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第三章
3-10 私の人生だ。
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初めての私からの口づけは、理人さんの雄を奮い立たせてしまったみたい。こちらを見る瞳が熱っぽく、赤い舌が獲物を値踏みするように自身の下唇を撫でた。なんと官能的で魅力的なんだろうと、人ごとのように思った瞬間。覆いかぶさるように降って来たキスに呼吸が止まる。
「ふっ」
理人さんのキスはいつも逃げ道がなくて、受け入れるのでいっぱいいっぱい。弱い首筋を手のひらでゆっくりと撫でられて、肩を震わせる。理人さんは、きっと弱いって気付いてる。
簡単に割り開かれた唇に無意識で舌を伸ばせば、私の唇を吸い上げた理人さんがちゅぽっと音を立てて離れてしまう。馬鹿みたいに半開きの唇から舌を覗かせていた私は、顔が燃えるように熱くなって俯く。
「さくら。今日は帰らなくていいよね?」
くすっと意地悪そうに微笑んだ理人さんが、むかつくのに愛おしい。でも返事は「帰りたくない」だから口を噤んでおく。
それもきっと理人さんには全てお見通しで、お姫様を扱うように手を繋がれたら私は従うしかない。数歩後ろにはふかふかのベッドがある。ここで寝るのは今日が二度目だ。
*****
翌朝、とても良い天気だった。そして気持ちも晴れやかだった。これまでの人生でこんなにも清々しい朝があったかな、と思うくらいに。
私の人生はつまらなくてモヤのかかった人生だった。瞳に映る全てが無彩色で、何にもワクワクもドキドキもしなかった。だって、私には関わることのないものばかりだったから。妬んで羨んで、先を行く人たちを努力もせずに指を咥えて見ているだけ。
つまらないのは人生でも環境でもなく、私自身だった。
秋の澄み切った空が明るくて、頬にあたる風は冷たい。テラスで理人さんと向かい合っていた。スーツに身を包んだ彼と、昨日と同じ服を着た私。
「私ね。理人さんのためにって色んなことを考えていたの。でも依存しているメンヘラ女みたいで気持ち悪いって思った。自分がね」
私には、もう迷いはなかった。自分を責める声も、もう聞こえない。
「だから、もっとたくさんの人のために働きたい。自分のためにも。私、アロマセラピストになりたい。そして自分の力で、理人さんの世界に触れてみせる」
私の言葉に理人さんは少し驚いたように目を丸くしてから、穏やかな笑顔を浮かべる。その表情に「嘲笑」の影はない。
「さくらなら、きっとできるよ」
その一言に、私の胸はぎゅっと締め付けられるように熱くなった。言葉にならない感情が波のように押し寄せる。
ゴオォォ。
強く風が吹き抜ける音が聞こえた。
私は髪をかき分けて理人さんを見上げる。春よりも伸びた髪が顔にかかり、軽く笑っている自分に気づく。理人さんは大人びた表情で、でもどこか懐かしい笑みを浮かべてこちらを見ていた。私たちは大人として、ひとつ成長したんだ。
「覚えていますか?」
私は口を開く。
「人生というものは紙の上では解けないものばかりです。お勉強は得意かもしれませんが、普通代表として私が人生の世知辛さというものをお教えしますから」
勝手に込み上げる熱い気持ちが、鼻の奥をツンと刺激する。初めて理人さんが外に出たあの日、私がかけた言葉なんて覚えていないかもしれない。あの時の私たちがこうなっているだなんて、誰が想像出来たと言うのだろう。人生ってこうだから面白い。
「さぁ行きましょう。冒険の始まりです」
二人ともわかっていた。
子どもが抱っこをせがむように両手を広げれば、応えるように開かれた胸に飛び込む。好き。大好き。この場所を守るために、私は強くなるんだ。ぎゅっと締め付けられる感覚に、お返しのようにぎゅうっと返す。
胸に埋めていた顔を上げると、柔らかい唇にそっとキスをする。名残惜しいけれど、今日はそれだけ。本当はこのまま溶けて一つになりたいけれど、決意が揺らぐ前にさっと身体を離す。
見つめ合いながら、自然と引き上がる口角に抗いはしない。こちらを見ている理人さんの前髪が揺れて、その隙間から覗く瞳は優しさと愛情に溢れている。
「ファンタジーよりもミステリーのほうが好きだ」
これまで重ねてきた時間も不安も悩みも葛藤も、愛情も全部無駄なものなんて一つもなかったんだ。私と理人さんの中にはカタチではない大切なものがしっかりと残っている。
「そういうところ、ずっと大好きです」
涙をこらえて微笑みながら私はそう言い、通いなれた庭を後にする。
背後で静かに扉が閉まる音がしたとき、私はもう振り返らなかった。
これからは私の人生だ。そして、私はまたきっと彼に出会える。そう肯定出来る自分に驚きつつ、微笑みは隠さない。
あの頃より伸びた髪が風になびくたび、私の心は軽くなる。
「ふっ」
理人さんのキスはいつも逃げ道がなくて、受け入れるのでいっぱいいっぱい。弱い首筋を手のひらでゆっくりと撫でられて、肩を震わせる。理人さんは、きっと弱いって気付いてる。
簡単に割り開かれた唇に無意識で舌を伸ばせば、私の唇を吸い上げた理人さんがちゅぽっと音を立てて離れてしまう。馬鹿みたいに半開きの唇から舌を覗かせていた私は、顔が燃えるように熱くなって俯く。
「さくら。今日は帰らなくていいよね?」
くすっと意地悪そうに微笑んだ理人さんが、むかつくのに愛おしい。でも返事は「帰りたくない」だから口を噤んでおく。
それもきっと理人さんには全てお見通しで、お姫様を扱うように手を繋がれたら私は従うしかない。数歩後ろにはふかふかのベッドがある。ここで寝るのは今日が二度目だ。
*****
翌朝、とても良い天気だった。そして気持ちも晴れやかだった。これまでの人生でこんなにも清々しい朝があったかな、と思うくらいに。
私の人生はつまらなくてモヤのかかった人生だった。瞳に映る全てが無彩色で、何にもワクワクもドキドキもしなかった。だって、私には関わることのないものばかりだったから。妬んで羨んで、先を行く人たちを努力もせずに指を咥えて見ているだけ。
つまらないのは人生でも環境でもなく、私自身だった。
秋の澄み切った空が明るくて、頬にあたる風は冷たい。テラスで理人さんと向かい合っていた。スーツに身を包んだ彼と、昨日と同じ服を着た私。
「私ね。理人さんのためにって色んなことを考えていたの。でも依存しているメンヘラ女みたいで気持ち悪いって思った。自分がね」
私には、もう迷いはなかった。自分を責める声も、もう聞こえない。
「だから、もっとたくさんの人のために働きたい。自分のためにも。私、アロマセラピストになりたい。そして自分の力で、理人さんの世界に触れてみせる」
私の言葉に理人さんは少し驚いたように目を丸くしてから、穏やかな笑顔を浮かべる。その表情に「嘲笑」の影はない。
「さくらなら、きっとできるよ」
その一言に、私の胸はぎゅっと締め付けられるように熱くなった。言葉にならない感情が波のように押し寄せる。
ゴオォォ。
強く風が吹き抜ける音が聞こえた。
私は髪をかき分けて理人さんを見上げる。春よりも伸びた髪が顔にかかり、軽く笑っている自分に気づく。理人さんは大人びた表情で、でもどこか懐かしい笑みを浮かべてこちらを見ていた。私たちは大人として、ひとつ成長したんだ。
「覚えていますか?」
私は口を開く。
「人生というものは紙の上では解けないものばかりです。お勉強は得意かもしれませんが、普通代表として私が人生の世知辛さというものをお教えしますから」
勝手に込み上げる熱い気持ちが、鼻の奥をツンと刺激する。初めて理人さんが外に出たあの日、私がかけた言葉なんて覚えていないかもしれない。あの時の私たちがこうなっているだなんて、誰が想像出来たと言うのだろう。人生ってこうだから面白い。
「さぁ行きましょう。冒険の始まりです」
二人ともわかっていた。
子どもが抱っこをせがむように両手を広げれば、応えるように開かれた胸に飛び込む。好き。大好き。この場所を守るために、私は強くなるんだ。ぎゅっと締め付けられる感覚に、お返しのようにぎゅうっと返す。
胸に埋めていた顔を上げると、柔らかい唇にそっとキスをする。名残惜しいけれど、今日はそれだけ。本当はこのまま溶けて一つになりたいけれど、決意が揺らぐ前にさっと身体を離す。
見つめ合いながら、自然と引き上がる口角に抗いはしない。こちらを見ている理人さんの前髪が揺れて、その隙間から覗く瞳は優しさと愛情に溢れている。
「ファンタジーよりもミステリーのほうが好きだ」
これまで重ねてきた時間も不安も悩みも葛藤も、愛情も全部無駄なものなんて一つもなかったんだ。私と理人さんの中にはカタチではない大切なものがしっかりと残っている。
「そういうところ、ずっと大好きです」
涙をこらえて微笑みながら私はそう言い、通いなれた庭を後にする。
背後で静かに扉が閉まる音がしたとき、私はもう振り返らなかった。
これからは私の人生だ。そして、私はまたきっと彼に出会える。そう肯定出来る自分に驚きつつ、微笑みは隠さない。
あの頃より伸びた髪が風になびくたび、私の心は軽くなる。
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