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彼らの庭
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「空が緑でさ、濃い緑。なんか大きい鳥が飛んでくのを見上げてんの。不気味なような綺麗なようなで。でも風が気持ちいい感じがしたな」
「空の色はともかく……飛ぶ鳥の夢は調子がいいときの夢だっていうな」
「……前にやったテストだかにもそんな質問あったけど、園丁官って人の夢まで気にしてんの?」
「園丁官というか、医者の分野というか……俺はまだそんなに詳しくないんだが……」
休日、二人は南広場で催される園芸市に向かって歩いていた。行先の都合着飾ったりはしていないが、デートである。勿論行こうと誘ったのはカイのほうだ。
春、霜が降りなくなると種苗の売り出しがある。多くの店が集い一般向けにも開かれる市場は、カイたち園芸趣味の人間が楽しみにしている一大イベントだった。
セヴランはそれを、二週間も前に張り切り庭に出て土作りするカイから聞いた。他にも色々、土や肥料の解説をしてくれるのと共に。手伝いはろくにしなかったし正直半分くらいは聞き流していて、自分自身を構ってほしい気分にもなりはしたが――カイが家の庭のことを熱心に考えてくれているのもやっぱり嬉しかったので大人しく見守り、苗の購入もどうせ任せきりになるだろうと思いながらも、ついていく気にはなった。
こういう用向きに似合いの晴天だった。街中は何処も人気が多かったが、園芸市と看板を掲げた目的地も早くから人だかりができていた。
テントやパラソルを広げた一帯に人が集まっている。遠目に見ても分かる植物の苗の他、鉢や道具を置いたコーナーもある。
その中で、カイは実に慣れた様子で受付のほうを指差した。手押し車を借り、木箱のトレーをセヴランに渡す。自分でも一つ脇に抱えて歩き出す。早くも大量に買う気概が見えた。腕まくりでもしそうな雰囲気だ。
否、気概は来る前、数日前から満々だった。カイは本当に庭作りを楽しみにしていたのだ。
「向こうから順に見る。苗はいいヤツから売れてくから」
「はいはい、逸れないよ」
揚々と、次は人の多いほうを示すのにセヴランは呆れ半分の調子で笑う。手を繋ごうかと冗談を言おうとしたものの、トレーを持たされたところであるし通路も広くはないので、素直に後ろについた。
「見たいものがあったら声をかけてくれれば……」
言葉には一応、もう一度辺りを見渡す。見るからに花が咲いていれば、彼の興味も多少どこかに向いたかも知れないが――
「まだ咲いてないから俺には何がなんだか。それに君、なんか計画あるんだろ」
居並んでいるのはこれから咲くもの、今見えるのは緑ばかりだ。自分から採取した後包まれて送られる標本にちょっと似ているなと思いながら返して、セヴランはカイの語った計画を思い出した。
――エニシダが咲けば華やかになるから、彩りは抑えめに。白や淡い色の薔薇のいい苗を見つけたい。あとはハーブを育てておけば色々使えて便利だ。勿論何か植えたいものが見つかれば、それも。
カイは一応そうやって、家の主であるセヴランの意向も伺っていた。色々とやりたい案は浮かびはしたが、何よりセヴランの気に入るものを植えたいと思っていた。花でも、色形でも、希望があるならば今この場ででも検討して反映させるつもりだった。
だから頷くが、繰り返して言う。
「計画は計画として、何か見つけたら、遠慮なく」
「考えとく。――そういや買ったら抱えて帰んの?」
「多くなったら預けておいて、届けてくれるサービスがある。金はかかるけどそのつもりだ」
話しながら、また歩き出す。
初めはカイの背を追うだけだったセヴランも、市場の景色を眺めているうちに気づきがあった。
緑色の茎や葉は一様ではない。色合い、丸いもの細いもの、つやつやとしたものや毛の生えたようなもの、形も質感も様々だ。そういう意識がセヴランにもあった。以前は全部草で括っていたところ、さすがに自分に生えるようになると変わるなと思った。
そうしてずらりと並んだ苗にはそれぞれ名や肩書がある。馴染みのない綴りや用語、時に少々驚くほどの金額を見ては、セヴランは声を上げた。咲く花の色を教えるのにインクの印やリボンなどがつけられているのにも気づいた。凝ったものだと絵が添えられている。
そうして多少目移りしながらも行き着く薔薇の区画は一際の賑わいである。そこを臆さず縫っていって、立ち止まる。碧眼が品定めに動いた。皆が手を伸ばしているところにカイも手を伸ばす。
「――人の名前もついてる?」
「育種家とか、あと農家の。評判のいいところはそれでもう売れる」
真剣に見てよい苗を選び始めている人にも、セヴランは遠慮なく話しかけた。デートなのだからそうして悪いわけがない。カイもまだ鬱陶しがらず、むしろ話を聞いてもらえるのが嬉しい調子で説明をした。
手近な札を示して、こっちが薔薇の品種の名前、などと教える。色の連想、花を捧げられた女の名や、月に太陽。馴染み深い神の名を冠した命名も多い。
「リーアーの曙光。絶対派手だろこれ」
「そうだな、本当に薔薇色って感じの色した、八重の大輪だ」
「育てたことある?」
「うちではない。近所に薔薇好きの家があって、そこで見た」
「今見てるのは?」
「雪の姫」
「白色だな」
「定番で育てやすい。花も多いし、やっぱりこれかな」
名前で選ぶ――実物を知らないで育てるのも一興だと言われてセヴランもあれこれ見てみたが、多すぎて判断つきかねた。また混雑っぷりも増してきたので押し出されるようにして離れる。カイの位置を横目に確かめながら、他の花も見てみることにした。
散歩の足取りで行く、賑わいの中。花の種苗と明るい顔の人々。市場は次の季節を迎える喜びに溢れている。
アネモネ、水仙、アマリリス、ジギタリスにクレマチス。
ナデシコ、マーガレット、ラベンダー、ニゲラ、釣鐘草……
近くを半周うろつくだけで色んな花に出会う。これから町中へと広がっていく緑の拠点だ。此処も一つの種のようなものだった。
その中でふと、立ち並ぶ、まっすぐ筋の入った葉にセヴランの目が止まった。品書きに書かれた名前も確かめる。一度それで済んでも、また目が戻っていった。
「お待たせ。何か見つけたか?」
暫らく足を止めているうちに薔薇を選び終えたカイもやってきた。車のほうに箱を下ろし、次の花を選び始める前にセヴランを向く。
「……鈴蘭はどう?」
セヴランは少し迷ってから訊ねた。カイの顔が一層明るくなる。
「ああ――好きなのか?」
「昔も咲いてたから」
森でも庭でも人気の花はセヴランでさえも知っていて、子供の低い目線で目につき特徴的なので庭にあったのを覚えていた。好きというよりも、懐かしかった。言えば、カイは実に嬉しそうに笑って頷いた。
「よかった、多分そうだなと思ってたんだ」
売り物の鈴蘭の値など確かめて、一つ持ち上げた。見遣り、セヴランは首を傾ぐ。
「うん?」
「庭で、芽を見つけたから残してある。枯れきってない。から、また咲かせられると思う。――今年花までは難しいかもしれないが。少し増やすか」
あの庭についてセヴランは、もう何があるかも分からないから好きにしろと言っていたが。もし生き残っているものがあれば活かそうと思って、カイは至極丁寧に作業をしていた。その中で見つけたのが鈴蘭と思しき芽だった。雑草に紛れてよい状態とは言えなかったが、捨てる気にはならず隅に寄せてあった。
「そっか。へえ」
数年セヴランが気づかなかっただけで、荒れて見失っていただけで、懐かしい花はまだあそこにあったのだ。――放りっぱなしでも毎年咲くエニシダも思えば、草花とはそういうものなのだとは素人の彼にも納得ができた。
案外、そういうものなのだ。果てたと思っても息づいているものがある。
「……植物って逞しいな」
「ああ。生命力の塊だと思う」
呟けば我がことのように誇らしげに応じる庭師に、セヴランも頬を緩めた。
数株選ばれた新しい苗はセヴランの持つ箱の上に乗せられた。確かな嬉しさと共にしっかり受け止めて、彼は今度はカイの横に並んだ。冗談ではなく手を繋ぎたい気分だった。物を持っていなかったとしても、さすがにこんな場所では我慢するしかなかったが。
「薔薇は結局お姫さんにしたの?」
「ああうん、とりあえず一種類にした」
その後花の他、葉を茂らせる目的でも何点か選びなかなかの大荷物になりながら、二人はハーブを集めた清々しい香りのする一角に向かう。
タイムの苗、セージやカモミールの種が次々にセヴランの前に置かれていく。喉にいいもの、とカイが真っ先に挙げたものだ。歌うたいの自分のことを考えて庭を作っているのだと、聞いたときにもじんわりと嬉しかったセヴランはまた甘えたい気分になって横の腕を肘で小突いた。
「料理に使うようなのも植えようよ」
「……貴方が使うのか?」
「君が来るようになるだろ」
近頃のセヴランは、食材を買っておくとカイが何か作ってくれると分かって台所に物を置くようになってきた。それは園丁官の仕事じゃないと口では言うカイだが、元から料理が好きなのと、セヴランの食生活や食材の日持ちが気になってきて結構負けている。セヴランはまさしく味を占めているところだった。
カイは小さく唸った。ただでも頻繁に通っているのにまだ来てほしいと言われるのは複雑だ。――嬉しくないわけではない。嬉しいから困るのだ。既にこうして庭作りなどして親密なのに、際限がなくなりそうで。
しかし当の家主のご希望である。できれば好きなものを植えたい、食べられるものが収穫できる楽しさも知ってほしいという気持ちもあったので、今日もカイの負けだった。
「ディルとかシブレットかな……」
もごもごと誤魔化し気味にそのへんも選ぶ。ハーブ類は育てやすいものが多いのでそういう意味では躊躇が無い。使い勝手がよいもの、と買い置きの材料をイメージして買い足した。
園芸市の中ではカイの知り合いや園丁官の仲間と何人もすれ違い、挨拶や世間話をするにも多少時間がとられた。折角来たんだしもうちょっと、あっちも、などと結局植木や道具まで見て周った。最後のほうは連れ回された感覚で、セヴランはくたびれていた。
軽い種だけ持ち帰ることにして、後は例の配送に託した。昼過ぎにセヴランの家に戻り、道中買ってきたサンドイッチの紙袋を開けると揃って、一段落の息が出る。
天井を仰いだセヴランの吐息は、はは、と笑いに変わった。
「なんか……カイってめっちゃ倹約してそうな感じだったけど、今日すごい散財したよな?」
カイはぎくりとした。特段高額なものは買っていない。が、自宅の分と、こちらの家の分と、例年以上、倍近くの買い込みだった。ちょっとやりすぎたなと思う。間違いなく浮かれていた。肩を竦めて紅茶のカップを持ち上げる。
「時期を逃すといけないと思うとつい――」
「うちの庭の分は適当に出すよ」
「いや、俺が好き勝手やってるんだからそれは」
「俺も結構好きだよ」
言い訳に動いた口は軽い調子の提案に慌てる。辞そうとするのを押し留めて、セヴランは続けた。
疲れたが。分からないなりに見て、楽しそうなカイを眺めて話を聞くのが楽しかった。こうして、張り切って買い過ぎたのを揶揄ってやるのも愉快だ。この先だってきっと楽しい、楽しみだ。
庭と共にこうして過ごす時間がこれほどにも。
「まだよく分かんないけど、でも、好きだよ。楽しい」
窓の外、まだ土色の庭を見遣ってゆっくりと繰り返した。光を取り込んでより薄い色になる淡緑の瞳が瞬く。カイはそれを眺めて――彼も外を見た。
「――それはよかった」
鳥が飛び立つのが見えた。
綺麗な庭にしようと思った。素敵な生活を彩る、居心地のよい庭にしようと。腕が鳴るとはこういうことだ。
「これからもっと楽しいぞ」
種や苗は買って終わりではない。いずれ鈴蘭もエニシダも咲く。彼らの庭はこれからだった。言いきり、期待いっぱいに笑い合った。
「空の色はともかく……飛ぶ鳥の夢は調子がいいときの夢だっていうな」
「……前にやったテストだかにもそんな質問あったけど、園丁官って人の夢まで気にしてんの?」
「園丁官というか、医者の分野というか……俺はまだそんなに詳しくないんだが……」
休日、二人は南広場で催される園芸市に向かって歩いていた。行先の都合着飾ったりはしていないが、デートである。勿論行こうと誘ったのはカイのほうだ。
春、霜が降りなくなると種苗の売り出しがある。多くの店が集い一般向けにも開かれる市場は、カイたち園芸趣味の人間が楽しみにしている一大イベントだった。
セヴランはそれを、二週間も前に張り切り庭に出て土作りするカイから聞いた。他にも色々、土や肥料の解説をしてくれるのと共に。手伝いはろくにしなかったし正直半分くらいは聞き流していて、自分自身を構ってほしい気分にもなりはしたが――カイが家の庭のことを熱心に考えてくれているのもやっぱり嬉しかったので大人しく見守り、苗の購入もどうせ任せきりになるだろうと思いながらも、ついていく気にはなった。
こういう用向きに似合いの晴天だった。街中は何処も人気が多かったが、園芸市と看板を掲げた目的地も早くから人だかりができていた。
テントやパラソルを広げた一帯に人が集まっている。遠目に見ても分かる植物の苗の他、鉢や道具を置いたコーナーもある。
その中で、カイは実に慣れた様子で受付のほうを指差した。手押し車を借り、木箱のトレーをセヴランに渡す。自分でも一つ脇に抱えて歩き出す。早くも大量に買う気概が見えた。腕まくりでもしそうな雰囲気だ。
否、気概は来る前、数日前から満々だった。カイは本当に庭作りを楽しみにしていたのだ。
「向こうから順に見る。苗はいいヤツから売れてくから」
「はいはい、逸れないよ」
揚々と、次は人の多いほうを示すのにセヴランは呆れ半分の調子で笑う。手を繋ごうかと冗談を言おうとしたものの、トレーを持たされたところであるし通路も広くはないので、素直に後ろについた。
「見たいものがあったら声をかけてくれれば……」
言葉には一応、もう一度辺りを見渡す。見るからに花が咲いていれば、彼の興味も多少どこかに向いたかも知れないが――
「まだ咲いてないから俺には何がなんだか。それに君、なんか計画あるんだろ」
居並んでいるのはこれから咲くもの、今見えるのは緑ばかりだ。自分から採取した後包まれて送られる標本にちょっと似ているなと思いながら返して、セヴランはカイの語った計画を思い出した。
――エニシダが咲けば華やかになるから、彩りは抑えめに。白や淡い色の薔薇のいい苗を見つけたい。あとはハーブを育てておけば色々使えて便利だ。勿論何か植えたいものが見つかれば、それも。
カイは一応そうやって、家の主であるセヴランの意向も伺っていた。色々とやりたい案は浮かびはしたが、何よりセヴランの気に入るものを植えたいと思っていた。花でも、色形でも、希望があるならば今この場ででも検討して反映させるつもりだった。
だから頷くが、繰り返して言う。
「計画は計画として、何か見つけたら、遠慮なく」
「考えとく。――そういや買ったら抱えて帰んの?」
「多くなったら預けておいて、届けてくれるサービスがある。金はかかるけどそのつもりだ」
話しながら、また歩き出す。
初めはカイの背を追うだけだったセヴランも、市場の景色を眺めているうちに気づきがあった。
緑色の茎や葉は一様ではない。色合い、丸いもの細いもの、つやつやとしたものや毛の生えたようなもの、形も質感も様々だ。そういう意識がセヴランにもあった。以前は全部草で括っていたところ、さすがに自分に生えるようになると変わるなと思った。
そうしてずらりと並んだ苗にはそれぞれ名や肩書がある。馴染みのない綴りや用語、時に少々驚くほどの金額を見ては、セヴランは声を上げた。咲く花の色を教えるのにインクの印やリボンなどがつけられているのにも気づいた。凝ったものだと絵が添えられている。
そうして多少目移りしながらも行き着く薔薇の区画は一際の賑わいである。そこを臆さず縫っていって、立ち止まる。碧眼が品定めに動いた。皆が手を伸ばしているところにカイも手を伸ばす。
「――人の名前もついてる?」
「育種家とか、あと農家の。評判のいいところはそれでもう売れる」
真剣に見てよい苗を選び始めている人にも、セヴランは遠慮なく話しかけた。デートなのだからそうして悪いわけがない。カイもまだ鬱陶しがらず、むしろ話を聞いてもらえるのが嬉しい調子で説明をした。
手近な札を示して、こっちが薔薇の品種の名前、などと教える。色の連想、花を捧げられた女の名や、月に太陽。馴染み深い神の名を冠した命名も多い。
「リーアーの曙光。絶対派手だろこれ」
「そうだな、本当に薔薇色って感じの色した、八重の大輪だ」
「育てたことある?」
「うちではない。近所に薔薇好きの家があって、そこで見た」
「今見てるのは?」
「雪の姫」
「白色だな」
「定番で育てやすい。花も多いし、やっぱりこれかな」
名前で選ぶ――実物を知らないで育てるのも一興だと言われてセヴランもあれこれ見てみたが、多すぎて判断つきかねた。また混雑っぷりも増してきたので押し出されるようにして離れる。カイの位置を横目に確かめながら、他の花も見てみることにした。
散歩の足取りで行く、賑わいの中。花の種苗と明るい顔の人々。市場は次の季節を迎える喜びに溢れている。
アネモネ、水仙、アマリリス、ジギタリスにクレマチス。
ナデシコ、マーガレット、ラベンダー、ニゲラ、釣鐘草……
近くを半周うろつくだけで色んな花に出会う。これから町中へと広がっていく緑の拠点だ。此処も一つの種のようなものだった。
その中でふと、立ち並ぶ、まっすぐ筋の入った葉にセヴランの目が止まった。品書きに書かれた名前も確かめる。一度それで済んでも、また目が戻っていった。
「お待たせ。何か見つけたか?」
暫らく足を止めているうちに薔薇を選び終えたカイもやってきた。車のほうに箱を下ろし、次の花を選び始める前にセヴランを向く。
「……鈴蘭はどう?」
セヴランは少し迷ってから訊ねた。カイの顔が一層明るくなる。
「ああ――好きなのか?」
「昔も咲いてたから」
森でも庭でも人気の花はセヴランでさえも知っていて、子供の低い目線で目につき特徴的なので庭にあったのを覚えていた。好きというよりも、懐かしかった。言えば、カイは実に嬉しそうに笑って頷いた。
「よかった、多分そうだなと思ってたんだ」
売り物の鈴蘭の値など確かめて、一つ持ち上げた。見遣り、セヴランは首を傾ぐ。
「うん?」
「庭で、芽を見つけたから残してある。枯れきってない。から、また咲かせられると思う。――今年花までは難しいかもしれないが。少し増やすか」
あの庭についてセヴランは、もう何があるかも分からないから好きにしろと言っていたが。もし生き残っているものがあれば活かそうと思って、カイは至極丁寧に作業をしていた。その中で見つけたのが鈴蘭と思しき芽だった。雑草に紛れてよい状態とは言えなかったが、捨てる気にはならず隅に寄せてあった。
「そっか。へえ」
数年セヴランが気づかなかっただけで、荒れて見失っていただけで、懐かしい花はまだあそこにあったのだ。――放りっぱなしでも毎年咲くエニシダも思えば、草花とはそういうものなのだとは素人の彼にも納得ができた。
案外、そういうものなのだ。果てたと思っても息づいているものがある。
「……植物って逞しいな」
「ああ。生命力の塊だと思う」
呟けば我がことのように誇らしげに応じる庭師に、セヴランも頬を緩めた。
数株選ばれた新しい苗はセヴランの持つ箱の上に乗せられた。確かな嬉しさと共にしっかり受け止めて、彼は今度はカイの横に並んだ。冗談ではなく手を繋ぎたい気分だった。物を持っていなかったとしても、さすがにこんな場所では我慢するしかなかったが。
「薔薇は結局お姫さんにしたの?」
「ああうん、とりあえず一種類にした」
その後花の他、葉を茂らせる目的でも何点か選びなかなかの大荷物になりながら、二人はハーブを集めた清々しい香りのする一角に向かう。
タイムの苗、セージやカモミールの種が次々にセヴランの前に置かれていく。喉にいいもの、とカイが真っ先に挙げたものだ。歌うたいの自分のことを考えて庭を作っているのだと、聞いたときにもじんわりと嬉しかったセヴランはまた甘えたい気分になって横の腕を肘で小突いた。
「料理に使うようなのも植えようよ」
「……貴方が使うのか?」
「君が来るようになるだろ」
近頃のセヴランは、食材を買っておくとカイが何か作ってくれると分かって台所に物を置くようになってきた。それは園丁官の仕事じゃないと口では言うカイだが、元から料理が好きなのと、セヴランの食生活や食材の日持ちが気になってきて結構負けている。セヴランはまさしく味を占めているところだった。
カイは小さく唸った。ただでも頻繁に通っているのにまだ来てほしいと言われるのは複雑だ。――嬉しくないわけではない。嬉しいから困るのだ。既にこうして庭作りなどして親密なのに、際限がなくなりそうで。
しかし当の家主のご希望である。できれば好きなものを植えたい、食べられるものが収穫できる楽しさも知ってほしいという気持ちもあったので、今日もカイの負けだった。
「ディルとかシブレットかな……」
もごもごと誤魔化し気味にそのへんも選ぶ。ハーブ類は育てやすいものが多いのでそういう意味では躊躇が無い。使い勝手がよいもの、と買い置きの材料をイメージして買い足した。
園芸市の中ではカイの知り合いや園丁官の仲間と何人もすれ違い、挨拶や世間話をするにも多少時間がとられた。折角来たんだしもうちょっと、あっちも、などと結局植木や道具まで見て周った。最後のほうは連れ回された感覚で、セヴランはくたびれていた。
軽い種だけ持ち帰ることにして、後は例の配送に託した。昼過ぎにセヴランの家に戻り、道中買ってきたサンドイッチの紙袋を開けると揃って、一段落の息が出る。
天井を仰いだセヴランの吐息は、はは、と笑いに変わった。
「なんか……カイってめっちゃ倹約してそうな感じだったけど、今日すごい散財したよな?」
カイはぎくりとした。特段高額なものは買っていない。が、自宅の分と、こちらの家の分と、例年以上、倍近くの買い込みだった。ちょっとやりすぎたなと思う。間違いなく浮かれていた。肩を竦めて紅茶のカップを持ち上げる。
「時期を逃すといけないと思うとつい――」
「うちの庭の分は適当に出すよ」
「いや、俺が好き勝手やってるんだからそれは」
「俺も結構好きだよ」
言い訳に動いた口は軽い調子の提案に慌てる。辞そうとするのを押し留めて、セヴランは続けた。
疲れたが。分からないなりに見て、楽しそうなカイを眺めて話を聞くのが楽しかった。こうして、張り切って買い過ぎたのを揶揄ってやるのも愉快だ。この先だってきっと楽しい、楽しみだ。
庭と共にこうして過ごす時間がこれほどにも。
「まだよく分かんないけど、でも、好きだよ。楽しい」
窓の外、まだ土色の庭を見遣ってゆっくりと繰り返した。光を取り込んでより薄い色になる淡緑の瞳が瞬く。カイはそれを眺めて――彼も外を見た。
「――それはよかった」
鳥が飛び立つのが見えた。
綺麗な庭にしようと思った。素敵な生活を彩る、居心地のよい庭にしようと。腕が鳴るとはこういうことだ。
「これからもっと楽しいぞ」
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