緑を分けて

綿入しずる

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番外 落葉

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 家族揃っての夕食を終え食後のハーブティーを持って部屋に戻ったカイは、ランプを灯すと現れる机上の本に目を留めた。読み込んだ風合いで擦れたところもある灰色の表紙の一冊は少し古めの冒険小説だ。一週間ほどセヴランに貸していて今日返ってきた。
 カイが基礎学校に通っていた頃に流行した本で当時周りの誰もが読んでいたものだったが、普段はほとんど意識されない四歳差はそういうときには意外と大きい。住んでいる地区も違えば子供にとっては住む世界の違いで、セヴランは本のタイトルも知らなかった。
 セヴランは二年で済ませる最低限の課程を終えたきり学校には行っていなかったともいう。親の仕事を継ぐような家庭では珍しいことではないが、言われてみると、八歳から五年通って勉強し続けて、その後医学の基本を修め軍学校にも行った自分との差がはっきりとして、カイはなんだか距離のようなものを感じてしまった。
 随分仲良くなった気はするが、当然過去には遡れない。交わらなかった時間がある。その事実を微妙に持て余した。
 カイの手が飾り文字の題字を撫でた。『ヴェンデルの冒険』。シンプルなタイトルだ。
 冒頭が歌の一節と似ているよなという話になって、セヴランは読んだことがないと知れ。一旦学歴に話が逸れながらも、児童向けといっても読みごたえがあるので大人の読書にも悪くないだろうと貸す流れになったのだった。実際まずまず好評だった。
 自分も久しぶりに読んでみようかとページを捲る。と、その合間にぱっと赤色が見えた。急な色彩に目覚める思いがする。活字の並ぶ紙の間に一枚、色づいたカエデの葉が差し込まれていた。
 瞬きをもう一度。特徴的に広がった葉の縁を辿り、少し、カイは考えた。
 ――俺が挟んだままだったか? ……いや、貸す前にも捲ったな。
 彼は子供の頃から植物が好きで、押し花で遊んだ経験もある。本棚に並ぶ本の中にも何枚かは綺麗な落ち葉や庭で摘んだ花が紛れているだろうと思った。だがこれは、そうした少年の足跡とは違うようだ。
 まだどこか水気も残した色濃いひとひら。挟んだのは、貸していた人に違いない。
 ――広場に演奏しに行ったと言っていたからそのときかな。本も持っていったのか。なんか意外だな……いい葉っぱだ。
 セヴランが外出を満喫している様を想像して、胸に呟く。園丁官の仕事のように基準がある評価ではない。単純に色が鮮やかで綺麗だと思った。セヴランも同じく感じて拾ったのかと思えば頬が緩む。
 同時に、セヴランはしおりを持ってないのかもなとも考えた。読書は嫌いではないのが知れていたが、本棚も机も無かったあの部屋なら、しおりもなさそうだ。
 カイは机に向かって座ると思い出したようにハーブティーを一口飲んで、ひきだしを開けて箱を取り出した。元々はプレゼントのペンが収まっていた長方形は今はしおり入れである。蓋を開けると落ち葉のように幾つも重なり合っている。細かな真鍮の細工もあったが、ほとんどは紙製、買った本についてきた付録や、何かの広告が載ったものだ。それらを机に広げ、持ち主でも忘れていた図柄を確かめる。
 ――どれがセヴランらしいだろう。
 眺め、譲るにはちょっと惜しい気のするものは束に戻しつつ、考える。酒造のものはこれ以上飲酒への欲を刺激してはいけないので真っ先に除外。文具店のものはなんだか味気ない。書店のものは何枚もあるが、どれも決め手には欠ける。読書の間の食事はお手軽にと謳う缶詰の広告もあった。
 やがて、赤と青の鮮やかな二色刷りが目に留まる。男の子が欲しがる汽車の模型、女の子が憧れる令嬢の人形が描かれて楽しげなそれは玩具メーカーの宣伝だった。それこそ『ヴェンデルの冒険』と同時期、子供の頃に読んだ本についてきたもののような気がした。
 ――賑やかなほうがいい。これと、また何か貸してやろう。
 決めて満足したカイは、再び茶を飲んで落ち葉のほうを見た。やはりいい葉っぱだった。口角が上がる。
 こっちは貰ってもいいかな、と思うのは草花好きの趣味だけでなく、セヴランが拾ったものだという特別感からだ。お気に入りだったら悪いし確認してからにしよう、と考える真面目さと善良さも持ち合わせる彼はもう少し観察をしてから、落ち葉としおりを一緒に手帳に挟み込んだ。
 住む世界の違った子供たちは出会い、こうして人生を重ねる。交わらなかった時間を伴って。草木は色づき、落ち葉は積もる。
 ――また、寒くなる。
 来る冬の厳しさを思っても案外楽しみなのは、きっと孤独ではないからだ。
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