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第五章 どうしようもなく、好きな人。
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ドアが叩かれる音がして、数秒後に伺うように少しドアが開いた。真っ暗な室内に、廊下からの灯りが細く差しこむ。
「亜子ちゃん、寝てる?」
いつもより少し小さな声で、私が寝ていると思って気遣ってくれている。きゅうっと簡単に締め付けられる心臓を手で抑えながら、小さく息を吐いて落ち着かせる。
「起きてるよ」
ベランダから返事を返せば、隙間からにゅっと匠くんが顔を出した。逆光で表情は見えないけれど、多分お留守番をしていた犬のように喜んでいると思う。
「お風呂沸かしたんだ。入る?」
「ありがとう。ちょうど寒くなってきたところなの。準備したら行くね」
「わかった。僕も「だめ」
「おねが「だめ」
「___わかった」
しょんぼりと犬の尻尾を垂らしながら、匠くんは去って行った。こちらが暗くてよかった。好きな人に一緒にお風呂入ろうと言われるだなんて嬉しくないはずがないし、ついでに恥ずかしくて堪らないの。
上から降ってくるシャワーは、色んなパターンで出るように設定出来る。初めて使った時は横の壁から冷水が出て飛び上がったけれど、もう今ではお手の物だ。冷えた手足が流れるお湯で急激に温められていく。ここに引っ越してからは来るはずのない初夜を意識して、入念に身体を洗っていることは秘密にしておいて欲しい。匠くんが準備してくれていたバスタブには、乳白色の入浴剤が入れられていて、ちょうど邪魔にならない量の薔薇の花びらが一輪分くらい浮いている。
「ほわぁ・・・、最高じゃあ」
思わず溜息と共に歓声が漏れた。お湯は柔らかく肌を包み、保湿するようにコーティングしてくれている。髪は洗ってから邪魔にならないようにてっぺんでお団子にしているから、首のギリギリまで身体を沈めてお湯の香りを胸一杯に吸い込む。甘い香りに心が安らぐ。
「だめだよ、亜子ちゃん」
「ふぁっ!?」
突然後ろから首元に回された腕に間抜けな声が出てしまった。こっちは心臓バクバクなのに、後ろから押し殺した楽しそうな笑い声が聞こえる。
「もっと警戒してなきゃ。危なっかしくて見てらんないよ」
「___だ、めって言った」
本当は心臓が飛び出てしまいそうなくらいにドキドキしていたけれど、意地で平静を装って見せた。少し声が上擦ってしまったこと、バレていなければいいけれど。
「うん。だめって言われた」
「じゃあ、なんでここにいるのよ」
「だって僕は服着ているし、これは一緒にお風呂とは言わないよね」
「そういうのは屁理屈って言うのよ」
匠くんの唇がうなじに押し当てられて、ぞわりと鳥肌が立った。嫌悪の鳥肌ではなく、女としてのそれを感じてしまって。それがバレてしまっているのか、確認するようにぐりぐりと舌先を押し付けられて両肩を震わせてしまっている。気持ちを認めてしまったから、もう私は匠くんを拒むことなど出来ない。ちゅうっと音を立てて吸われたうなじには、甘い疼きが残っている。
「だめ」
「これもだめなの?」
「___だめ」
「だって亜子ちゃん、こうでもしなきゃ逃げちゃうでしょ?」
「・・・っ」
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