ひとつのひ

綿入しずる

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季節は順に一つゆき 一

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 涼しい風が増え始め秋の気配がしてくると、どこの城でも宴や祭事が増える。
 まずは年に一度、三日間かけて行われる土地神への奉納祭だ。大抵は町ごとに行われるものだが、城も敷地の内に一つ別に祭壇を建てて儀式を行った上で諸々の催しを楽しむので多くの人手が必要で、文官武官入り乱れて城の中は忙しない。書庫自体は喧騒からは遠いが、学者一族の子らしく能筆で諸々の作法にも通じたスイは他の文官たちに混ざって色々なところに引っ張り出される。
 日頃はあまり人に会わぬからと略装でいるが、この時期ばかりは文官の正装として白い長衣の上、この城に一人きりの書庫番であることが一目で分かるよう所属を詳らかにする藍色の上着を羽織り腰にも飾りのついたベルトなど締める。髪もいつもより丁寧に纏め、上着と同じ色の飾り紐を結えば清楚な若い文官の出来上がりだ。
 秋晴れの清々しい今日は書状を書く仕事に呼ばれ、広い部屋で他の、灰色や緑の上着の文官たちと机を並べて、常より緊張感を持って袖を留め上等の紙に向かう午前中を過ごした。
 お先にどうぞと促され、庭に向かうバルコニーに設けられたテーブルで食事と茶を貰って休憩をするのは一時だけの長閑な時間だ。日除けの幕の下で皿に積まれた軽食、パンにジャムや煉乳を挟んで細く切ったものを食事というよりは補給の面持ちで無心に頬張っていると、何人か引き連れて庭を横切り移動していく、赤褐色の外衣を揺らす衛士の姿がスイの目に留まる。
「ん」
 一団の先頭がクノギだ。忙しい時期ゆえ会って遊ぶ時間は必然減っていたが、スイが書庫の外に出てあちらこちらに顔を出していると案外よく見かけるものだった。
 クノギもスイと同じく、日頃以上にきちりとした官服の着こなしだった。飾り緒の類までは着けていないが、誰か身分の高い者と挨拶しても非礼にならぬようにと、外に立つでもないのに揃いの上着を肩にかけ腰布も巻いているのがこの時期らしい。しっかりと衛士の格好をしている姿を見ること自体スイにとっては久しぶりだったが、立哨の仕事もある者の制服だけあって遠目にもなかなか見栄えがした。
 そういえば今年になってからは班長だったか。さすがは鍛えているだけあるというか、仕事中は凛々しいな。文官たちは日に日にくたびれていくが武官たちはそうもいくまい。ああ――
 ぼんやり、ぼんやりと口を動かしながら色々と考えていた、スイの咀嚼が止まった。パンと茶杯とをそれぞれの手に持ったまま固まって、どこかへと歩いていく友人の後姿を見送る。
「おや書庫番殿。……知った方でも居られました?」
 同じく、休憩にやってきた文官が息つく声に肩を揺らし。首を傾げて問うのに、ようやく口の中の物をごくりと飲みこんで、返事を取り繕う。
「……え、え。友人が見えて。知り合いも何人かいますが」
「でしたら祭の賭け事も捗りますか? 今年は結構割れているという噂ですよ」
「そうですね、まあ――」
 笑いながら世間話が続く。祭で行われる見せ物、武芸大会の成績は賭けの対象で、毎年仕官の中で盛り上がっているのはスイも無論知っていたが、上手い返事はできなかった。仕事を始める前は、出不精なのだからこういうところで交流を深めて友人なり人脈なりを獲得せねば、と親兄弟の言葉を思い出してはいたのだが。一瞬前にそれどころではなくなった。
 クノギは友人だ。確かにそういうこともするが。その為に会っているわけではない。はずなのに。あろうことか仕事に勤しむ様を見て――先日の行為を思い出して欲情した。
 ああ、しばらくしていない、などと。会っていないではなく。
 これはいけないと、彼はパンと茶を喉に流し込んで速やかに机に戻った。
「書庫番殿、いつもお一人で仕事を片づけているだけあるな。集中力が違う」
「若いのに真面目なことだ。うちに来てほしかった」
「ラ家の学者だぞ、いくら上手くても筆耕には勿体ないだろ」
 というスイに関する話はささやかな声でなされたこともあり、本人の耳には届かなかった。なにより彼は評されたとおり、休憩前より集中して書状をしたためていた。さながら書写の試験の心持ち、邪念を払うべく一心にペンを動かす。
 たしかにあれ以後回数を減らす以前に忙しくなってきて、自慰さえご無沙汰ではあった。だがあんまりではあるまいか、いよいよ性欲に頭がやられてきたのではないか、これでは友に顔向けできない、と心で己を罵った後、彼は黙々とペンを動かす仕掛けと化した。
 昔から、嫌なことがあったり、浮かれすぎたりすると自分を落ち着ける為にこうしていた。やるうちに没入して大抵のことは忘れられ、心が澄んでくる。
 今回も狙ったとおりの効果が出て、やっているうちに流れができて、なんだか調子がついてきた。スイは普段からこの仕事をしている文官たちに劣らぬ枚数書状を書き上げて、夕方になって縄張りたる書庫に帰ると、自らの机に書物の山を築いた。
 丁度、写しを作らなければいけない本がいくらかあった。これならば別の仕事が来たとして途中で止めても作業の進行が不明になることがないし、無心になってやれる。しばらくはこうして仕事に意識を注いでいようと決心した。
 物置にと普段の机の横に用意されたテーブル、白紙の束と資料の束を見て、夕食を運んできた使用人は声を上げた。
「この忙しいのに今やるのですか? どこからか依頼でも?」
「そうではないけど。のってきた」
「……では菓子を多めに買っておきます。ご希望があればおっしゃってください」
 まるきり言い訳というわけでもなく。元来スイはそういうところがあったので、使用人もそれ以上穿ってはこなかったが。此処に配属されて以来の付き合いで年も近く気軽い仲なので、他人事ながらとげんなりしたのが表情には出ていた。
 頭脳労働には糖分補給がつきものと知った言葉を返す使用人に笑み、書き物をしながらでも口に放り込みやすいいつもの飴菓子を頼んで。
「あ、あとついでに……薄荷糖の硬いやつ、見つけたら買っておいてくれ」
 ふと思いついて付け加える。灯りの燃料の残り具合も確かめた使用人は菓子の要望を確認に繰り返して、はっきりと頷いた。
「はい、かしこまりました。あまり詰め過ぎて祭の日に体調を崩さないでくださいよ」
「分かってる分かってる」
 スイが相手だと皆保護者めいたことを言い出すので、スイも子供のような返事の仕方をしてしまう。嫌ということもなくただ少し年甲斐がないなと羞じるくらいで、一人きりの書庫番では部下もなく、縁談もない独り身では末っ子気質でもあまり困らないのだった。
 そうして腹ごしらえを済ませ、寝るまでの時間に少しと、スイは飽きもせずペンを握った。
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