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番外 大人二人のチョコレート
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「チョコレートかあ」
紙袋から取り出した赤い箱を見て呟く声が落ちる。いつも茶請けは焼き菓子なので、偶には違ったものをと思ったカイが持ってきたものだが。
「苦手だったか? なんか、好きそうなのに」
「味はまあ悪くないんだけど。――チョコレートって大人の時間の食い物なんだよね」
「大人の時間」
意外そうに問うた彼に頷きつつ、セヴランは箱を開けてみた。鈍い輝きの銀紙に包まれた棒状の菓子が並んでいる。ふわりと、独特の甘い香りが広がる。目を細めた。
「昔さあ、父さんが来るとき持ってくる土産って大体チョコレートだったんだよ。……あーうちって、いわゆる愛人の家でさ、父さんはたまにしか来なかったんだけど」
カイには些か聞きづらい家庭事情も当人にとってはかつての日常で、淡々と語られる。
この家を買って愛人に与えるほど裕福な男だった。月に何度か訪れる際には惜しみなく、色んな品を持ってきた。花束、酒、ドレスや装飾品。息子には上等の竪琴に、あの犬のぬいぐるみなど玩具。――その中で一つ、ほぼ毎回見る定番があった。
今手にするよりももっと高級そうな、象牙色の箱に入ったチョコレートだ。幼少期のセヴランは実はそれが嫌いだった。
「そうするとさ、母さんがとられちゃうんだよ。大人の時間を過ごすから、お前は待ってなさいねって、チョコレート渡されて。一人で食うんだよ。甘くておいしいんだけど美味くないの。――でも我慢して食ってた。母さん喜んで服選んで花まで飾ったりしてるから邪魔できなくて。そういうの思い出すから、なんか微妙なんだよな」
それが差し出されるときというのは決まって、自分が放ったらかしにされるときだったからだ。久々の逢瀬が叶った両親が二人きりになる為、息子を一人退屈に我慢をさせる分の特別なおやつ。そういう位置づけだった。
味わいは至極甘美で、それなのに味気ない。やけ食いして気分を悪くしたこともあった。そんな思い出と紐づいていて、今も見ると眉が下がった。今となっては、懐かしくて切ない思いもした。
「……そうか、そういうパターンか」
成程な、とカイは呟く。
酷く寂しがりで甘えたなこの男が母親にも並以上にべったりだったのは、彼もなんとなく察している。放っておかれる寂しさは普通の子供が抱く思いより強かったのだろうと想像ができた。その時間の象徴となれば、なんとも微妙な反応は納得がいった。
カイもチョコレートを見下ろした。並ぶ銀の包み紙。それならと引っ込めて持って帰ってもよいけれど――違うなと思った。
「一緒に食ってみないか」
思い出の寂しさまで埋めようというのは烏滸がましく思えたが、カイはそうしたかった。自分は一緒にいるなんて、絶対に敵わない彼の母親に張り合った。少なくとも、居ない悲しみを思い出した分は寄り添おうとした。
箱から上がってくる視線に頷いて、もう一押し。
「貴方ももう大人なわけだし……酒と一緒とか、どうだろう。なんか合うのないか」
セヴランはやや置いて相好を崩した。カイの気遣いも過去に挑む心も見透かし、それで気分がよくなった。勢いよく立ち上がる。
「カイが昼から飲むの珍しいな」
母が父にやっていたように抱きついて、頬に口づける。驚きに竦む身が愛おしく――ああやはり邪魔はするものではなかったなと確信する。本当に自分も大人になったもんだと思いながら、おまけに唇にもキスをせがんだ。
その後二人で酒を舐めながら齧ったチョコレートは、記憶のそれより随分美味しかった。いつかの寂しさと共にゆっくりと溶けていく。
これはそんなに嫌いではないなとは、セヴランが言わずとも伝わったようだった。
紙袋から取り出した赤い箱を見て呟く声が落ちる。いつも茶請けは焼き菓子なので、偶には違ったものをと思ったカイが持ってきたものだが。
「苦手だったか? なんか、好きそうなのに」
「味はまあ悪くないんだけど。――チョコレートって大人の時間の食い物なんだよね」
「大人の時間」
意外そうに問うた彼に頷きつつ、セヴランは箱を開けてみた。鈍い輝きの銀紙に包まれた棒状の菓子が並んでいる。ふわりと、独特の甘い香りが広がる。目を細めた。
「昔さあ、父さんが来るとき持ってくる土産って大体チョコレートだったんだよ。……あーうちって、いわゆる愛人の家でさ、父さんはたまにしか来なかったんだけど」
カイには些か聞きづらい家庭事情も当人にとってはかつての日常で、淡々と語られる。
この家を買って愛人に与えるほど裕福な男だった。月に何度か訪れる際には惜しみなく、色んな品を持ってきた。花束、酒、ドレスや装飾品。息子には上等の竪琴に、あの犬のぬいぐるみなど玩具。――その中で一つ、ほぼ毎回見る定番があった。
今手にするよりももっと高級そうな、象牙色の箱に入ったチョコレートだ。幼少期のセヴランは実はそれが嫌いだった。
「そうするとさ、母さんがとられちゃうんだよ。大人の時間を過ごすから、お前は待ってなさいねって、チョコレート渡されて。一人で食うんだよ。甘くておいしいんだけど美味くないの。――でも我慢して食ってた。母さん喜んで服選んで花まで飾ったりしてるから邪魔できなくて。そういうの思い出すから、なんか微妙なんだよな」
それが差し出されるときというのは決まって、自分が放ったらかしにされるときだったからだ。久々の逢瀬が叶った両親が二人きりになる為、息子を一人退屈に我慢をさせる分の特別なおやつ。そういう位置づけだった。
味わいは至極甘美で、それなのに味気ない。やけ食いして気分を悪くしたこともあった。そんな思い出と紐づいていて、今も見ると眉が下がった。今となっては、懐かしくて切ない思いもした。
「……そうか、そういうパターンか」
成程な、とカイは呟く。
酷く寂しがりで甘えたなこの男が母親にも並以上にべったりだったのは、彼もなんとなく察している。放っておかれる寂しさは普通の子供が抱く思いより強かったのだろうと想像ができた。その時間の象徴となれば、なんとも微妙な反応は納得がいった。
カイもチョコレートを見下ろした。並ぶ銀の包み紙。それならと引っ込めて持って帰ってもよいけれど――違うなと思った。
「一緒に食ってみないか」
思い出の寂しさまで埋めようというのは烏滸がましく思えたが、カイはそうしたかった。自分は一緒にいるなんて、絶対に敵わない彼の母親に張り合った。少なくとも、居ない悲しみを思い出した分は寄り添おうとした。
箱から上がってくる視線に頷いて、もう一押し。
「貴方ももう大人なわけだし……酒と一緒とか、どうだろう。なんか合うのないか」
セヴランはやや置いて相好を崩した。カイの気遣いも過去に挑む心も見透かし、それで気分がよくなった。勢いよく立ち上がる。
「カイが昼から飲むの珍しいな」
母が父にやっていたように抱きついて、頬に口づける。驚きに竦む身が愛おしく――ああやはり邪魔はするものではなかったなと確信する。本当に自分も大人になったもんだと思いながら、おまけに唇にもキスをせがんだ。
その後二人で酒を舐めながら齧ったチョコレートは、記憶のそれより随分美味しかった。いつかの寂しさと共にゆっくりと溶けていく。
これはそんなに嫌いではないなとは、セヴランが言わずとも伝わったようだった。
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