緑を分けて

綿入しずる

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世話焼きとろくでなし

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 次にセヴランの家に行く日、なんとなく励ますような気分で、かといって酒など持ち込むわけにはいかないので、カイは菓子を手土産にした。前に話していた覚えがあったのでスグリのジャムの乗ったクッキーにした。実はわざわざ買ったが、貰い物だということにして箱を出した。セヴランは大いに喜んだ。言わないと食事を欠く癖に食べるのが嫌いというわけではない、ただ面倒臭がりの男だった。
 あの日は他の園丁官も大盛り上がりだった、とだけ教え。竪琴については切り出せずにいつもの流れに沿って、二人はクッキーに辿り着く。
「これもさ、どうせ生えるならなんか食べられるものでもなりゃいいのにねー」
 少なくとも見た目にはいつもどおりに元気なセヴランが、霊香柳セイレイデ―の採取を終え保護剤を塗った右手首を撫でて言う。カイは噛んでいたクッキーを飲み込んだ。甘酸っぱい後味がする。
「なっても口にするなよ」
「たとえばだって」
 ならない、こともない。園丁官の記憶する、これまで発現した植物のリストに並ぶのは口にすることが出来たとして一般には薬草と呼ぶようなものが大半だが、黄金の果実などと呼ぶように果実の類も見られる。食えないことはない。ただ。
「庭のものは国のものだし、見た目は食えそうでも食えない植物なんていくらでもある」
「だからたとえばぁ」
 私物化されては困るし、見分けは難しい。不安な相手にカイの言葉はすっかり注意だ。セヴランは子供のように言い返してクッキーを口に放り込んだ。
 正直絶対食べないかと言うと自信がない。自分になったなら自分のものでは? とも思う。葡萄の実などなったら試しに摘まんでみるだろうと思った。ただ、目の前の男の視線が痛いのでここは数度頷いておく。彼は構われたいが、本気で怒られるのはやはり嫌だった。
「カイなら何生やしたい?」
「……なんだろうな」
 話の向きを変えると、瞬いたカイが姿勢を変えた。真面目に考える顔になったのでセヴランも暫し黙る。もう一枚クッキーを食べる。
 カイは植物が好きでこの仕事をしているが、自分に生えたらとは意外に考えたことがなかった。今まで観察や採取を行ったものたちを思い起こす。薔薇など棘のあるものは大変だ。枝が長いものも。蔦の類は家でも育てているが好きだ。他にも好きな草花は沢山ある。別に、もしもの話なので園の植物でなくともよいのでは。折角身に宿すなら。
「香りのいいものがいいな。薄荷とか、月桂樹とか……月桂樹は手触りもいいな。自分で手入れできる場所がいい……」
「そう都合よければいいけどね。大体都合悪いとこに生えるぜ」
 熟考。言えばさらに想像が広がっていく。食べ物よりも、と先日の庭常ホルンダーも思い出した様子にセヴランは頭を掻いて笑う。植物が右側に生えるので体が日当たりよくしようとするのか寝相が偏って、逆にだけ寝癖がつくようになった灰の髪を弄り、目を細める。
「まあ、邪魔だけどさ、でも神様を感じる気がするからいいものだよ」
 その簡素な言葉を聞くと、カイは俄然羨ましくなった。
 他の庭も時折そのようなことを言う。こんな男でさえ植物を宿しているときは美しく見える瞬間がある。言うとおり大変そうではある一方で、これはやはり祝福にも感じられるのだった。
「また聞きたいなあ、あの音楽」
 そう、先日竪琴を弾いたときなどは、本当にそのように見えた。――皺のついたシャツも、遠慮なくクッキーを摘まむ指先も、ジャムがついたのを舐めた唇も、あのときは。あの日のセヴランは半分神々の園に居たのかもしれない、とカイは思う。招かれたのではないかと。園は選ばない、と自分たちは毎度呟くが――果たしてどうか。偶にはそういう采配を思ってしまうことがある。

「あ」
 そんな風に思っていたのに、セヴラン自身はやはりろくでもなかった。
 また帰り道、町中で偶然見かけた男が――今日はちゃんと起きていたが、幾分猥雑な店の寄る界隈へと道を行こうとしたところで雑踏に目立つ緑のマントに気づき――目が合ったところで、やべ、という表情になって逃げたのをカイは大股で追いかけた。軍服を着た人間には皆道を開けた。開いたばかりの賭場に逃げ込もうとしたのを首根っこ掴んで止める。
「本っ当にアンタはもう……!」
 怒鳴り声にセヴランの身が竦む。が、口のほうは堰切ったように動いた。
「まだ飲んでない! 賭けにきただけ!」
「より悪い!」
「今日は当たる感じがして! 増やせると思って!」
「そういう金じゃないと言っているだろう! 弱いくせに」
「増やせばもう俺の金だろ。今日はカードじゃなくてサイコロだから関係ないよ、運だけあればイケる」
「お前は運も無いから止めろ!」
「うわ酷い……」
 酷くもなる。ようやく勢いを失った会話に大仰なくらいの溜息を吐いて、カイはまだセヴランを放さない。むしろぎりぎりと締め上げるように掴んだままで言い放った。
「もう本当に、本部に連れていく、アンタには監視を頼んでやる」
 本気の声音にセヴランの顔色が悪くなった。慌てふためきカイの手を掴み返す。握る。カイはどきりとした。あのときを思い出して。
「やだ待って待って、すぐ帰る、大人しくするから、誓う!」
 見上げて懇願する声はあのときとは違いいかにも下手に出た調子だったけれど。カイは居心地悪く――結局、手を緩めてしまった。一応は軍人としての教育も受けた身ではあるが、こういうとき強く出れる性分ではなかった。誓約までするならば今日は一応未遂だし見逃してやるかと思う。
「……本当にしろよ」
「はいっ、反省してます。気をつけます」
 背を些か乱暴に押しやり低く言ってやれば調子のよい返事があるのがまた憎らしいが。
 賑やかな往来の最中、二人は一度向かい合い沈黙した。睨むよりも困ったような顔をしているカイを見上げ、瞬きを数度。セヴランはいつもとは違う種類の皺のついた首元を擦りつつ、少し迷って、言ってみた。
「……賭けはやめる。君なら監視してくれていいから、よかったら一緒に飲みにいかない?」
「行かない。さっさと帰れ、馬鹿」
 酒に未練を見せる男を罵って、カイは溜息が留められない。どうしてこんな男の担当になってしまったんだと不運を呪う。今日なんて気遣ってクッキーまで持っていったのに、全然元気じゃないか、と損した気分になる。セヴランが求めたのは酒だけではないと気づく余地は、今の彼にはない。
「ツれないなぁ」
「つれるか」
 それでもカイは拗ねた顔の男をもう一度小突いて、きっちり表通りまで促した。
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