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第三章
新しい時代の幕開け
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ごおごおと炎が燃え上がっている。辺り一面火の海で、店も家屋も何一つ元の形を保っていない。妖怪たちの悲鳴と、何かが倒壊する音が立て続けに聞こえてくる。煙も気分が悪くなる程広がっている。辛うじて無事なのは、町の中心にある大木、瑠狐花の木くらいだ。
銀狐たちからきつね町の状況を聞き、駆けつけた小珠は、目の前に広がる光景を見て絶句した。隣で銀狐がちっと舌打ちをする。
「俺、やっぱあいつのこと許されへんのやけど。今からでも殺さへん? 玉藻前様にされたこともあるし、一族根絶やしにしたっても構わんのに」
「あの人は、玉藻前様を陥れた人達の末裔であって、陥れた本人ではありません。あの人への罰は後で考えましょう。今は、この火を消さないと……」
「――妖力で生み出した水であれば消せる」
後ろで、縛られた状態で金狐に捕まえられている法眼が言った。
「妖力で生み出した水?」
「水を生み出す妖怪を見つければええっちゅうことか?……つっても、雨降り小僧はもうお年やし……」
銀狐が考えるような素振りをした。
「――金狐様、銀狐様!」
その時、空から気狐が一体飛んでくる。
「大変です。屋敷まで燃えています」
「屋敷が? んなわけないやろ」
「普通の火なら移らないはずなのですが、呪術が関わると違うようで……」
気狐はそこまで言って小珠に視線を移し、言いづらそうに伝えてきた。
「キヨさんのこと、急いで移動させたのですが、既にかなり煙を吸っていて……その……もう長くないかと……」
周囲は燃え盛っていて暑いはずなのに、身体全体が冷える心地がした。頭から水を浴びたような気持ちだ。
ぽろぽろと涙が流れる。泣いている場合ではないのに、意思とは反して目から水が止まらない。
その様子を見た気狐が急に表情を変え、小珠のことを抱きかかえて地を蹴った。
「おい、どこ連れていくねん!」
「キヨさんの所へ連れていきまぁす! まだ間に合うかもしれません!」
銀狐が怒鳴ったが、そんなことはお構いなしに、気狐は宙へと浮かび上がる。港町へ向かった時よりも速く、煙を避けながら屋敷へと向かってくれた。
屋敷には確かに火が乗り移っており、庭にあった木々も燃えている。唯一まだ残っている屋敷の一角――天狐の傍で、沢山の気狐や野狐が風を起こしてキヨのことを火から守っていた。
キヨの息の仕方は昨夜と同じだ。それどころか、煙のせいで酷くなっているように見える。頭が真っ白になった。
「お……おばあちゃん」
気狐に降ろしてもらい、キヨの痩せ細った手を手で掴む。
ぜえ、ぜえ、と息をするキヨは苦しそうだ。こんなに苦しい思いをさせるくらいなら、安らかに眠った方がキヨのためかもしれない。それでも――生きてほしいという気持ちを捨てきれない。小珠の隣で元気に畑仕事をするキヨは、絶対にもう戻ってこないのに。
「小珠ちゃん……いつの間にそんな妖力を扱えるように……」
後ろで見守ってくれていた気狐が、はっとしたように呟く。気付けば、周囲にぽうぽうと暖かい光のようなものが生じていた。
その時、ゆっくりとキヨが目を開けた。薄く開かれたままどこを見ているかも分からなかったキヨの眼が、小珠を捉える。
「お逃げ。小珠」
しわがれた声で、キヨが言う。
小珠は涙を堪え、ふるふると強く首を横に振った。
「ここはもう長くない。老体は置いていきなさい」
「いやだ、」
「お前には未来があるんだよ。わしにはもうない。小珠。置いていきなさい」
「おばあちゃんっ……!!」
「わしはもう十分生きた。最後に小珠とまた畑仕事ができて、働けて、十分すぎるくらいだ」
キヨはそこまで言うと、小珠から天狐へと視線を移す。
「天狐。お前、生贄があればまだここから動けるんじゃろう。わしの命と引き換えに、この子をどこかへやっとくれ」
「おばあちゃん! 何言ってるの!」
「お前には寿命が見えるはずだ。人の寿命も、妖怪の寿命も。わしにも分かる。今は小珠の妖力で意識が戻ったが、これもあと数分というところ。わしの寿命は、今日じゃろう。さあ、早くしておくれ」
『…………』
天狐は黙ってキヨを見下ろす。
否定しないということは、実際にそうなのだろう。
「天からずっと見ているよ。小珠の信じる道を進んでくれ」
キヨの意識が遠ざかっていくのを感じた。
その目が虚ろになっていく。
嫌でも分かった。もう、時間切れだと。
――……最後に伝えるとすれば、何だろう。
「今までありがとう。ずっと大好きだよ」
気付けば口からそんな言葉が漏れていた。
伝わったかは分からない。でも、キヨの口角が最期に少しだけ上がった気がした。
――――次の瞬間、天狐が天井を突き破り、空へと舞い上がった。
そのふさふさの白い毛の中に、小珠、気狐、野狐を全員乗せて空高く。
上から眺めれば、火や煙の位置が一目で分かる。
逃げ惑う妖怪たちが遥か下に小さく見えた。
――……『小珠の信じる道を……』
最期にキヨに言われたことを思い出し、ぎゅっと目を瞑る。
(泣いてる場合じゃない)
キヨが素敵だと言っていたこの町を、守らなければ。
◆
真っ白い空間に沢山の石が転がっている。その空間の中心であろう場所、赤い椅子の上に、十二単を身に纏った玉藻前が縛り付けられている。
「力を貸してください」
どこを向いているのか分からない、虚ろな目をした絶世の美女に、土下座してそう頼み込む。
「愉快だ」
玉藻前は小珠に一つも視線をくれずに言った。
「愉快だ、愉快だ。嗚呼、素晴らしい。これこそが麻呂の望んだ破壊じゃ。妖怪たちの悲鳴、男たちの悲鳴――嗚呼、なんて魅惑的な声じゃ。これこそが麻呂の望んだ時代じゃ」
あは、あはは、と狂ったように空に向かって力なく笑った玉藻前は、不意にその笑みを顔面から消した。
「それなのに――何故、麻呂は泣いておる?」
つー……と、玉藻前の頬に涙が伝っていた。
小珠は立ち上がり、玉藻前に正面から近付く。ここまで近付いたのは初めてだ。ずっと玉藻前が怖かった。でも今は怖くない。彼女のことが分かるからだ。
「他者を憎み続けるのは苦しかったでしょう」
玉藻前の白い頬に触れた。その肌は白く、とても冷たい。石のような冷たさだ。
「貴女も、きっと許したかったんですよね」
石が割れるように、玉藻前の頬にひびが入る。
「きつね町を一緒に守ってくれませんか。私の中で」
「麻呂が……? 守る? 守り方など、疾うに忘れたというのに。麻呂は壊し方しか知らん」
「知らなくてもこれから学べばいい。傷ついた心が分かるのならば、他者に優しくするべきです」
そう言った時、玉藻前が瓦解していく。
「小珠。麻呂は真っ直ぐなそなたが羨ましかった」
「はい」
「だが、麻呂はそなたになれるのだな」
「はい」
「もしもやり直せるのなら――今度こそ妖怪の長として、正しく彼らを導きたい」
その言葉を最後に、玉藻前は石となった。
◆
きつね町の上空。誰よりも大きな狐――天狐の背中の上で、小珠は立ち上がる。
今なら妖力の使い方が分かる。くるりくるりと何度か体を回し、雨降り小僧へと変化した。
変化を習得するには相応の年月がかかる。それなのに小珠がいきなり変化したためか、気狐と野狐はその様を見てぎょっとした顔をした。
雨降り小僧の姿は書物で見たことがある。それに、格好がからかさ小僧にやや似ているので模倣しやすい。想像し、創造するのが、変化だ。
小珠は目を瞑って舞った。瑞狐祭りのあの日、狐の一族が行っていた舞いだ。不思議と体が覚えているような感覚があった。雨降らしの舞は、妖狐の一族が幼い頃に覚えるもの。玉藻前の感覚が小珠の中に移ったのだろう。
小珠が舞うと、空に雲が集まってきた。
「嘘……他の妖怪に変化したところで、その妖怪の能力自体は真似できないはずなのに」
「こんな芸当ができるなんて、まるで玉藻前様だわ」
気狐たちが口元を押さえて呟く。
小珠は雨降らしの舞に加えて、雨降り小僧に変化してその妖術を使っている。こうすることでより広範囲に沢山雨を降らせると思ったからだ。
小珠の計画通り、まもなくしてきつね町は土砂降りになった。
ざあああああああ……と大粒の雨がきつね町の地面に打ち付け、あれほど町を破壊していた炎が徐々に消えていく。
同時に、向こうに見える、町の象徴たる大木に、次々と花が咲いていく。
――……きつね町で久方ぶりに、瑠狐花が咲き初《そ》めた。
新たに玉藻前の力を引き継ぎし者の妖力を吸収し、町の中心の大木の花が満開となる。
それはまるで、新しい時代の幕開けを知らせるような開花であった。
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