火星だよ修学旅行!

伊佐坂 風呂糸

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第7章

いつかきっと会える

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 スイちゃんは冬休みに家族とハイキングに来ていた。ちょっとした山登りでもある。
「セイちゃん、おトイレは大丈夫? お姉ちゃんがついて行ってあげるから、一緒に行こう」
「うん、分かったよ。お姉ちゃんの方こそ、我慢できなかったんじゃないの?」
「この~! 生意気なセイちゃんめ!」
「あはは……!」
 弟と駆けていくスイちゃんに、お父さんもお母さんも心配そう。病院から退院したのは、ずいぶんと前だが、まだスイちゃんが本調子ではないのか気にしているのだ。
 ずっと家にこもっているのも可哀想だと、休みの日に思い切って外出を決めたのは、お父さん。お母さんは川で溺れたことを思い出すかもしれないので、反対したのだが。
 スイちゃんは久しぶりの家族とのお出かけに大満足だ。山登りの途中で、リンゴを切って分けたのもスイちゃんの仕事。
「お姉ちゃん、ケガせずにリンゴをむけたのは奇跡、奇跡~」
「この~、減らず口め~」
 弟のセイちゃんも、ここ最近はずいぶんとしっかりしてきた。甘えん坊で、わがままだったのも昔の話。
 お父さんとお母さんも満足そうだ。
「スイが入院して行けなくなった、修学旅行の代わりができてよかったな」
「ええ、スイちゃんもセイちゃんも仲よく元気になって、本当に安心だわ」

 家族で登った山の頂上は、思いのほか平らで、草原が続いていた。スイちゃんは、ふと火星登山のことを思い出すのだ。
「……でも火星の山は草木が一本もなくて、ただただ赤い砂や岩で覆われた世界が、どこまでも広がっている感じだったわね」
「え? 何の話をしているの、お姉ちゃん?」
「いや、何でもないの……」
 スイちゃんが火星で登山したのは全部、夢だったのだろうか。
 火星で出会った人達……、双子のかわいいスピちゃんやオポちゃん、力持ちで頼りがいのあるキューちゃん、それに大人っぽいパーシー……。四人に出会って助けられたことは、自分が病院で眠り続けている時に見た、空想の中の出来事だったのだろうか。
 そんな時に見るのが、宝物にしている赤い石。いつもお守りのように、ポケットの中にしまっているのだが、いまだに正体不明。
 そこら辺に落ちている、ただのありふれた石ころなのかもしれない。
 でも、それでもよかった。今のところ、スイちゃんと火星のみんなを繋いでいる、たった一つの物だったから。
「お~い! スイちゃんとセイちゃん、休憩の時間よ。二人ともリュックを降ろして一服しましょう」
「は~い! お腹空いたね、お母さん」
 レジャーシートを広げて、持ってきたお弁当を食べた。山の空気は気持ちよくて、風景もすばらしく、いつものオニギリが何倍もおいしく感じられたのだ。
 スイちゃんは、お腹いっぱいになるまでカラアゲやソーセージを食べた後、お茶を水筒から飲むと少し眠くなってきた。
 そんな時、お父さんは携帯の画面でニュースを見ていたらしい。
「さすがに、ここまでは電波が届かないか。この雑誌の記事が気になっていたんだが――」
 お父さんが持ってきていた雑誌の写真を見て、スイちゃんは思わず声が出た。
 そこには火星の表面をとらえた写真が何枚も載っていたのだが、それは以前スイちゃんが歩いて登った風景そのものだった。
「お、お父さん! 火星の写真をもっと見せて!」
「おいおい、一体どうしたんだ? 火星にそんなに興味があるのかい?」
 奪い取るように見た科学雑誌には、火星探査の歴史が綴られていた。
 そこには地球からロケットで運ばれた、ローバーと呼ばれる無人の火星探査車が登場する。
 太陽電池で動くローバーであるスピリットとオポチュニティ。
「ははは、スピちゃんとオポちゃん!」
 原子力電池で動く大きなローバー、キュリオシティ。
「これはキュリオ、キューちゃん!」
 最新のローバーとなるパーサヴィアランスは、火星で実験する小型ヘリコプターのインジェニュイティを乗せて旅をしていた。
「パーシーまで! このヘリコプターは、あの黒い鳥さん?」
 火星探査車の写真を次々と見ては興奮するスイちゃんを眺めて、お父さんはポカンとするだけだった。
「おいおい、スイ? そんなに火星のことが好きだったのか。だったら、帰ってから色々と教えてあげるよ。映像の記録もたくさんあるはずだし」
「本当? ぜひ見せて、楽しみにしているよ、お父さん!」
 弟のセイちゃんも大の宇宙好き。
「僕は将来、宇宙飛行士になって火星までロケットで飛んで行っちゃうよ」
「いくじなしの、あんたにゃ無理、無理~!」
「言ったな! 今に見ていろ、お姉ちゃん!
僕を馬鹿にしたことを後悔させちゃうから」
「そうなの? ハハハ……!」
 スイちゃんは抜けるような青空を見上げた。
 そして見えるはずもない、遠い火星にまで思いをはせたのだ。
 ちょうどお父さんの携帯には、火星で現在も活躍中のローバーの姿が映し出されていた。
 そう、いつかまた、きっと会えるよ。
 それまで火星で待っていてね。
 寂しくなんてないよ。
 あの時はありがとう、と火星で言える日が来るかもしれないから。
 スピちゃんとオポちゃん、それにキューちゃんとパーシー、それまで元気で……。






    おわり

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