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番外 重たいプレゼント
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賭け事に弱いセヴランも時には勝つ日がある。大勝ちではなくちょっとしたものではあるけれど――それだから賭けるのを止められないので、むしろ悪いことかも知れなかったが。店側の客を繋ぎ留めておく方策にまんまと嵌っている節もあったが。
ともかく珍しくカードで儲けて楽しく酒を飲んで朝帰りをした。いつもより膨らんだ財布に、家で飲む酒も買って帰ろうとご機嫌だった。夕方にはカイも遊びに来る予定だったので尚更浮かれて、足取りは軽い。
そこで、酒屋より前に。瀟洒な花屋が視界に入った。
四、五年前にできた店で、これまでは前を通っても意識していなかった。彼に花を買う習慣や機会はなく、荒れた生活ではそんな気分にもならなかったものだから。だが今日は違った。花屋の存在と、花を渡して喜ぶ人の顔が一瞬で結びついた。
カイは喜ぶだろう。絶対。そう思えば、爪先がそちらを向いた。
懐具合もプレゼント向きだった。酒を買って使い果たすより先に店が在ったのは幸いである。
「いらっしゃいませ」
覗き込んだ小さな店内には所狭しと明るい色した春の花々が並べられている。一瞥して、綺麗だなぁと単純な感想を抱いた後――セヴランは当惑した。
――いや分かんねえな……
母は小さくて可愛い花のほうが好きだった。鈴蘭とか。カイは――全部好きそうだった。逆に困る。庭に植えた薔薇はエニシダとの兼ね合いで、自宅のほうではマーガレットやシャクヤクなど多様なものを育てていると言っていた。そうやって花が大好きなのはよく知っているが、格別好きな花は何か、どういうところが好きなのか、セヴランはまだ知らなかった。もう結構知った気になっていただけに悔しい。む、と唇を結んで花々に向き直る。
――なんでも喜ぶだろうけど。なんか言ってたっけ? ……手触り? は、自分に生えたらってときの話か……好きな色……も知らないや。
悩みながら、葉や花弁に触れてみる。柔らかい。隣の花、と触っても特に違いは分からない。色で選ぶより余程難儀だった。
「お客さま、あまり弄られるとちょっと……」
「あっすいません――」
横からやんわりかかる声に慌てて手を引っ込める。見ればエプロン姿の、年嵩の女店員が微笑んだ。セヴランも愛想笑いした。
「お悩みですか。贈り物?」
「好きなの分かんなくて」
「お相手のイメージで選ぶって手もありますよ。明るい人には大きくて豪華なお花、優しい人には小さめで可憐なお花。何色が似合うな、とか……」
いかにも花屋らしい楽しげな声色に、もう一度改めてカイのことを思い浮かべる。
――緑……はマントの色だなこれ。まあカイは草の部分も好きだろうけどさ。
次に浮かんだのは亜麻色の髪。――そして青、鮮やかな瞳の色。
清廉な印象と、その色の雰囲気も合致した。
「青い花……」
見渡すのと店員の視線の動きとが重なった。数々の花の中、ヤグルマギクの青が一瞬前よりぱっと明るく主張する。
悪くない、似合うと思った。他に青い花は見当たらなかったのでこうなれば即決だった。
「あれを、じゃあ、三本くらい」
「はい。他にはよろしいですか?」
「まあちょっとしたものなんで。日頃の感謝っていうか」
贈り物なら花束をと伺うのには迷わず応じる。今日のこれは思いつきの、気軽なものなのだ。別に記念日などではないし、十分喜ぶだろうという自信があった。
「ではお包みしますわ。リボンも青色にしますね」
リボンも無くても、とは言い出せず頷いた。金額を告げる声に財布を取り出し、カウンターに立つ。
「……」
至って気軽な、軽いプレゼントのつもりだった。
「……それも売り物?」
しかし店員が手際よく花を纏め始めたその脇にもう一つ青色を見つけて、つい、セヴランは訊ねていた。
「それ、あげる」
「なんだ急に」
「いやいっつも世話になってるし……花屋で見かけたから」
いつものように招き入れて居間へと促す、その先、テーブルの上にもう置いてあった。見慣れた空間が華やぐ様にカイは瞬き振り返る。少年のように照れ臭そうにして、セヴランは手持無沙汰な掌を擦り合わせた。
「花瓶ごと、プレゼント。持って帰っていいよ。――このままうちで使ってもいいんだけど。君の好きにして」
頬が火照っている。あまり人に物を贈った経験がないので思ったより緊張していた。
青い花、特徴的な花弁の開いたヤグルマギクは青い花瓶に活けられていた。細長く少し高さのある陶器瓶である。半透明の釉薬の色合いがカイの瞳とよく似ており――家には花瓶が無いんだよなとも思ったセヴランは、結局花と一緒に買ってきてしまったのだった。
切り花数本、数日を彩る程度の軽いプレゼントのつもりがずしりと重くなった。酒代が飛んだ。どうにか軽く押しつけようとして、リボンなど取っ払ってみてもやはり仰々しくなって照れる。けれど。
「……嬉しい、ありがとう」
もう一度花を確かめたカイの顔が想像していたとおり――していた以上に柔く綻んだのがセヴランにとっても嬉しかったので、後悔ばかりはしなかった。
多分また、彼は花を買ってくる。懐に余裕があるときに限るけれど。贈った花瓶を活躍させる為にも。
花瓶だって追加で買ってしまうかもしれない。花に比べると結構重いプレゼントだが、彼の愛の重さとしては一つ二つでは足りないくらいだ。それに多少増えたところで、飾る花が足りなくなる心配はない。庭作りは大変順調なので。
目の色を思い浮かべて選んだのだとはさすがに気障ったらしくて言えないままに、白い薔薇が咲いたら飾るのにも丁度いいだろうと語ってきらきらしているその瞳を眺めて、セヴランは非常に満足した。勿論その日のうちに、好きな花や色は聞き出しておいた。
ともかく珍しくカードで儲けて楽しく酒を飲んで朝帰りをした。いつもより膨らんだ財布に、家で飲む酒も買って帰ろうとご機嫌だった。夕方にはカイも遊びに来る予定だったので尚更浮かれて、足取りは軽い。
そこで、酒屋より前に。瀟洒な花屋が視界に入った。
四、五年前にできた店で、これまでは前を通っても意識していなかった。彼に花を買う習慣や機会はなく、荒れた生活ではそんな気分にもならなかったものだから。だが今日は違った。花屋の存在と、花を渡して喜ぶ人の顔が一瞬で結びついた。
カイは喜ぶだろう。絶対。そう思えば、爪先がそちらを向いた。
懐具合もプレゼント向きだった。酒を買って使い果たすより先に店が在ったのは幸いである。
「いらっしゃいませ」
覗き込んだ小さな店内には所狭しと明るい色した春の花々が並べられている。一瞥して、綺麗だなぁと単純な感想を抱いた後――セヴランは当惑した。
――いや分かんねえな……
母は小さくて可愛い花のほうが好きだった。鈴蘭とか。カイは――全部好きそうだった。逆に困る。庭に植えた薔薇はエニシダとの兼ね合いで、自宅のほうではマーガレットやシャクヤクなど多様なものを育てていると言っていた。そうやって花が大好きなのはよく知っているが、格別好きな花は何か、どういうところが好きなのか、セヴランはまだ知らなかった。もう結構知った気になっていただけに悔しい。む、と唇を結んで花々に向き直る。
――なんでも喜ぶだろうけど。なんか言ってたっけ? ……手触り? は、自分に生えたらってときの話か……好きな色……も知らないや。
悩みながら、葉や花弁に触れてみる。柔らかい。隣の花、と触っても特に違いは分からない。色で選ぶより余程難儀だった。
「お客さま、あまり弄られるとちょっと……」
「あっすいません――」
横からやんわりかかる声に慌てて手を引っ込める。見ればエプロン姿の、年嵩の女店員が微笑んだ。セヴランも愛想笑いした。
「お悩みですか。贈り物?」
「好きなの分かんなくて」
「お相手のイメージで選ぶって手もありますよ。明るい人には大きくて豪華なお花、優しい人には小さめで可憐なお花。何色が似合うな、とか……」
いかにも花屋らしい楽しげな声色に、もう一度改めてカイのことを思い浮かべる。
――緑……はマントの色だなこれ。まあカイは草の部分も好きだろうけどさ。
次に浮かんだのは亜麻色の髪。――そして青、鮮やかな瞳の色。
清廉な印象と、その色の雰囲気も合致した。
「青い花……」
見渡すのと店員の視線の動きとが重なった。数々の花の中、ヤグルマギクの青が一瞬前よりぱっと明るく主張する。
悪くない、似合うと思った。他に青い花は見当たらなかったのでこうなれば即決だった。
「あれを、じゃあ、三本くらい」
「はい。他にはよろしいですか?」
「まあちょっとしたものなんで。日頃の感謝っていうか」
贈り物なら花束をと伺うのには迷わず応じる。今日のこれは思いつきの、気軽なものなのだ。別に記念日などではないし、十分喜ぶだろうという自信があった。
「ではお包みしますわ。リボンも青色にしますね」
リボンも無くても、とは言い出せず頷いた。金額を告げる声に財布を取り出し、カウンターに立つ。
「……」
至って気軽な、軽いプレゼントのつもりだった。
「……それも売り物?」
しかし店員が手際よく花を纏め始めたその脇にもう一つ青色を見つけて、つい、セヴランは訊ねていた。
「それ、あげる」
「なんだ急に」
「いやいっつも世話になってるし……花屋で見かけたから」
いつものように招き入れて居間へと促す、その先、テーブルの上にもう置いてあった。見慣れた空間が華やぐ様にカイは瞬き振り返る。少年のように照れ臭そうにして、セヴランは手持無沙汰な掌を擦り合わせた。
「花瓶ごと、プレゼント。持って帰っていいよ。――このままうちで使ってもいいんだけど。君の好きにして」
頬が火照っている。あまり人に物を贈った経験がないので思ったより緊張していた。
青い花、特徴的な花弁の開いたヤグルマギクは青い花瓶に活けられていた。細長く少し高さのある陶器瓶である。半透明の釉薬の色合いがカイの瞳とよく似ており――家には花瓶が無いんだよなとも思ったセヴランは、結局花と一緒に買ってきてしまったのだった。
切り花数本、数日を彩る程度の軽いプレゼントのつもりがずしりと重くなった。酒代が飛んだ。どうにか軽く押しつけようとして、リボンなど取っ払ってみてもやはり仰々しくなって照れる。けれど。
「……嬉しい、ありがとう」
もう一度花を確かめたカイの顔が想像していたとおり――していた以上に柔く綻んだのがセヴランにとっても嬉しかったので、後悔ばかりはしなかった。
多分また、彼は花を買ってくる。懐に余裕があるときに限るけれど。贈った花瓶を活躍させる為にも。
花瓶だって追加で買ってしまうかもしれない。花に比べると結構重いプレゼントだが、彼の愛の重さとしては一つ二つでは足りないくらいだ。それに多少増えたところで、飾る花が足りなくなる心配はない。庭作りは大変順調なので。
目の色を思い浮かべて選んだのだとはさすがに気障ったらしくて言えないままに、白い薔薇が咲いたら飾るのにも丁度いいだろうと語ってきらきらしているその瞳を眺めて、セヴランは非常に満足した。勿論その日のうちに、好きな花や色は聞き出しておいた。
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