくれていた。
 
「綺麗な景色だ。あの村の瑞狐祭りも良かったけれど、こっちも素敵かもしれないねえ」

 誰の笑顔よりも見たかった笑顔だ。じわりと涙が出そうになる。
 やはりこの町を、キヨと今後暮らしていくきつね町をより良くしていきたい――そう思った。



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