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第3章

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 甲板にはテーブルとソファが置かれていて、庶民の沙也加ではビアガーデンの高級版としか表現出来ない。動き出した船は黒い波をかき分けて進み、お洒落なジャズは魚達への子守歌の様に優しく響いていた。

「クルージングしてみたかったんです! ___こんな広い海にいると、自分の悩みなんてちっぽけに感じますよね」

「なんだ悩みでもあるのか?」

「あっ、・・・いいえ。とっても幸せです」

「そうか」

 ソファに隣り合って座った二人の視線は交わり、引き寄せられるままにキスをした。両頬に添えられた手の平は、潮風で冷たくなった頬をじんわりと温めてくれた。肩にかけてもらった毛皮のコートは、何の毛かも沙也加にはわからないけれど心も身体も温めてくれた。

 優しいキスが唇を離れて、鼻、頬、瞼、首筋と色んな箇所に散りばめられる。触れるだけのキスがこんなにも甘く、心地いいのだと貴臣が教えてくれていた。

「ふふ、やめてください。くすぐったいです」

 言葉だけの拒否は受け入れるはずもなく、唇をペロリと舐められて今度は自分から口付けを求めた。光に照らされた貴臣の顔は、陶器のように綺麗でこちらを見る瞳には熱がこもっていた。

 初めは無表情で無愛想な人だと思った。けれど、ちゃんと想ってくれている事を知ったから。節々に見える優しさに気付いてしまったから。





「・・・そういえば、社長はなんで私の事を色々とご存知なのですか?」

「___調べさせた」

「しらっ、しらべ?」

「三ヶ月くらい前から、お前の事を監視していた。___現在進行形でな」

「どっ、どういう?」

「家には監視カメラが複数設置してある。もちろん社内も。お前がどこで誰と何をしていようが、私には全て筒抜けだぞ」

「・・・」

「なんだ?」

「猟奇的で言葉も出ません」

「___私が恐ろしいか?」


 無表情で見つめてくる貴臣の瞳には、隠しきれないアンニュイさが漂っていた。こんな狂気じみた告白さえも、今の沙也加にとっては恐怖を抱かせる起因にはなりえなかった。それよりも貴臣から自分の事を知ろうとしてくれていた事に喜びを感じている己の方が恐ろしくなった。貴臣から与えられるもの全てが、沙也加を高鳴らせた。


「前も聞かれた気がします。”私が恐ろしいか?”って。答えは変わらずNOです。むしろ自分の方が怖いです」

 含んだ笑みをこぼす沙也加に貴臣は眉をひそめた。言葉の真意を測りかねているような、不安そうな表情だった。


「ふふふ。つまり、大好きです」

「___くだらん」


 そう言って抱き締めた貴臣の表情が柔らかくなっていた事に、沙也加は気付かなかった。



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