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蓼食う庭師も好き好き
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午後、カイは予定どおり三件の採取を完了させて本部へと戻った。門衛に挨拶をして敷地に入り、執務室に向かう道すがら第四保管庭園の脇の飼育箱に寄って外で使った精霊の補充をしておく。他の面々とも変わらぬ外勤園丁官のルーチンだった。
輸送用と記された真鍮のプレートが光る箱の戸を開くと、温い空気が漏れる。そこも庭園の中のように冬らしからぬ景色だ。空色の蝶たちが花のようにして木の枝で休んでいる。庭から採取したものを増やしたサンザシの鉢植えは魔力を帯びていかにも瑞々しく、上等の特等席だった。
そこから、掌の上で開いた金属製のケースへと招く。はたと動き出した蝶の数頭は、瞬く間に幾重にも重なってぴたりと納まった。蓋を閉じれば暫らく、半年は放っておいたとしても平気だ。
――セヴランに預けている連絡用の精霊はそろそろ交換の時期が近い。
カイはふとそれを思い出して、もう最初の採取から半年過ぎたのかと考え――もう、と言えど半年足らずで随分変わったあの男との関係を思った。初めて出会ったときの印象は悪く、とても個人的に仲良くなるとは考えられなかった。それがこうだから、人間関係とはまったく単純ではない。
どうしてセヴランを好きになったのか考えてみてもきっかけのほうは曖昧で、己のことながら判然としない。近頃気になったところばかりが思い浮かぶ。頭髪を整えたことでぐっとよく見える容姿。今時期寒そうな、晒された足首の白さ。癖の強い字とその書き方が子供じみていること。
考えるうちに胸のほうは何やらほっこりしてきたが、長く外に居た体は冷え切っている。飼育箱の戸をきちりと閉めケースを鞄に仕舞いなおし、カイは建物の中へと急ぐ。
廊下もあまり温かくはなかった。執務室の扉を開けて珈琲の香り混じりの温かい空気に包まれてようやく、ほっと息が抜ける。
「戻りました。本日分完了です」
「おー、おかえり」
暖房の効いた部屋で多少眠たげにもしながら、何人か机に向かっている。デニスも居た。
カイもこの後は書類仕事だ。まず今日の分の報告書の作成。次は一週間の評価のまとめ。心理状態が庭の状態に影響するのではという報告から、本人たちの手による日々の記録は重要視されており記入の指導も熱心だが――得手不得手は否めず、人によってデータとしての価値は異なる。そのまま提出するだけでは済まず、結局園丁官が聞き取ってきたものを別の報告書とすることもままあった。セヴランもその類で、記入のほうは適当だがおしゃべりになるとあれこれ話したがって倍ほどの情報になる。彼の場合は一日おきに話を聞けるので精度が高いのだけは幸いだった。
そうして書く物も多ければ読む物も多い。カイが自分の机に寄れば、綴じられるほどの厚みがある紙束が目についた。
「勉強会の資料できてるよ。目を通しといて」
「……また分厚いですね」
カイはさすがに溜息まじりに鞄を下ろした。二つ離れた机のデニスが苦笑いする。
「張り切って用意されてるよ。君、プレーツさんのところじゃ読んでもいられないから時間足りないだろ」
「一、二時間は意外と大きいですよね」
「週の半分はあの人のところだしねえ、大きいね」
言うとおり、今までこういうのは仕事の合間に読み進めていたものだが、この半年は進まない。神話や植物の情報共有のときはまだよかったが、心理学、精神についての新しい分野の勉強が増えている今はなかなかに大変だった。
大変だが、セヴランに付き合うこと自体は最初と違って嫌ではない。採取時の庭の負担をなるべく軽減するように、というお達しも無論意識してはいたが、カイがセヴランを優先してしまうのは半分私情だった。ならば自己責任、ともカイは思う。
――横で資料を読むのを許してもらえれば一番いいかな。……セヴランは竪琴を弾いたりして。……優雅だな。
日々楽しかった。未来の理想を描くのもまた。さて仕事だと意気込む前の瞬間に挟む妄想は一等甘い。
「まあでも、エッカルト君いつの間にかプレーツさんと仲良くなったみたいだし、そういう意味では困らないか」
その胸中を察したかのように、少し向きの変わる話にカイは瞬いた。デニスは頬杖をついて彼を見ている。
「え――ああ、ええまあ……」
改めて仲良くと言われるとなんだか恥ずかしく、カイは頬を掻く。デニスはセヴランと初めて会ったときも共に居たし、その後手を焼いて眉を寄せ合ってもいた。ああいう人には適当に対処していこう、と言っていたのに、こうも見事に絆されてしまったのが知られるのはむずむずした。隠していたわけではないが。
「部屋が綺麗になったなあとは思っていたんだ。お茶も出てくるようになったし」
まったく隠してなどいなかった。同じくあの家に訪問してセヴランに会っているデニスは当然、そのへんも分かっていた。じみじみ頷いて手元のペンを回して見せる。
「もしや恋人でもできたのかと思って、つい聞いちゃったよ。そしたら君だって言うから。思ったよりもっと親しいみたいで驚いたな」
どっ。
カイの心音は盛大に乱れた。どっどっどっと早く打って汗が滲む。丁度脱いでいたマントを抱きこんで狼狽える。彼が、いや、と何か否定を口にする前に、デニスは笑ったまま朗らかに続けた。
「いやあ、僕もあの埃っぽい家は嫌だったからねえ、随分過ごしやすくなったよ。あとは椅子がもうちょっといいヤツになると腰が楽なんだけど」
焦るカイに対し、彼は至っていつもの調子だ。カイははっとする。
恋人がカイだ、などという話ではなくて、恋人ではなくカイだ、という話だった。どうにか気づいて息を吸いなおす。
「え、ええ、そうですよね。あれはちょっと、座りづらい、けどまあ、そうですね言っておきますか」
裏返りかける声を抑えて応じる。合わせて笑いを浮かべる。もう一度胸を擦って、普段の所作のつもりでマントを広げて椅子の背にかける。
カイは一転気を引き締めた。話を聞いていた他の同僚たちの様子も気にしつつ、もう一度デニスの顔を窺った。
仲良くしているのはともかく、関係がバレるとまずい。異性でも仕事先で手を出した感じがしてちょっとまずい雰囲気があるが、何せ男同士だ。どう思われるか分からない。彼は気をつけねばならなかった。
「あれは椅子ってより踏み台だよなあ」
二人は目を合わせて笑いあった。
――いいかいエッカルト君、今のは注意だからな、そういうことならボロを出さないで上手くやってくれよ。
デニスは目配せの中でそう念じていた。直接の指摘は避けたが、今の言い方は意図したものだった。彼はもうカイとセヴランの仲がただならぬことに勘づいていた。
というよりも、セヴランがあからさまだった。
デニスのことも話し相手にしたがる男とは、彼もそれなりにやっていた。長年こういう仕事をしてきて適当な世間話は得意である。最近また竪琴弾きとして働き始めたと言う様は明るかったし、ならばと話を振ってみれば思ったとおり、神話の話は結構盛り上がる。副担当者ゆえに会う回数は少ないこともあり、それでどうにかなっていた。
その他の話題となると、セヴランの口からはよく同じ名前が出る。
この前カイが、カイは、カイの――……
二人の共通の知り合いと言おうか、揃うことはほぼないにしても一組の仲である。妙なことではない。ただ頻度があまりに高いので、懐かれちゃったんだなあ、とデニスは同情していた。
いや懐かれた程度ではないのかも知れないな、と思ったのは、先週の訪問の折である。
近頃はデニスにも茶や菓子が出されることが増えていた。廃屋手前だった部屋も清潔に保たれている。仕事の再開と言い、セヴランに何か変化があったように思われた。それで任務の一環の意識で、彼は踏み込んだのだ。
誰か来るようになったんですか、という問いかけにも、セヴランはその名前を出した。
「カイが来るじゃん。だからさ。色々置いてったりするし、掃除も……手伝ってくれたりするし」
「――へーえ……彼ですか。仲良くなりましたね」
カイが職務の域を出て世話を焼いているのはそこであっさりとバレた。デニスが相槌を打つのに、セヴランはへらと相好を崩す。自分自身仲良くなったと思っているが人に言われると格別嬉しい、そういう顔だった。そして自慢気に言い切る。
「うん。デニスさんより仲良いよ」
「はは、僕も結構親しいほうなんですけどね、後輩ですけど仕事以外でもね、ちょっとは」
「でも絶対、一番は俺だよ。……カイは俺のこと話さないの?」
――おっと?
その一切譲らぬ張り合いと聞き返す眼差しに、デニスは違和感を覚えて笑みを張り付けた。記入中の報告書の表面をトンと叩いて口の端を上げる。
「――ちゃんと聞いてますよ。最近はしっかり水分を摂ってくれているとか、食事も増えたそうですね。……採取にも慣れて非常に協力的になったので助かる、と」
「そういうのばっかりかよ」
褒め、そういう態度が望ましいのだと釘を刺して、そこでは話を有耶無耶にしておいた。セヴランは満更でもなさそうに肩を竦めていた。
「もっと色々話してんのになあー」
暖炉の火を眺め――二人で寄って暖をとった数日前を思い出して零すのは、不満というよりは浮いた調子で、段々にまにまとしてきて思わせぶりだった。もっと話を聞いてほしそうな素振りをデニスは無視した。無視したところで勝手に話し出すような人なので、深く掘るのを避けた、という程度だが。
セヴランはそんな感じだった。そして今日、カイのほうに鎌をかけてみると分かりやすく動揺したので、デニスは確信を深めた。
これはただの仲良しじゃないな、と考えて――彼はカイに願う。上手くやれ、と。
庭の精神安定などの課題から見ても、園丁官自身が好かれているのは利点と言える。何ならたとえカイが不満であったとしても、セヴランがカイを要求するなら叶えられてしまうだろうほどに。それなら仲が良いに越したことはない。一方的に執着されているならどうにか間に入ってやろうと思っていたデニスだが、そうではなさそうで安堵している。あとは、上手くやってほしい。
二人の関係がどうにかなっていようが一向に構わないが、あまり見せつけられると辟易するので――まずセヴランが惚気を垂れ流しにしないようにカイのほうからも言っておいてほしい。そうすれば、デニスは知らぬふりができる。することにする。職場と庭と、あとは自分の平穏の為に。そういうのは得意とするところだった。
――しかし君変な趣味してるんだなあ。あの人のどこがいいんだい。いや聞かないけどね。
横で常より一層真面目に仕事を始めた、普通の好青年だと思っていた後輩の意外な一面をそう評しつつ、熟練の園丁官デニス・ハーラーは温くなった珈琲を啜った。寒いが穏やかな冬の日だった。
輸送用と記された真鍮のプレートが光る箱の戸を開くと、温い空気が漏れる。そこも庭園の中のように冬らしからぬ景色だ。空色の蝶たちが花のようにして木の枝で休んでいる。庭から採取したものを増やしたサンザシの鉢植えは魔力を帯びていかにも瑞々しく、上等の特等席だった。
そこから、掌の上で開いた金属製のケースへと招く。はたと動き出した蝶の数頭は、瞬く間に幾重にも重なってぴたりと納まった。蓋を閉じれば暫らく、半年は放っておいたとしても平気だ。
――セヴランに預けている連絡用の精霊はそろそろ交換の時期が近い。
カイはふとそれを思い出して、もう最初の採取から半年過ぎたのかと考え――もう、と言えど半年足らずで随分変わったあの男との関係を思った。初めて出会ったときの印象は悪く、とても個人的に仲良くなるとは考えられなかった。それがこうだから、人間関係とはまったく単純ではない。
どうしてセヴランを好きになったのか考えてみてもきっかけのほうは曖昧で、己のことながら判然としない。近頃気になったところばかりが思い浮かぶ。頭髪を整えたことでぐっとよく見える容姿。今時期寒そうな、晒された足首の白さ。癖の強い字とその書き方が子供じみていること。
考えるうちに胸のほうは何やらほっこりしてきたが、長く外に居た体は冷え切っている。飼育箱の戸をきちりと閉めケースを鞄に仕舞いなおし、カイは建物の中へと急ぐ。
廊下もあまり温かくはなかった。執務室の扉を開けて珈琲の香り混じりの温かい空気に包まれてようやく、ほっと息が抜ける。
「戻りました。本日分完了です」
「おー、おかえり」
暖房の効いた部屋で多少眠たげにもしながら、何人か机に向かっている。デニスも居た。
カイもこの後は書類仕事だ。まず今日の分の報告書の作成。次は一週間の評価のまとめ。心理状態が庭の状態に影響するのではという報告から、本人たちの手による日々の記録は重要視されており記入の指導も熱心だが――得手不得手は否めず、人によってデータとしての価値は異なる。そのまま提出するだけでは済まず、結局園丁官が聞き取ってきたものを別の報告書とすることもままあった。セヴランもその類で、記入のほうは適当だがおしゃべりになるとあれこれ話したがって倍ほどの情報になる。彼の場合は一日おきに話を聞けるので精度が高いのだけは幸いだった。
そうして書く物も多ければ読む物も多い。カイが自分の机に寄れば、綴じられるほどの厚みがある紙束が目についた。
「勉強会の資料できてるよ。目を通しといて」
「……また分厚いですね」
カイはさすがに溜息まじりに鞄を下ろした。二つ離れた机のデニスが苦笑いする。
「張り切って用意されてるよ。君、プレーツさんのところじゃ読んでもいられないから時間足りないだろ」
「一、二時間は意外と大きいですよね」
「週の半分はあの人のところだしねえ、大きいね」
言うとおり、今までこういうのは仕事の合間に読み進めていたものだが、この半年は進まない。神話や植物の情報共有のときはまだよかったが、心理学、精神についての新しい分野の勉強が増えている今はなかなかに大変だった。
大変だが、セヴランに付き合うこと自体は最初と違って嫌ではない。採取時の庭の負担をなるべく軽減するように、というお達しも無論意識してはいたが、カイがセヴランを優先してしまうのは半分私情だった。ならば自己責任、ともカイは思う。
――横で資料を読むのを許してもらえれば一番いいかな。……セヴランは竪琴を弾いたりして。……優雅だな。
日々楽しかった。未来の理想を描くのもまた。さて仕事だと意気込む前の瞬間に挟む妄想は一等甘い。
「まあでも、エッカルト君いつの間にかプレーツさんと仲良くなったみたいだし、そういう意味では困らないか」
その胸中を察したかのように、少し向きの変わる話にカイは瞬いた。デニスは頬杖をついて彼を見ている。
「え――ああ、ええまあ……」
改めて仲良くと言われるとなんだか恥ずかしく、カイは頬を掻く。デニスはセヴランと初めて会ったときも共に居たし、その後手を焼いて眉を寄せ合ってもいた。ああいう人には適当に対処していこう、と言っていたのに、こうも見事に絆されてしまったのが知られるのはむずむずした。隠していたわけではないが。
「部屋が綺麗になったなあとは思っていたんだ。お茶も出てくるようになったし」
まったく隠してなどいなかった。同じくあの家に訪問してセヴランに会っているデニスは当然、そのへんも分かっていた。じみじみ頷いて手元のペンを回して見せる。
「もしや恋人でもできたのかと思って、つい聞いちゃったよ。そしたら君だって言うから。思ったよりもっと親しいみたいで驚いたな」
どっ。
カイの心音は盛大に乱れた。どっどっどっと早く打って汗が滲む。丁度脱いでいたマントを抱きこんで狼狽える。彼が、いや、と何か否定を口にする前に、デニスは笑ったまま朗らかに続けた。
「いやあ、僕もあの埃っぽい家は嫌だったからねえ、随分過ごしやすくなったよ。あとは椅子がもうちょっといいヤツになると腰が楽なんだけど」
焦るカイに対し、彼は至っていつもの調子だ。カイははっとする。
恋人がカイだ、などという話ではなくて、恋人ではなくカイだ、という話だった。どうにか気づいて息を吸いなおす。
「え、ええ、そうですよね。あれはちょっと、座りづらい、けどまあ、そうですね言っておきますか」
裏返りかける声を抑えて応じる。合わせて笑いを浮かべる。もう一度胸を擦って、普段の所作のつもりでマントを広げて椅子の背にかける。
カイは一転気を引き締めた。話を聞いていた他の同僚たちの様子も気にしつつ、もう一度デニスの顔を窺った。
仲良くしているのはともかく、関係がバレるとまずい。異性でも仕事先で手を出した感じがしてちょっとまずい雰囲気があるが、何せ男同士だ。どう思われるか分からない。彼は気をつけねばならなかった。
「あれは椅子ってより踏み台だよなあ」
二人は目を合わせて笑いあった。
――いいかいエッカルト君、今のは注意だからな、そういうことならボロを出さないで上手くやってくれよ。
デニスは目配せの中でそう念じていた。直接の指摘は避けたが、今の言い方は意図したものだった。彼はもうカイとセヴランの仲がただならぬことに勘づいていた。
というよりも、セヴランがあからさまだった。
デニスのことも話し相手にしたがる男とは、彼もそれなりにやっていた。長年こういう仕事をしてきて適当な世間話は得意である。最近また竪琴弾きとして働き始めたと言う様は明るかったし、ならばと話を振ってみれば思ったとおり、神話の話は結構盛り上がる。副担当者ゆえに会う回数は少ないこともあり、それでどうにかなっていた。
その他の話題となると、セヴランの口からはよく同じ名前が出る。
この前カイが、カイは、カイの――……
二人の共通の知り合いと言おうか、揃うことはほぼないにしても一組の仲である。妙なことではない。ただ頻度があまりに高いので、懐かれちゃったんだなあ、とデニスは同情していた。
いや懐かれた程度ではないのかも知れないな、と思ったのは、先週の訪問の折である。
近頃はデニスにも茶や菓子が出されることが増えていた。廃屋手前だった部屋も清潔に保たれている。仕事の再開と言い、セヴランに何か変化があったように思われた。それで任務の一環の意識で、彼は踏み込んだのだ。
誰か来るようになったんですか、という問いかけにも、セヴランはその名前を出した。
「カイが来るじゃん。だからさ。色々置いてったりするし、掃除も……手伝ってくれたりするし」
「――へーえ……彼ですか。仲良くなりましたね」
カイが職務の域を出て世話を焼いているのはそこであっさりとバレた。デニスが相槌を打つのに、セヴランはへらと相好を崩す。自分自身仲良くなったと思っているが人に言われると格別嬉しい、そういう顔だった。そして自慢気に言い切る。
「うん。デニスさんより仲良いよ」
「はは、僕も結構親しいほうなんですけどね、後輩ですけど仕事以外でもね、ちょっとは」
「でも絶対、一番は俺だよ。……カイは俺のこと話さないの?」
――おっと?
その一切譲らぬ張り合いと聞き返す眼差しに、デニスは違和感を覚えて笑みを張り付けた。記入中の報告書の表面をトンと叩いて口の端を上げる。
「――ちゃんと聞いてますよ。最近はしっかり水分を摂ってくれているとか、食事も増えたそうですね。……採取にも慣れて非常に協力的になったので助かる、と」
「そういうのばっかりかよ」
褒め、そういう態度が望ましいのだと釘を刺して、そこでは話を有耶無耶にしておいた。セヴランは満更でもなさそうに肩を竦めていた。
「もっと色々話してんのになあー」
暖炉の火を眺め――二人で寄って暖をとった数日前を思い出して零すのは、不満というよりは浮いた調子で、段々にまにまとしてきて思わせぶりだった。もっと話を聞いてほしそうな素振りをデニスは無視した。無視したところで勝手に話し出すような人なので、深く掘るのを避けた、という程度だが。
セヴランはそんな感じだった。そして今日、カイのほうに鎌をかけてみると分かりやすく動揺したので、デニスは確信を深めた。
これはただの仲良しじゃないな、と考えて――彼はカイに願う。上手くやれ、と。
庭の精神安定などの課題から見ても、園丁官自身が好かれているのは利点と言える。何ならたとえカイが不満であったとしても、セヴランがカイを要求するなら叶えられてしまうだろうほどに。それなら仲が良いに越したことはない。一方的に執着されているならどうにか間に入ってやろうと思っていたデニスだが、そうではなさそうで安堵している。あとは、上手くやってほしい。
二人の関係がどうにかなっていようが一向に構わないが、あまり見せつけられると辟易するので――まずセヴランが惚気を垂れ流しにしないようにカイのほうからも言っておいてほしい。そうすれば、デニスは知らぬふりができる。することにする。職場と庭と、あとは自分の平穏の為に。そういうのは得意とするところだった。
――しかし君変な趣味してるんだなあ。あの人のどこがいいんだい。いや聞かないけどね。
横で常より一層真面目に仕事を始めた、普通の好青年だと思っていた後輩の意外な一面をそう評しつつ、熟練の園丁官デニス・ハーラーは温くなった珈琲を啜った。寒いが穏やかな冬の日だった。
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