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樹子ラプソディ
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樹子は目覚まし時計のベルで目を覚ました。
水曜日の午前7時ちょうど。
彼女がリビングに行くと、父と母が出かけようとしているところだった。
樹子の父は大手製薬会社に勤めている。毎日忙しい。
母はその会社に付属している研究所の研究員だ。同じく忙しい。
ふたりとも朝早く出勤し、夜遅くに帰ってくる。
「おはよう、父さんはもう出かけるよ」
「おはよう、樹子。ごめんなさいね、毎日ゆっくりお話もできなくて。高校で何か問題はない?」
「ないよ、母さん。新しく友だちもできた。未来から来た未来人なんだ」
「何それ? 母さんは、あなたの冗談がよくわからないわ。はい、今日のお小遣い」
母は樹子に2千円を渡した。
「未来人は1か月のお小遣いが1万円だって言ってた」
「何それ。少な過ぎるわね。いってきます」
「いってらっしゃい、父さん、母さん」
樹子は玄関で両親を見送った。
ふたりが出かけてしまうと、彼女はリビングにあるラジカセにカセットテープをセットし、プレイボタンを押した。スピーカーから大音量でYMOの『テクノポリス』が流れ出した。樹子が好きな曲ばかりを録音したテープだった。
「1日2千円が多過ぎるんだっつーの!」と彼女は音楽に負けないような大声で叫んだ。
樹子はひとりで牛乳とゆで卵とトーストの朝ごはんを食べた。
ラジカセは『中国女』や『東風』を流した。
食べ終わったときは『ジ・エンド・オブ・エイジア』が鳴っていた。みらいが好きだと言った曲が、樹子も好きだった。
午前8時に家を出た。学校まで速歩で20分だ。
彼女は颯爽と歩いて、通学している。
教室の扉の前でみらいと出会った。外進生の親友は今朝も花のように笑っていた。
「おはよう!」
「おはよう、未来人。ご機嫌はいかが?」
「最高だよ、樹子」
「それはよかった。あたしも朝から未来人の笑顔が見られて最高よ!」
ふたりは教室の中に入り、席についた。出席番号20番の樹子は21番のみらいの前の席だ。
朝のホームルームで担任教師の小川が「みんなもう知っているだろうが、今月の最後の週に中間テストが行われる。しっかりと試験範囲の勉強をしておけよ」と言った。それ、昨日も聞いたわ、と樹子は思った。
1時限目は世界史の授業だった。社会科はホームルームクラスで行われる。みらいが一緒にいると思うと、樹子は妙に安心するのだった。
しかし、世界史の教師、田中大介は評判の悪い男だった。暴力教師、と呼ばれている。
田中はみらいがあくびをしているのを見つけ、「おらあ、高瀬、あくびしてんじゃねえよ!」と叫んで、教壇をバンッと激しく叩いた。
「す、すみません」と怯えた声でみらいが答えた。
「すみませんじゃねえよ。おれの授業中にあくびなんかしやがって! たるんでるんじゃねえのか、おい!」
「はい! いいえ、たるんでいません」
「はいかいいえかどっちなんだ! はっきりしろ!」
「は、はい!」
「それはたるんでるってことか? たるんでいるのか、高瀬!」
「……!」
みらいは怯えて、答えられなくなっていた。
「こらあ、黙ってちゃわからねえだろうが!」
樹子が立ち上がった。
「田中先生、高瀬さんはたるんでなんかいません。真面目な生徒です」
「真面目な生徒はあくびなんかしねえんだよ!」
「真面目な生徒でもあくびをすることがあります」
「口答えすんじゃねえよ!」
田中はつかつかと樹子の机の前に歩いてきて、ドン、とその机を叩いた。
樹子は田中の目を睨んだ。
「ふんっ! 高瀬、二度とあくびをするな! 園田、無事に卒業したかったら、態度に気をつけろ!」
彼女は無言で座った。
授業後、樹子はみらいから「ありがとう、樹子! 怖かったよ! 樹子が白馬の王子様に見えたよ!」と感謝された。
「田中には気をつけなさい」
「わかったよ、樹子~っ!」
みらいは樹子に抱きついた。彼女は頼られているようで、悪い気はしなかった。
昼休み、樹子はみらいと学生食堂へ行き、アジフライ定食を食べた。みらいはカレーライスを食べていた。
「またカレー?」
「安くて美味しいんだよ。これを食べていれば、お小遣いはなくならない」
樹子は微かに胸に痛みを感じた。定食はカレーライスの2倍の金額だ。
放課後、樹子はみらい、ヨイチ、良彦と連れ立って、文芸部室へ行った。
みらいが部室の本棚を見ているとき、「歌詞を書いてよ」と樹子は言った。
「うん。わかった」
みらいは素直に従い、本棚を見るのをやめて、原稿用紙を持ち、椅子に座った。そして、世界史の教科書を鞄から出した。
「未来人、世界史の勉強なんかするの?」
「勉強じゃないよ。『世界史の歌』というタイトルの詞を書こうと思っているんだ。今日、田中先生に睨まれているとき、思いついたんだよ」
「あきれた人ね。あのとき、そんなことを考える余裕があったの?」
「余裕なんかないよ。でもなんか、ぱっと『世界史の歌』というタイトルが浮かんだんだよ」
たいしたやつだ、と樹子は思った。
みらいがさらさらと歌詞を書くのを、バンドマスターはやさしく見守っていた。
水曜日の午前7時ちょうど。
彼女がリビングに行くと、父と母が出かけようとしているところだった。
樹子の父は大手製薬会社に勤めている。毎日忙しい。
母はその会社に付属している研究所の研究員だ。同じく忙しい。
ふたりとも朝早く出勤し、夜遅くに帰ってくる。
「おはよう、父さんはもう出かけるよ」
「おはよう、樹子。ごめんなさいね、毎日ゆっくりお話もできなくて。高校で何か問題はない?」
「ないよ、母さん。新しく友だちもできた。未来から来た未来人なんだ」
「何それ? 母さんは、あなたの冗談がよくわからないわ。はい、今日のお小遣い」
母は樹子に2千円を渡した。
「未来人は1か月のお小遣いが1万円だって言ってた」
「何それ。少な過ぎるわね。いってきます」
「いってらっしゃい、父さん、母さん」
樹子は玄関で両親を見送った。
ふたりが出かけてしまうと、彼女はリビングにあるラジカセにカセットテープをセットし、プレイボタンを押した。スピーカーから大音量でYMOの『テクノポリス』が流れ出した。樹子が好きな曲ばかりを録音したテープだった。
「1日2千円が多過ぎるんだっつーの!」と彼女は音楽に負けないような大声で叫んだ。
樹子はひとりで牛乳とゆで卵とトーストの朝ごはんを食べた。
ラジカセは『中国女』や『東風』を流した。
食べ終わったときは『ジ・エンド・オブ・エイジア』が鳴っていた。みらいが好きだと言った曲が、樹子も好きだった。
午前8時に家を出た。学校まで速歩で20分だ。
彼女は颯爽と歩いて、通学している。
教室の扉の前でみらいと出会った。外進生の親友は今朝も花のように笑っていた。
「おはよう!」
「おはよう、未来人。ご機嫌はいかが?」
「最高だよ、樹子」
「それはよかった。あたしも朝から未来人の笑顔が見られて最高よ!」
ふたりは教室の中に入り、席についた。出席番号20番の樹子は21番のみらいの前の席だ。
朝のホームルームで担任教師の小川が「みんなもう知っているだろうが、今月の最後の週に中間テストが行われる。しっかりと試験範囲の勉強をしておけよ」と言った。それ、昨日も聞いたわ、と樹子は思った。
1時限目は世界史の授業だった。社会科はホームルームクラスで行われる。みらいが一緒にいると思うと、樹子は妙に安心するのだった。
しかし、世界史の教師、田中大介は評判の悪い男だった。暴力教師、と呼ばれている。
田中はみらいがあくびをしているのを見つけ、「おらあ、高瀬、あくびしてんじゃねえよ!」と叫んで、教壇をバンッと激しく叩いた。
「す、すみません」と怯えた声でみらいが答えた。
「すみませんじゃねえよ。おれの授業中にあくびなんかしやがって! たるんでるんじゃねえのか、おい!」
「はい! いいえ、たるんでいません」
「はいかいいえかどっちなんだ! はっきりしろ!」
「は、はい!」
「それはたるんでるってことか? たるんでいるのか、高瀬!」
「……!」
みらいは怯えて、答えられなくなっていた。
「こらあ、黙ってちゃわからねえだろうが!」
樹子が立ち上がった。
「田中先生、高瀬さんはたるんでなんかいません。真面目な生徒です」
「真面目な生徒はあくびなんかしねえんだよ!」
「真面目な生徒でもあくびをすることがあります」
「口答えすんじゃねえよ!」
田中はつかつかと樹子の机の前に歩いてきて、ドン、とその机を叩いた。
樹子は田中の目を睨んだ。
「ふんっ! 高瀬、二度とあくびをするな! 園田、無事に卒業したかったら、態度に気をつけろ!」
彼女は無言で座った。
授業後、樹子はみらいから「ありがとう、樹子! 怖かったよ! 樹子が白馬の王子様に見えたよ!」と感謝された。
「田中には気をつけなさい」
「わかったよ、樹子~っ!」
みらいは樹子に抱きついた。彼女は頼られているようで、悪い気はしなかった。
昼休み、樹子はみらいと学生食堂へ行き、アジフライ定食を食べた。みらいはカレーライスを食べていた。
「またカレー?」
「安くて美味しいんだよ。これを食べていれば、お小遣いはなくならない」
樹子は微かに胸に痛みを感じた。定食はカレーライスの2倍の金額だ。
放課後、樹子はみらい、ヨイチ、良彦と連れ立って、文芸部室へ行った。
みらいが部室の本棚を見ているとき、「歌詞を書いてよ」と樹子は言った。
「うん。わかった」
みらいは素直に従い、本棚を見るのをやめて、原稿用紙を持ち、椅子に座った。そして、世界史の教科書を鞄から出した。
「未来人、世界史の勉強なんかするの?」
「勉強じゃないよ。『世界史の歌』というタイトルの詞を書こうと思っているんだ。今日、田中先生に睨まれているとき、思いついたんだよ」
「あきれた人ね。あのとき、そんなことを考える余裕があったの?」
「余裕なんかないよ。でもなんか、ぱっと『世界史の歌』というタイトルが浮かんだんだよ」
たいしたやつだ、と樹子は思った。
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