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第三章 大谷匠、という男。
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しおりを挟む本当はトイレに行きたかったわけじゃない。この目立って仕様がない携帯ショップのロゴ入りのジャケットを脱ぎたかったのだ。鏡の前に立ち自分を見る。ここ数日はバタバタで、まともに鏡を見られていなかった。
面倒くさがりの私にぴったりな、セットしなくてもなんとなく決まるパーマは肩より少し下まで伸びている。ダラダラと楽ばかりさせて貰えているお陰で、肌艶は良い。むしろ少し太ったようにも見える。化粧をしてようやくはっきりする程度の目鼻立ちは、よくいる顔の代表格。特徴的な顔の不細工よりは良いと、二十七年間自分に言い聞かせて生きて来た。ジャケットを脱いだらただの白シャツに黒のスカートだから、ちょっとだらけた就活生のようだけどさっきまでよりはマシのはず。
「わっ、びっくりした」
「・・・?」
トイレの個室から出てきた女性が、鏡に映った私を見て声を上げた。それを見た私は言葉を失う。それもそうだ。とんでもない美人だった。真っ黒の綺麗な黒髪は腰くらいまで長く、スラリとした体型はモデル並み。顔立ちもはっきりと綺麗で、雰囲気からもキャリアウーマンが滲み出ている。
「あ、ごめんなさい。知り合いに似ていて」
「いえ、大丈夫です。よくいる顔なんで、たまに言われるんです」
「本当にごめんなさいね」
そう言いながらも手を洗いハンカチで拭く姿も美しかった。時間を無駄にしない感じも素晴らしい。ヒラヒラと手を振って出て行った後には、いい香りが残っていた。目の保養と思ったけれど、最近見ているのは匠くんばかりだから私の目は穢れも疲れも知らないんだった。
トイレを出ても真っ直ぐ特B会議室には向かわずに、フロアを見て回った。匠くんと一緒だと目立って仕様がないから、一人で探索するほうがずっと気楽なのだ。このフロアは比較的に人が少なく自由に歩き回れる。会議室がいくつかあって、秘書室も見つけた。更に自動販売機が並んでいてソファも置いてあるスペースがあって、人がいなかったから「ふぅ」とため息をついてからソファに座る。
なんだか、色んなことがあり過ぎて頭を整理したかった。
匠くんと出会って、酔った勢いとは言え結婚してしまった。流されて一緒に住み始めたけれど、もちろん寝室は別だしオトナの関係はない。スキンシップは多いけれど、それはじゃれているようなものだし。私にとっての匠くんは・・・会えるアイドルって感じかな。とっても素敵で好き。だけど、それは現実的なものではない。匠くんも好きとは言ってくれるけれど、それはやっぱりペットから見た飼い主への好きに変わりはない。このまま一緒に居続けたら、むちゃくちゃ親友になれそうなくらいに居心地は良いのだけれどね。
「沙也加さん?」
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