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一章 邂逅編

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 私が前世を思い出したのは、今住んでいるマンションに初めて足を踏み入れた時だった。

 転生定番の、見覚えがある~から始まり、後は怒涛のように知りもしないはずの情報を頭の中で思い出すという情報アタックを受けた。

 そして私は町中佐保まちなかさほという登場人物のひとり(しかしモブ)だと知る。

 幸か不幸か、前世の記憶はあくまでも記録を見ている感じで、今世の私の性格に影響は及ぼさなかった。

 私が覚えている限りの小説の中での町中佐保という女性の外見の描写は、OLで一人暮らしのようだ、とか、美人の隣の部屋のお姉さん、程度だ。
 ちなみに小説は主人公の一人称なので、美人の、という形容詞は主人公の主観であってけして私の自己申告ではない。

 実際の私は22歳の童顔だ。
 焦げ茶のセミロングの髪はまっすぐで、仕事の時はクリップなどで一つにまとめている。髪の毛を下ろしていると子供っぽく見えるからだ。
 実物の町中佐保はこうなのかと思うと自分の顔ながら感慨深い。
 もっと、ゆるふわOLで大人っぽい顔かと想像していたものだから。

 元々、小説には挿絵がない。
 だから、これから会う可能性のある主人公たちの顔が、私にはわからない。主人公の視点と私の想像が合致しない可能性もあると思う。この私の顔のように……と自分の顔を鏡で見ながら思った。

 これは警戒すべき点だ。
 とりあえず小説に書かれていた主要メンバー四人の特徴を思い出せる限り思い出す。

 主人公は珠名清子たまなきよこ。大学生でリアリストな霊感少女。黒髪ボブ。19歳。小説の中で、また痩せてMサイズの服が緩いとの描写があった事から細身女子と推測される。

 準主役の武庫川晴雨むこがわせいう。天才と呼ばれる退魔や呪詛が得意な武闘派。癖のある黒髪に黒縁メガネ。35歳。町中佐保の隣の部屋の住人。普段着はジーンズ姿が多い。かなりの童顔ながらイケメン。

 脇役の中村なかむら。武庫川の部下。金髪でいつも黒スーツ。20台前半。情報収集が仕事。珠名清子にチャラいと思われていて心の中でチャラ村と名付けられている。チャラいけどイケメン。

 脇役の芹沢 七緒 せりざわななお。慇懃無礼で性格が悪い。小説の中では事件に巻きこまれた挙句に後処理を担う人。29歳。珠名清子の心の中で陰険メガネと名付けられている。眼鏡をかけていてイケメン。

 物語は珠名清子とそのバイト先である武庫川の事務所に、世にも不思議な依頼が次々と舞い込んで、珠名清子を恐怖のどん底に突き落とすのだ。
 あー主人公に転生しなくて良かったー……じゃなくて、今はとりあえず主要メンバーの描写を思い出せて少しホッとする。

 外見的特徴がふわっとした記載の私と違い、やはり主要メンバーなだけあり彼らはハッキリしている。
 金髪の中村にいたっては、遠くから見ても気がつくだろう。

 そう、気をつけて彼らと接点さえ持たなければいいのだ。

 モブの私はそもそも巻きこまれるような展開はないけれど、避けるにこしたことはない。
 そして気をつけることによって、普通の生活を過ごせるはずだ。

(……普通の生活、か)

 思わず自分の考えに笑う。
 今のこの生活がとても普通だとは言えないからだ。

 町中佐保は普通のOLだ。
 けれどそれは主人公の珠名清子から見て、である。
 間違いではないが、けしてそれだけの情報で町中佐保という人間は構成されてはいない。

 小説に書かれていなかった部分は、小説の本筋にまったく関係がないから書かれていなかっただけなのだと、本人になっていまさらながら気がつく。

 そもそも普通のOLが低層高級マンションに一人暮らしが出来るだろうか?
 高級マンションが社宅のはずもない。
 珠名清子がそこに疑問を持たなかったのは、きっと実家暮らしでまだ未成年の大学生(小説記載によると)だからだろう。

 町中佐保は、キャリアウーマンでもお嬢様でもない、しかしどこぞの金持ちの愛人でもない。

「どうしたの佐保? 百面相なんかして。大丈夫、お前の顔はちゃんと可愛いよ」
 兄の篤が、開けっ放しにしていたドアから洗面所の中をのぞいて言った。
 チャコールグレーに細いストライプの入った一流ブランドのスーツを着た長身の美丈夫がそこにいる。普段は、私と同じ焦げ茶の髪の毛を後ろに撫でつけているが今はそれも崩してネクタイも緩めている。

 この高級マンションの部屋は彼の持ち物で、週に二回は泊まる彼の為に彼専用の部屋まである。つまり私の住居であろうと、くつろぐ姿になるのは当たり前だった。

 現在29歳の彼は、今も昔も万年モテ期のせいか、その見かけと身分に集る肉食女子に疲れたせいか、妹に癒しを求めるーーー重度のシスコンだった。

「篤、私もう20歳超えてるから。可愛いはヤメて」

 鏡越しに睨むと、うーんと篤は唸った。

「佐保が綺麗すぎて俺が辛い」
「……」
「ああ、そうそう。今度の週末、銀座に新作のジュエリー見に行かない? VIPルームだから待たせないよ」

 鬱陶しい我が兄に私はため息をついた。

 町中佐保は普通のOLだけど、金持ちの実の兄に溺愛されて貢がれている隣のお姉さんでもあったのです……。
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