おかえり、シンデレラ。ー 五十嵐社長は許してくれやしない ー

キミノ

文字の大きさ
31 / 65
第三章 掴んだ手を放すことは、許されないでしょう。

3-8

しおりを挟む

 久しぶりの福岡の空気を吸いながら、飛行機で凝り固まった身体を思い切り伸ばす。入社してすぐはお金がなくて帰れなかった。正月は帰っていたけれど年々劣化していく自分を知り合いに見られたくなくて、帰らなくなってから数年が経った。親と不仲なんてことはない。今は離れていたってテレビ電話もあるし、誕生日にはプレゼントも送っている。なんとなくキッカケがなくて、帰れずにいた福岡に五十嵐社長と来るなんて誰が想像出来ただろうか。

 ガラスに映った自分が目に入る。いつもと違う私なのは、たぶんメイクのお陰。先日有村さんに言われた「しっかりとしたメイク」をしてみたのだ。五十嵐社長に頂いた化粧品を使って。ちゃんと自分に向かい合ってしたメイクは、悪くはないと思う。しっかりと引いたアイラインにシャドウを使って凹凸をしっかりとつけてみた。キリっとした目元に自然と背筋が伸びる感じは懐かしい感覚。もちろん五十嵐社長は私を見ても何も言わなかったけれど。

 今回の営業先の事前情報も倉科さんから聞いている。九州を中心に展開している美容クリニックらしい。五十嵐社長がお世話になっていた教授の息がかかった会社らしく、是非ともと呼んでいただいたらしい。つまりはこちらが接待を受ける側だと思えば、気持ちは羽のように軽いというものだ。

「嘘っ! ビブレもコアも閉店?!」

 あまりに変わってしまった天神てんじんの街に、私の中の福岡が音を立てて崩れてしまった気がした。幼いころ行った少しお高いデパートたちがなくなり、お洒落なビルが立ち並んでいる。ジュンク堂がこんなところにあるし、マックも出来ている。ここはもう私の知らない街になってしまった。

「再開発が進んでいるだけだ。行くぞ」

 驚きに口を開けている私を置いて行こうとする五十嵐社長は、前回同様に”なんでもない”顔をしている。だから私も”どうでもいいですよ”って顔で接しているのだ。これが大人の関係ってやつだと思えば、私もそんな歳になったのかと実感が湧く。学生の頃の友人たちとは疎遠になったが、大人になってからの友人が不倫というものをしていると話していた。まるで漫画のような世界に現実味はなかったが、同じ職場の店長とスタッフという関係の二人は普段は普通に接するらしい。それなのに夜はホテルに行くのだ。なんだか想像するだけでむず痒いが、私もそうなってしまうのだろうか。

 ・・・こんな私よりも倉科さんのように綺麗な人と関係を持てばいいのに。五十嵐社長が相手なら、世の中の九割の女性は喜んで相手してくれるだろうに、どうして私なんか・・・。というか、関係ってなんだ。関係って言うのはセックスをするような二人のことで、キスをしただけの二人のことを指すのではない。五十嵐社長にとってキスなんてほんとうにどうでもないことなのかもしれない。私だけ振り回されているだけで、きっとそうなんだ。挨拶のようなもので・・・って、もう考えることはやめよう。

「どこに行くんですか?」

「挨拶の手土産を買いに行く」

「ほう」

 五十嵐社長の長い脚に合わせれば、どうしても小走りになってしまう。押し殺したって漏れ出る鼻息を少しでも隠しつつ、隣を歩く。すれ違う女性たちが五十嵐社長を見て心をときめかせている。女の子同士腕を取り合って飛び跳ねる女子高生や、少しでも良く見せようと即座に前髪を整える女性、背筋を伸ばして心なしかこちらに寄りながらすれ違った女性。

 なんと罪な男、五十嵐啓太。横目で睨むように見上げれば、凛とした横顔は見慣れた私が見たってむかつくほど素敵だ。モスグリーンのスーツは高級感があるし、クラッチバックは黒のしっとりとした本革でなんなら「アレになりたい」とさえ思ってしまう。高嶺の花過ぎて、憎らしいのだ。私は五十嵐社長のおもちゃだ。おもちゃはおもちゃでも、私はあってもなくても気付かないどこかのパーツのひとつに過ぎない。


 そんなことを考えながら歩いていたら、どこかのデパートの中に入っていた。しかも高級店が並ぶエリアだ。普段の私が来てもきっと相手にしてもらえないような場所でも、隣にいる人物のお陰で視線は集まるばかり。磨き上げられたガラス棚は指紋ひとつない。並べられたバッグにコート、小物でさえ値段を聞くのが怖い。

 まっすぐに五十嵐社長が向かったのは、ブランドに疎い私でも知っている高級店だった。そこに入ろうとしたとき、五十嵐社長の足が止まる。

「? 入らないんですか?」

「___あぁ」

 視線を左右に素早く動かした五十嵐社長が踵を返した時だった。

「啓太?」

 店内から飛んできた声に振り返れば、髪を綺麗に撫でつけた男性スタッフが小走りに出てきた。一瞬戸惑うように揺れた肩は、観念したように男性に振り返る。眉を寄せて迷惑そうな顔をした五十嵐社長は、何故か私を隠すように男性と向かい合った。

「啓太。東京に行った以来じゃないか。俺に会いに来てくれたのか?」

「通りかかっただけだ」

「ふぅん」

 親しそうな二人の会話を五十嵐社長の背中越しに聞いていた。平気な顔をしているけれど、内心はそうではない。五十嵐社長が私を隠しているのは、私といるのを見られたくないから。ちゃんとメイクをしていたって、少し痩せたって私は五十嵐社長の隣を歩くに値しないのだ。涙をこらえるために噛んだ下唇は嫌な口紅の味がする。分かっていたことなのに、心が痛いですと訴えてくるから。

「え? もしかして、日和さん?」

 唐突に名前を呼ばれて、うるんだ瞳から涙が落ちないように慌てて視線を左右に揺らした。まさか自分の名前を呼ばれるとは思わなくて、気合を入れるためにスンと鼻を啜って顔を上げる。首だけひねってこちらを見下ろしている五十嵐社長は、クールな表情の向こうに苦さが見える。私の名前を呼んだ男性は五十嵐社長を避けるように顔を出してこちらを見ていた。

「えっと・・・」

「やっぱりそうですよね! 日和さんだ。啓太! 一体どういうことだよ」

 私と目を合わせた瞬間ぱぁっと笑った男性が五十嵐社長を肘で小突いた。五十嵐社長は額を抑えて迷惑そうに目を閉じている。この男性に見覚えが・・・ないのだ。一体誰だと言うのか。

「覚えていませんか? 二個下の土屋って言います。俺も福一工だったんですよ。日和さんに話しかけたこともあります」

 福一工とは福岡第一工業高校の略名である。つまりは私の母校。福一工は工業高校で普通科以外には工業系の学科が五つあり、八割が男子生徒の高校だった。なぜそこに行ったのかと言うと、自宅から近かったからという不謹慎な理由だけだ。

「えっと、ごめんなさい。私、人の名前や顔を覚えるのが苦手で」

「それ! 高校のときも同じこと言われました。やっぱり日和さんなんだ・・・。どうして啓太と一緒に?」

 眉を寄せた土屋くんは睨むように五十嵐社長を見た。私としてはどうして東京と福岡の人間がこんなにも親しい友人なのか、ということの方が不思議なのだけれども。そう思いながら私も五十嵐社長を見上げれば、意味深な合図を土屋くんに送っているところだった。また私には何も言ってくれないつもりなのだろう。

「え? なんだよ。日和さんとお近づきになれたのなら教えてくれよな。俺、高校の頃毎日のように日和さんのこと好きだって言ってたじゃないか。あ、これじゃ告白みたいだ」

 空気を読めない様子の土屋くんが照れくさそうに私を見ながら言っているが、そんなこと私にはどうでもよかった。五十嵐社長のことをまるで高校生の頃毎日のように一緒にいた学友のような言い方をするじゃないか。目をしぱしぱさせてから、五十嵐社長を指さす。

「福一こ、う?」

「え? 言ってなかったのか?」

 肯定の声を上げたのは土屋くんで、当の五十嵐社長は苦虫を潰したような顔をしながら明後日の方向を見ていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

夜の声

神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。 読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。 小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。 柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。 そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

卒業まであと七日。静かな図書室で,触れてはいけない彼の秘密を知ってしまった。

雨宮 あい
恋愛
卒業まであと七日。図書委員の「私」は、廃棄予定の古い資料の中から一冊の薄いノートを見つける。 「勝手に見つけたのは、君の方だろ?」 琥珀色の図書室で、優等生な彼の仮面が剥がれ落ちる。放課後の密室、手のひらに刻まれた秘密の座標、そして制服のプリーツをなぞる熱い指先。日曜日、必死にアイロンを押し当てても消えなかったスカートの皺は、彼に暴かれ、繋がれてしまった心と肉体の綻びそのものだった。 白日の下の教室で牙を隠す彼と、誰にも言えない汚れを身に纏う私。卒業証書を受け取る瞬間さえ、腰元に潜む「昨日の熱」が私を突き動かす。 清潔な制服の下で深まっていく、二人にしか分からない背徳の刻印。カウントダウンの果てに待つのは、残酷な別れか、それとも一生解けない甘い呪縛か――。

取引先のエリート社員は憧れの小説家だった

七転び八起き
恋愛
ある夜、傷心の主人公・神谷美鈴がバーで出会った男は、どこか憧れの小説家"翠川雅人"に面影が似ている人だった。 その男と一夜の関係を結んだが、彼は取引先のマネージャーの橘で、憧れの小説家の翠川雅人だと知り、美鈴も本格的に小説家になろうとする。 恋と創作で揺れ動く二人が行き着いた先にあるものは──

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

処理中です...