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第39話 指輪

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 僕はガーネットに贈りたいものがあった。
 なにはともあれ必要なものとして服があったが、それは浅葱さんがくれたから、当面はもういらない。
 指輪をあげたかった。
 さいわいガーネットがうまく節約してくれているので、給料日までは食べていけそうだ。
 毎月21日が給料日。
 僕は彼女が休眠しているときに、指の第2関節を糸で測った。
 彼女には7号のリングが合いそうだ。
 ガーネットのほっそりとして長い指に指輪をはめたい。

 僕はパソコンで指輪について調べた。
 僕が調べものをしていると、ガーネットがまとわりついてくることが多いので、これも夜中に起きて、彼女に知られないようにやった。
 あまり高いものは買えないし、かと言ってちゃちな安物も買いたくない。
 幸い、僕が買おうとしているのは、ダイヤモンドのような高価な宝石ではない。
 充分に僕の給料で買えて、生活費も残せる。
 いろいろと迷ったが、結局、シンプルなデザインの宝石と金の指輪をネットで注文した。

 僕は届くのを待った。
 4月21日の夜に浅葱さんから電話があった。
「こんばんは、本田です」
「波野です」
「いまお話してもよろしいですか?」
「だいじょうぶです」
「波野さんとガーネットを我が家へ招待したいのですが……」
「つくしとブラックバスと筍のお返しですか?」
「そのとおりです」
「浅葱さんは先日、ガーネットを直してくれた。それで充分です」
「あれとこれとは話が別です。私と茜はあのときのお返しをどうしてもさせてもらいたいのです」
「わかりました。喜んでおうかがいします」
「今度の土曜日か日曜日のご都合はいかがですか?」
「ちょっと待ってください」

 僕はガーネットに声をかけた。
「今度の土曜か日曜、浅葱さんの家に行く。どちらでもいいな?」
「あたしは行きたくない。ごちそうを出してもらっても、食べられないし」
「じゃあ僕ひとりで行くけれど」
「それはだめだ。数多が茜に誘惑されてしまう。仕方ねえ、あたしも行くぜ」

 浅葱さんとの電話をつづけた。
「どちらでもいいです」
「それでは4月24日の土曜日、午後6時に迎えの車を行かせてよろしいですか?」
「けっこうです」
「それではよろしくお願いします」
「楽しみにしています」
「ガーネットは食事ができないので、プレゼントを用意しておきます。では土曜日にお会いしましょう」
 電話が切れた。
「土曜日の夜6時に出発だ」とガーネットに伝えた。
「面倒だなあ」と彼女はぼやいた。

 僕は毎日出勤し、激務に耐えながら、贈り物が届くのを待った。
 ガーネットが喜んでくれるとよいのだけど……。
 僕が彼女の笑顔を想像していると、本田さんがきつい目を向けてきた。
「先輩、仕事しているときに、にやけないでください。キモいです」
 女の子からキモいって言われた。モテないと自覚していても、これはきつい。
「に、にやけてなんかいない」
「明らかににやけてます」
 僕は顔を引き締めた。
「これでどうだ」
「不自然です」
 僕は仏頂面になって仕事をつづけた。
 くそっ、ガーネットさえいてくれればそれでいいさ。

 4月23日金曜日の午後10時頃に帰宅すると、待望の贈り物が届いていた。
「数多、宅急便が来たぜ。受け取っておいたけれど」
 ガーネットが僕に箱を渡してくれた。
 よし、贈呈式をしよう。
「細波ガーネットさん、そちらにお掛けください」
 僕はテーブル備え付けの椅子の片方を指さした。
「なんだよ?」
 彼女は戸惑いながら座った。
 僕は残りの片方に腰掛けた。

 箱を開けた。
 中に入っていたのは、赤い宝石が付いた金の指輪。
 僕はそれを厳かに手に取った。
 ガーネットは指輪を驚愕と歓喜の入り混じった目で見た。
 彼女はおずおずと左手を差し出した。
「そっちの手はまだ早いかな」
 僕はガーネットの右手を取り、左手を引っ込めさせた。
「えっ、いいじゃん、左手で」
「だからまだ早いって」
「まだ、か。いずれは、左手も?」
「そうだな。そうなればいいな」
 僕は彼女の美しい右手の薬指に赤い宝石ガーネットの指輪をはめた。
 ぴったりだった。

 彼女はずっと指輪を見つめていた。
 何分間そうしていたかわからない。
 時間が凝結しているようだった。
 それから、彼女ははにかみながら、右手の甲の方を僕に見せた。
「似合うか?」
「似合うよ。おまえの瞳とお揃いだ」
「名前ともお揃いだな」
「恋人指輪だ」
「ああ」
「婚約指輪と結婚指輪も待ってるぜ」
「気が早いぞ」
「えへへ」

 ガーネットは指輪をつけたまま、お風呂に入った。
 布団の中でも指輪を見つめつづけていた。
「興奮して眠れない」
「アンドロイドも興奮するんだな」
「あたしは興奮する。他のアンドロイドのことは知らない」
「喜んでくれたんだよな?」
「最高に喜んでいるさ。こんなにしあわせになれるとは思ってもいなかった。もう死んでもいい」
「死なないでくれ」
「そうだな。数多と結婚するまで死ねない」
「結婚が夢なのか?」
「あたりまえだ。女の子の夢は結婚に決まっている」
「昨今はそうでもないようだけど」
「状況が許さないから、そういう風潮になっているだけだと思う。女の子の究極の夢は、大好きな人との結婚だぜ」
「アンドロイドとの結婚は法的にはできないな」
「そういう現実的なことを言うな。ふたりが永遠の愛を誓い合えば、それが結婚だ」
「そういうものかな」
「絶対にそうだぜ」
 彼女はうっとりと指輪を見つめつづけていた。
 僕はいつのまにか眠っていた。 
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