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第二章
告白
しおりを挟む「……僕が好き? 何故?」
「初恋だったんです……」
「…………」
「小さい頃、私の手を引いて、お祭りをやっているところまで送り届けてくれましたよね。私、あの時からずっと空狐さんのことが、」
「幼い頃、近くに男性がいなかったから勘違いしているだけですよ。僕は貴女が想像しているような良い男ではありません」
「ほ、他にも……避け続けていた私を甘味処に連れて行ってくれた優しいところとか……ちょっと意地悪な笑い方も、着物姿も、男性らしい声も、全部好きですっ。狸に変化していた時の姿だって、可愛くて好きでした……!」
空狐の顔を見る勇気がない。ただ俯き、必死に言葉を紡ぐしかない。
もう伝えてしまったのだから、いくら気持ちを吐き出したところで同じだ。緊張しながらも好きだと続ける。
すると、しばしの沈黙の後、空狐がぽつりと呟いた。
「……困りましたね」
その言葉に、小珠の熱が冷めていく。
やはり困らせてしまった。嗚呼、なんてことを言ってしまったのだろう。吐き出してすっきりするのは自分だけ。こんなこと、やはり言うべきではなかった――そう反省した次の瞬間、空狐の手が小珠の顎を掴んで上を向かせた。
「僕は貴女が思っている程、我慢強い男ではありません」
空狐が見たこともない顔をしている。いつもの柔らかい笑顔はどこへやら、まるで捕食者のような目で小珠のことを見下ろしている。
狼狽え、逃げるように一歩下がるが、後ろは壁だった。
とんと背中が壁に付く。空狐の顔がゆっくりと近付いてくる。また心臓の音がうるさくなり始めた。
(こ、こんなの……まるで接吻するみたいな……)
頭がうまく回らない。先程までとは違う湿っぽい雰囲気に動揺する。
間近に来た空狐の顔が僅かに傾き、唇と唇が触れかけた――その時、隣から声がした。
「ここ、遊郭やないんですけど」
空狐がはっとした様子で小珠から顔を離し、声のした方を向く。
そこに立っていたのは見回りの銀狐だ。午前の見回りは金狐、夕食後から夜にかけての見回りは銀狐だと聞いている。慌てて空狐から距離を置こうとしたが、空狐が小珠の腕を掴んできて制止してきた。
銀狐の視線の先にいるのは空狐だ。
「空狐はん、ご自分のお立場分かってますか?」
銀狐の声が低い。本当にまずいところを見られてしまった、と血の気が引く。
「小珠はんは、戯れに手ぇ出してええ女やありません」
「ち、違うんです。空狐さんは悪くありません。私が……私が、よからぬ想いを抱いてしまったから……」
咄嗟にそんな言い訳が出てきた。途中から来たのならこの現場、空狐が一方的に小珠に迫っているようにも見えるのではないかと思ったからだ。
「空狐さんは、天狐様の婚約者である私に手を出すような人ではありません」
誤解が解けるよう、はっきり言い切る。
「……あっそ。ならええんやけど」
銀狐はつまらなそうに言うと、小珠たちの方に近付いてきた。
「ほな、空狐はん、その手離してもらえます?」
空狐の手は未だ小珠の腕を掴んだままだ。その手の力が何故かなかなか緩まないので焦って空狐を見上げると、空狐は少し複雑そうな表情をした後、ゆっくりと手を離した。
直後、その手を銀狐が掴んで引っ張ってくる。
「キヨはんが呼んどるから、行くで」
半ば無理やりずるずると引きずるような形で連れて行かれる。
空狐に想いを伝えられたとはいえ不完全燃焼感があり、振り向こうとするが、銀狐に強い力で引っ張られてそれは叶わなかった。
角を曲がり空狐が見えなくなったところで、銀狐が文句を言ってくる。
「餓鬼が一丁前に色付いとんちゃうぞ、こら」
「なっ……餓鬼って。何度も言いますけど私もう十八歳ですし、人間の年齢としてはとっくに大人で……」
「あーあーあーあー、うるさ」
しばらく歩き続けた銀狐は、庭の見える縁側まで来るとそこに腰を下ろした。
「空狐はんが好きなん?」
少し躊躇いもあったが、こくりと頷く。もう誤魔化しようもないだろう。
気まずい沈黙が走った後、はっと気付いて聞いた。
「それより、おばあちゃんが呼んでるんじゃないんですか?」
「呼んでへんわ。嘘や」
「嘘!?」
ぎょっとする。騙して小珠を連れ去ったというのか。
銀狐の立場からしてみれば、騙してでも小珠と空狐を引き離す必要があったのだろう。一族の長の婚約者の浮気。同じ屋敷に住む銀狐にとっても無関係ではない。
「私が全て悪いんです。天狐様には、私から報告します。だからお願いです、さっきのことはどうか……」
「さっきのことって何なん」
「……だから、空狐さんと……」
「空狐はんと接吻しかけとったこと?」
「せっ……!? い、いや、あれは、おそらくただ顔を近付けていただけでっ」
「何言うとるねん。空狐はんはやる気満々やったぞ」
他人から指摘されてようやく実感が伴った。やっぱりそうなんだと思うと体中が火照ったように熱くなる。小珠のその様子を見た銀狐は、呆れたようにはぁと溜め息を吐いた。
「どないでも邪魔はできるけど、やめといたるわ。あーあ、俺ってほんまお人好しやな」
怒る気配がない。てっきり色々文句を言われるものと思っていた小珠は意外に思いつつ、恐る恐る銀狐の隣に正座した。
「空狐はんのどこが好きなん?」
すると突然、銀狐がこちらを見ずに問いかけてくる。
「な、何でそんなこと」
「俺とどこが違《ちご》たんやろと思って」
その声音にいつものからかうような色はない。珍しく感じて銀狐を見上げた。銀狐もこちらに目だけを向けてきて、ばちりと目が合う。
もしかすると銀狐のこの質問は、小珠でなく玉藻前に聞きたかったことなのではないか。冷静にそう推測しているうちに、いつの間にか銀狐の顔が間近まで来ていた。
「俺やったらだめ?」
いつもと雰囲気が違う。銀狐の顔がこんなに近くに来たのは初めてかもしれない。まるでさっきの空狐のような距離である。
肌が綺麗だ、などと悠長なことを考えた。すると、興が冷めたように銀狐がぱっと小珠から顔を離す。
「……おもんな」
「な、何だったんですか今の」
「さっきみたいな顔せえへんやん。あーあ、つまらん。茹で蛸みたいに赤面した顔見たかったのに」
「なっ……銀狐さん、またからかったんですか? 意地悪なところ、直した方がいいと思います!」
必死に抗議すると、銀狐はぷっと噴き出す。そして、くっくっとしばらく肩を揺らして笑った後、立ち上がった。
「天狐はんには言わんでええよ。人間と妖狐の感覚はずれとるから。天狐はんは、花嫁に別の男がおっても気にせんのとちゃうかな」
「そ……そんなことあります?」
銀狐に疑いの目を向けたが、銀狐はけらけらと愉しげに笑うばかりだ。
本当か冗談か分からず銀狐を追うが、結局それ以上は何も教えてもらえなかった。
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