妖狐のお屋敷に嫁入りしました

淡雪みさ

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第三章

助け合い

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 *―――**―――**―――*


 港町にいる銀狐たちの元に紙人形による知らせが届いたのは昼過ぎだった。
 小珠の血が付着した紙人形だ。妖狐は、血や髪の毛など体の一部さえあれば、仲間の居場所を見つけられる能力を持つ。

「……近いな」

 小珠の気配をすぐ傍に感じる。
 海坊主が住んでいたとされる家屋の近くだ。

「待て」

 金狐が、すぐに行こうとした銀狐の肩を掴んで引き止めてくる。

「相手の人数も分からんのに突っ込む気か。阿呆ちゃうか」
「人数把握とか悠長なこと言うとる場合ちゃうやろ。あいつらは玉藻前様をさらった連中の末裔や。人間とは思えん鬼畜や。小珠はんに何するか――」
「落ち着け。小珠はんは玉藻前様ちゃう。小珠はんと玉藻前様を同一視しすぎちゃうか? 今は玉藻前様のいた時代やないし、陰陽師の力も弱まっとる。あん時とは何もかもが違う」

 金狐の言葉に銀狐ははっとした。そして、苦い思いをしながら言う。

「……分かっとる。小珠はんは玉藻前様やない」

 幼い頃の記憶。玉藻前は花のようによく笑う女の子だった。
 誘拐され――ようやく居場所を突き止め回収した頃には、玉藻前の風貌は随分と変わってしまっていた。美しいのに変わらない。しかし、顔つきというのか、雰囲気というのか、まるでさらわれる前とは別人のようだった。
 あの時の玉藻前の憎らしそうな顔を、他者への恨みに満ちた顔を、銀狐は二度と忘れないだろう。

「でも、俺は俺の後悔の回収をしたい」

 同じ過ちは犯さない。

(今度こそ守らなあかん)

 銀狐が走り出すと、「あっ、おい!」と金狐が怒鳴った。
 しかし銀狐は止まらなかった。

(小さな小さな、お姫さん)

 思い出すのは千年以上前、玉藻前の手を引いて外へ出たあの時のことだ。

(俺のお姫さん)

 もう二度と戻ってこない初恋の笑顔。
 前世で守りきれなかった彼女を今世では守りきるために、銀狐はここにいる。


 *―――**―――**―――*


「うおおおおおおおおーっ!」

 その頃――小珠は血塗れの姿で何とか膝立ちし、法眼に頭突きをしていた。
 さすがにこの反撃は予想していなかったのか、法眼は均衡を崩してぐらりと後ろに倒れる。
 その隙に逃げようと入り口に向かって走った。

「待て!」
「待たないよ! 待てって言われて待つ人がどこにいるの! 私こんなことしてる場合じゃないの! 早くおばあちゃんの元に戻らないと……!」

 もしかしたら、こうしているうちにキヨの意識が戻っているかもしれない。今呼びかけたら応えてくれるかもしれない。キヨの最期に一緒にいられないのは嫌だ。
 歯で取っ手を噛んで扉を開こうとしたが、錠をかけられているのかびくともしない。
 すると、後ろの法眼がおかしそうに笑った。

「その戸は俺にしか開けられない。諦めるんだな」

 愉しげに髪をかき上げながら、ゆらりゆらりと近付いてくる。

「じゃあ開けて」
「獲物をみすみす逃がすかよ」
「そんなに私の力が欲しいなら、後でいくらでも利用させてあげる。でも今はだめなの」

 そう言った時、ふと違和感を覚えた。血が流れていない。切りつけられた傷が治っている。さっき頭突きをした時からだ。

「なんだ、できてるじゃないか。玉藻前より優秀なんじゃないか?」

 法眼がにやりと笑った。

「続きだ」

 振り上げられた手の中には、短刀がある。
 また刺される――と思いぎゅっと目を瞑った。
 しかし、予測していた痛みはない。おそるおそる目を開くと、短刀が勢いよく弾かれたように床にからからと落ちていた。

「……?」
「っははは! 早いな。妖力で危険を弾いたか。普通の刀ではもう効かないようだ。倉から呪具を持ってこよう」

 法眼の口ぶりからして、刀を弾いたのは小珠の力らしい。完全に無意識だったので実感が湧かない。

「お前、面白いじゃないか。痛めつけがいがあるな」

 法眼が小珠の頬を手で掴んで笑みを深める。その不気味さにぞっとした。


 ――次の瞬間、物凄い音がして、小珠の背後の戸が蹴破られた。
 驚いて振り返った刹那、顔面に戸が倒れてくる。小珠は下敷きになるようにして床に倒れた。

「小珠はん、無事か!?」

 上から銀狐の声が聞こえる。来てくれたのか、とほっとした。しかし、銀狐が足を退けてくれなければ戸の下から出れない状態だ。
 寸前で避けたらしい法眼が不機嫌そうに問いかける。

「お前……見張りはどうした?」
「全部倒したりましたよ、あんなもん」

 気怠げな金狐の声も聞こえた。
 ずるずると戸の下から這い出た小珠に、銀狐が駆け寄る。

「小珠はん、生きとって良かったわ。怪我ないか?」
「怪我は……あったんですけど、治っちゃいました」

 どちらかと言うと、銀狐が蹴破った戸がぶつかったのが痛かった……とは言えず、へらりと笑って答える。
 銀狐は心底ほっとしたような顔をし、妖力で小珠の手足を縛る縄を解いた。続けて小珠を抱きかかえようとするので、小珠は慌てて自分の足で立ち上がる。

「自分で歩けます」

 銀狐は一瞬きょとんとした後、「たくまし」と可笑しそうに笑った。
 小珠は倒れた戸を踏んで外へ出る前に、法眼を振り返った。金狐が法眼に炎を浴びせている。この容赦の無さは、おそらく殺そうとしているのだろう。

「金狐さん、殺さないでください」
「はぁ!? 何言っとるんですか! こいつらは妖怪の敵ですよ!?」

 金狐が苛立ったように返事する。

「我が儘言ってごめんなさい。でも、殺すのではなく捕まえてほしいです」

 炎を呪符で打ち消している法眼が驚いたように目を見開いた。

「かつて人間と妖怪は共存していたんですよね。陰陽師と妖怪だって、考えを改めてもらえれば共存する方法はあるのではないかと思います」
「ッどこまでお人好しなんですか、うちの花嫁さんは!」

 金狐は攻撃をやめ、法眼に物理的に蹴りかかって動きを封じた。そして、先程まで小珠を縛っていた縄で法眼を縛り上げる。

「……ありがとうございます」

 駄目元の頼みであり、本当に実行してくれるとは思っていなかったので少し驚く。

「金狐、何やかんや小珠はんに甘ない?」
「うるさいなぁ、黙っとけ、銀狐」

 金狐がにやにやしている銀狐を睨み付ける。
 小珠は縛られている法眼の前に屈んで目線を合わせた。

「法眼さん、少しお話してくれますか?」
「……何だよ。俺を生かす意味が分からねぇ。あんなに刺したのにけろっとしてんじゃねえよ」
「貴方を殺すだけでは根本的な解決にはならないと考えたんです。さっき金狐さんと戦って、どちらが強いと思いましたか?」
「……悔しいが、今の陰陽師じゃ妖狐には勝てねぇ。玉藻前さえ……玉藻前の妖力さえあれば。また、強い妖怪を倒せる程の一族になれるってのに」
「貴方は一族が誇りを取り戻すことを望んでいるんですよね?」
「俺だけじゃねえ。陰陽師の末裔は皆それを望んでる。日本帝國は今開国して、外国の文化を取り入れて、日本帝國に昔からある呪術は衰える一方だ。このままじゃ、いずれ陰陽師の存在も忘れられる……俺はそんなの、」
「なら、協力します」

 隣の金狐が「小珠はん?」とぎょっとしたような顔をした。

「ただし、今回のような強引で暴力的な方法はやめてください。口で交渉してくださるなら、少しずつでよければ私の妖力くらいあげます。私も頑張って妖力をうまく扱えるように努力するので、気長に待っていてください」
「……お前……何でそこまで……」

 法眼が疑わしげな目を向けてきたため、小珠もそういえば何故なのだろうと考える。
 小珠の中には、〝困っている人がいたら手を差し伸べなければならない〟という感覚がある。それは昔からのことだ。一体この感覚はどこで培われたのだろう――と記憶を遡った時、その答えはすぐに見つけられた。

「助け合いが中心の村に住んでいたので」

 協力しなければ生きていけないあの村で、少なからず学んだのは、助け合いの精神だったに違いない。


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