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死を覚悟したが、光に向かって歩いた。
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人生は終わりのある旅だ。
いつかはわからないが、必ず終わる。
死が訪れる。
すぐ目の前にその終点があったのに、気づかなかった。
僕は遭難した。
まだ二十六歳だ。
終わりがあるとわかっていたけれど、それはまだまだ先のことだと思っていた。
ローカル線の廃線路を歩いていた。
進行方向の右には、光り輝くエメラルドグリーンの海。左には、新緑が眩しい山。
死とはかけ離れた生命にあふれた風景が広がっていた。
しかし廃線は隠しようもないほど朽ちていた。
鉄のレールは錆び、枕木は苔むし、雑草がバラストを押しのけて生えていた。
その線路は死んでいた。
僕はそういうものに、なぜか惹きつけられる。
廃線のトンネルに入った。もちろん照明なんてない。ところどころに割れた隧道灯があるだけだ。少し進むと、線路は左方向に大きく曲がっていた。僕はリュックサックから懐中電灯を取り出した。
太陽の光が完全に遮られて、真っ暗になった。親指でボタンを押して、ライトを点けた。
そのとき地震が起こった。
立っていられないほどの大地震だった。うずくまり、縦揺れと横揺れに耐えた。上からコンクリートや岩石が降ってきて、この世の終わりのような落下音を立てた。
かなり長い揺れだった。体感時間では無限のよう。だが、せいぜい数分だったはずだ。揺れが止んだ。
老朽化していたトンネルは崩落した。
幸い押しつぶされることはなく、即死はまぬがれたが、前後をがれきでふさがれた。
ひとり旅なので、誰も僕がここにいることを知らない。
水分はペットボトルに残りわずか。食料はチョコレート一枚だけ。
これは助からない、と覚悟した。
生き残るために多少の努力はした。
進路をふさぐコンクリートや岩石をどかそうとしたが、巨大なものが積み重なっていて、無理だった。
こんなところで、人知れず僕の人生は終わるのだ。
廃線路を長距離歩いていたので、地震が来る前から疲れて、のどが渇いていた。
最後の水を飲み、チョコレートを食べた。
寒い。
僕はポケットに手を入れた。
スマホに触れた。
もしやと思って見てみたが、圏外だった。
通信もできない。
長い時間、僕は膝をかかえて座っていた。
数時間か、半日か、一日か。腕時計は割れ、壊れてしまった。太陽も月も星も見えず、経過した時間がよくわからなかった。
電池が切れて、懐中電灯の明かりが消えると、僕は世界中から切り離されてしまったような気分になった。
だが、僕を絶望から救ったかすかな光があった。
とても暗いが、ほのかに明滅する明かりがある。
蛍か夜光虫みたいな生き物が十匹くらいいて、ちらちらと光りながら飛んでいる。
これが僕が今生で見る最後の光景なのだ。
ちょっと幻想的で、悪くない。
トンネルの向こうへ行きたかった。
美しい棚田があると聞いていた。
トンネルは埋まり、もうそこへ行くことはできない。
僕は廃墟マニアだった。
滅びているものに心惹かれる。
だが、完全に枯れて遺跡になってしまったものに興味はなかった。
壊れて朽ちる過程にあるが、まだ乾涸びてはいない生の残存が感じられるような廃墟が好きだった。
たとえば、荒んだ廃屋の中の埃のたまった本棚に漫画本が並んでいたりすると、かつて人が住んでいたことが感じられて、心が震える。漫画を読んでいた少年が確かにここにいたが、いまはどこかへ消え去っている。
なぜそんなものが好きなのか、説明できない。
無理に説明しようとして、おまえの趣味は理解できないと言われたことがある。
高校時代から数え切れないほど廃村や廃工場、廃鉱山、廃病院、廃ホテルをめざして旅した。
就職後は給料をつぎ込んで遠征し、廃墟を巡った。
廃墟は基本的に危険なところだ。
命を落とした人も少なくない。
僕はそれを百も承知で旅していた。
軍艦島? そんなところは初心者が行くところだよ、と思っていたときもある。高慢だったな。
廃線路のトンネルで死ぬ。
僕にふさわしい死に場所かな。
山男が冬山で死ぬように、僕は廃トンネルで死ぬ。
目をつむって、眠った。
もう起きなくていいと思っていたけれど、目が覚めた。
僕は遺書を書こうと思い立った。
あなたが読んでいるこれだ。
スマホのメモ機能を利用して書いている。
僕には身寄りがない。
児童養護施設で育った。
高校卒業と共にそこを出て、食品工場で働いた。干物をつくるのが仕事だった。
干物なんて大嫌いだ。臭いも見た目も嫌いだ。
僕はこのトンネルで干物になる。
笑える。いや、笑えないのかな。
どっちでもいい。
友だちも恋人もいない。
僕の死を悲しんでくれるような人はいない。
だから、この遺書に宛て先はない。
余震があった。本震並みに大きな揺れで、今度こそ押しつぶされるかと思って怖かった。
でもこの余震は奇跡で、福音だったのだ。岩石がずれて、棚田のある方向から光が漏れてきた。
それはしっかりとした明かりで、ちらちらと見えていた虫かなにかの明滅を吹き飛ばした。
僕はその光に向かっていくことにした。
もしかしたら干物にならずにすむかもしれない。
いつかはわからないが、必ず終わる。
死が訪れる。
すぐ目の前にその終点があったのに、気づかなかった。
僕は遭難した。
まだ二十六歳だ。
終わりがあるとわかっていたけれど、それはまだまだ先のことだと思っていた。
ローカル線の廃線路を歩いていた。
進行方向の右には、光り輝くエメラルドグリーンの海。左には、新緑が眩しい山。
死とはかけ離れた生命にあふれた風景が広がっていた。
しかし廃線は隠しようもないほど朽ちていた。
鉄のレールは錆び、枕木は苔むし、雑草がバラストを押しのけて生えていた。
その線路は死んでいた。
僕はそういうものに、なぜか惹きつけられる。
廃線のトンネルに入った。もちろん照明なんてない。ところどころに割れた隧道灯があるだけだ。少し進むと、線路は左方向に大きく曲がっていた。僕はリュックサックから懐中電灯を取り出した。
太陽の光が完全に遮られて、真っ暗になった。親指でボタンを押して、ライトを点けた。
そのとき地震が起こった。
立っていられないほどの大地震だった。うずくまり、縦揺れと横揺れに耐えた。上からコンクリートや岩石が降ってきて、この世の終わりのような落下音を立てた。
かなり長い揺れだった。体感時間では無限のよう。だが、せいぜい数分だったはずだ。揺れが止んだ。
老朽化していたトンネルは崩落した。
幸い押しつぶされることはなく、即死はまぬがれたが、前後をがれきでふさがれた。
ひとり旅なので、誰も僕がここにいることを知らない。
水分はペットボトルに残りわずか。食料はチョコレート一枚だけ。
これは助からない、と覚悟した。
生き残るために多少の努力はした。
進路をふさぐコンクリートや岩石をどかそうとしたが、巨大なものが積み重なっていて、無理だった。
こんなところで、人知れず僕の人生は終わるのだ。
廃線路を長距離歩いていたので、地震が来る前から疲れて、のどが渇いていた。
最後の水を飲み、チョコレートを食べた。
寒い。
僕はポケットに手を入れた。
スマホに触れた。
もしやと思って見てみたが、圏外だった。
通信もできない。
長い時間、僕は膝をかかえて座っていた。
数時間か、半日か、一日か。腕時計は割れ、壊れてしまった。太陽も月も星も見えず、経過した時間がよくわからなかった。
電池が切れて、懐中電灯の明かりが消えると、僕は世界中から切り離されてしまったような気分になった。
だが、僕を絶望から救ったかすかな光があった。
とても暗いが、ほのかに明滅する明かりがある。
蛍か夜光虫みたいな生き物が十匹くらいいて、ちらちらと光りながら飛んでいる。
これが僕が今生で見る最後の光景なのだ。
ちょっと幻想的で、悪くない。
トンネルの向こうへ行きたかった。
美しい棚田があると聞いていた。
トンネルは埋まり、もうそこへ行くことはできない。
僕は廃墟マニアだった。
滅びているものに心惹かれる。
だが、完全に枯れて遺跡になってしまったものに興味はなかった。
壊れて朽ちる過程にあるが、まだ乾涸びてはいない生の残存が感じられるような廃墟が好きだった。
たとえば、荒んだ廃屋の中の埃のたまった本棚に漫画本が並んでいたりすると、かつて人が住んでいたことが感じられて、心が震える。漫画を読んでいた少年が確かにここにいたが、いまはどこかへ消え去っている。
なぜそんなものが好きなのか、説明できない。
無理に説明しようとして、おまえの趣味は理解できないと言われたことがある。
高校時代から数え切れないほど廃村や廃工場、廃鉱山、廃病院、廃ホテルをめざして旅した。
就職後は給料をつぎ込んで遠征し、廃墟を巡った。
廃墟は基本的に危険なところだ。
命を落とした人も少なくない。
僕はそれを百も承知で旅していた。
軍艦島? そんなところは初心者が行くところだよ、と思っていたときもある。高慢だったな。
廃線路のトンネルで死ぬ。
僕にふさわしい死に場所かな。
山男が冬山で死ぬように、僕は廃トンネルで死ぬ。
目をつむって、眠った。
もう起きなくていいと思っていたけれど、目が覚めた。
僕は遺書を書こうと思い立った。
あなたが読んでいるこれだ。
スマホのメモ機能を利用して書いている。
僕には身寄りがない。
児童養護施設で育った。
高校卒業と共にそこを出て、食品工場で働いた。干物をつくるのが仕事だった。
干物なんて大嫌いだ。臭いも見た目も嫌いだ。
僕はこのトンネルで干物になる。
笑える。いや、笑えないのかな。
どっちでもいい。
友だちも恋人もいない。
僕の死を悲しんでくれるような人はいない。
だから、この遺書に宛て先はない。
余震があった。本震並みに大きな揺れで、今度こそ押しつぶされるかと思って怖かった。
でもこの余震は奇跡で、福音だったのだ。岩石がずれて、棚田のある方向から光が漏れてきた。
それはしっかりとした明かりで、ちらちらと見えていた虫かなにかの明滅を吹き飛ばした。
僕はその光に向かっていくことにした。
もしかしたら干物にならずにすむかもしれない。
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