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カオスポップ
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土曜日の夜、ぬるいお風呂に入りながら、樹子はバンド若草物語のコンセプトについて考えていた。
YMOは「黄色魔術」というコンセプトを打ち出して成功した。コンピュータを使ってミュージシャンの身体性を消し、純粋なイマジネーションの力で、黒人音楽などが持つ肉体的なビートに対抗したのだ。
樹子はYMOに憧れていたが、その音楽を真似することはできないとわかっていた。タンスとも呼ばれることがある大型シンセサイザー「モーグⅢ-c」は400万円もするらしい。とうてい買えない。
アナログシンセサイザー「シーケンシャル・サーキット・プロフェット5」は50万円、「ポリモーグ」は165万円もする。「アープ・オデッセイ」は8万円で、かろうじて購入可能だが、それだけではYMOみたいな音楽はつくれない。
明るく親しみやすいメロディと奇妙な歌詞を持ったロックをやろう、というのが樹子がたどり着いた結論だった。ヨイチのキャッチーなフレーズとみらいがつくる奇抜な詞が魅力になってくれるだろう。
「カオスポップ」と彼女はお風呂でつぶやいた。
日曜日の午前9時、若草物語のメンバーが揃ったとき、樹子はそのコンセプトを伝えた。
「あたしたちがやる音楽は『カオスポップ』よ!」
「『カオスポップ』? なんだそれは?」
「明るく親しみやすいメロディと奇妙な歌詞を持ったロックよ。ヨイチにはキャッチーなメロディをつくる才能がある。それは多くの人に親しまれると思う。歌詞は突飛さを売りにしていく。親しみやすくなくていいわ。未来人の変な個性の歌詞を採用していく」
「わたしの個性は変なの?」
「変だ」
「変だね」
「ガーン!」
みらいは樹子の部屋で尻もちをついた。
「要するに、おれのメロディと未来人の詞を使うってことだな?」
「そうだけど、これからは明確に『カオスポップ』というコンセプトとあたしたちの個性を意識してほしい。ヨイチは大衆に親しまれるメロディを追求し、未来人は大衆にあきれられる歌詞を追求して!」
「あきれられる……?」
みらいは脱力して、立ち上がることができなかった。
「コンセプトはそれでいいんじゃない? さあ、勉強を始めよう」
良彦はマイペースだった。
みらいはあまり勉強に集中できなかった。
「もうすぐ中間試験だよ。がんばって!」
みらいは「中間試験」という言葉を聞いて、「ヤバい! クラスで5位以内に入らないと音楽ができない!」と叫び、気を入れ直した。
昼食は「町中華に行こう! あたしは中華丼が食べたい気分なの!」という樹子の主張に従って、あざみ原駅前の『珍来軒』へ行った。
メニューを見て、樹子はニラ玉丼に注文を変えた。
中華丼はみらいが頼んだ。
ヨイチはチャーハン大盛りを注文し、良彦は冷やし中華を頼んだ。
「もう冷やし中華を食べるのか? 夏のメニューだぜ!」
「冷やし中華は1年中美味しいよ」
「良彦くんに賛成!」
「あたしはいちおうヨイチに賛成しておくわ」
「2対2で引き分けだが、こっちの意見は弱いな。いちおうか……」
「いちおうよ」
樹子はにんまりと笑い、ヨイチは苦笑いをした。
どちらも強気な彼氏彼女だが、最近は彼女の方が押している。樹子はヨイチにフラれたら、未来人をパートナーにしようと思っていた。高瀬みらいは淀川与一よりも楽しいおもちゃになりそうだ。
食後は樹子の部屋に戻り、2時間ほど音楽をやった。『わかんない』と『世界史の歌』と『We love 両生類』を練習した。
編曲はより洗練され、演奏は息が合ってきた。みらいの歌は可憐で美しく、樹子、ヨイチ、良彦の演奏レベルは高校生としては高かった。
樹子はもっと練習をつづけたかったが、ヨイチが「麻雀をやろう!」と言い出し、みらいが「麻雀を覚えたい!」と賛同して、折れざるを得なかった。良彦はどちらでもよいみたいだった。
ヨイチはいちおう麻雀のルールと役を知っていたが、点棒計算は曖昧だった。良彦も同レベルだった。樹子はおおまかなルールを知っていたが、役は半分ぐらいしか知らなかった。みらいは完全なる初心者だった。
「未来人、トランプの『セブンブリッジ』を知っているか?」
「知ってる! 3枚を同じ数字で揃えたり、同じスートの並び番号にしたりするやつだよね?」
「そうだ。あれを複雑にしたゲームが麻雀だ。やりながら覚えろ」
樹子が父親から麻雀牌を借りてきた。
こたつ机の上に牌を広げ、積み始めた。みらいは見よう見まねで積んだ。13枚ずつ牌を取る。最初の親になったヨイチだけが14枚。
「いいか未来人、麻雀は基本、混一色をつくるゲームだ。あわよくば清一色をめざせ」
「みらいちゃん、麻雀は基本、ピンフかヤンヤオをつくるゲームだよ。テンパイしたら、積極的にリーチしていこうね」
「うん! とにかくやってみる!」
最初のゲームで1位になったのは、まさかのみらいだった。彼女は混一色をめざしているつもりで、最強の役のひとつ、大三元をあがったのだ。ヨイチは振り込んで、最下位に沈んだ。
みらいは運を持っている、と樹子は確信した。
YMOは「黄色魔術」というコンセプトを打ち出して成功した。コンピュータを使ってミュージシャンの身体性を消し、純粋なイマジネーションの力で、黒人音楽などが持つ肉体的なビートに対抗したのだ。
樹子はYMOに憧れていたが、その音楽を真似することはできないとわかっていた。タンスとも呼ばれることがある大型シンセサイザー「モーグⅢ-c」は400万円もするらしい。とうてい買えない。
アナログシンセサイザー「シーケンシャル・サーキット・プロフェット5」は50万円、「ポリモーグ」は165万円もする。「アープ・オデッセイ」は8万円で、かろうじて購入可能だが、それだけではYMOみたいな音楽はつくれない。
明るく親しみやすいメロディと奇妙な歌詞を持ったロックをやろう、というのが樹子がたどり着いた結論だった。ヨイチのキャッチーなフレーズとみらいがつくる奇抜な詞が魅力になってくれるだろう。
「カオスポップ」と彼女はお風呂でつぶやいた。
日曜日の午前9時、若草物語のメンバーが揃ったとき、樹子はそのコンセプトを伝えた。
「あたしたちがやる音楽は『カオスポップ』よ!」
「『カオスポップ』? なんだそれは?」
「明るく親しみやすいメロディと奇妙な歌詞を持ったロックよ。ヨイチにはキャッチーなメロディをつくる才能がある。それは多くの人に親しまれると思う。歌詞は突飛さを売りにしていく。親しみやすくなくていいわ。未来人の変な個性の歌詞を採用していく」
「わたしの個性は変なの?」
「変だ」
「変だね」
「ガーン!」
みらいは樹子の部屋で尻もちをついた。
「要するに、おれのメロディと未来人の詞を使うってことだな?」
「そうだけど、これからは明確に『カオスポップ』というコンセプトとあたしたちの個性を意識してほしい。ヨイチは大衆に親しまれるメロディを追求し、未来人は大衆にあきれられる歌詞を追求して!」
「あきれられる……?」
みらいは脱力して、立ち上がることができなかった。
「コンセプトはそれでいいんじゃない? さあ、勉強を始めよう」
良彦はマイペースだった。
みらいはあまり勉強に集中できなかった。
「もうすぐ中間試験だよ。がんばって!」
みらいは「中間試験」という言葉を聞いて、「ヤバい! クラスで5位以内に入らないと音楽ができない!」と叫び、気を入れ直した。
昼食は「町中華に行こう! あたしは中華丼が食べたい気分なの!」という樹子の主張に従って、あざみ原駅前の『珍来軒』へ行った。
メニューを見て、樹子はニラ玉丼に注文を変えた。
中華丼はみらいが頼んだ。
ヨイチはチャーハン大盛りを注文し、良彦は冷やし中華を頼んだ。
「もう冷やし中華を食べるのか? 夏のメニューだぜ!」
「冷やし中華は1年中美味しいよ」
「良彦くんに賛成!」
「あたしはいちおうヨイチに賛成しておくわ」
「2対2で引き分けだが、こっちの意見は弱いな。いちおうか……」
「いちおうよ」
樹子はにんまりと笑い、ヨイチは苦笑いをした。
どちらも強気な彼氏彼女だが、最近は彼女の方が押している。樹子はヨイチにフラれたら、未来人をパートナーにしようと思っていた。高瀬みらいは淀川与一よりも楽しいおもちゃになりそうだ。
食後は樹子の部屋に戻り、2時間ほど音楽をやった。『わかんない』と『世界史の歌』と『We love 両生類』を練習した。
編曲はより洗練され、演奏は息が合ってきた。みらいの歌は可憐で美しく、樹子、ヨイチ、良彦の演奏レベルは高校生としては高かった。
樹子はもっと練習をつづけたかったが、ヨイチが「麻雀をやろう!」と言い出し、みらいが「麻雀を覚えたい!」と賛同して、折れざるを得なかった。良彦はどちらでもよいみたいだった。
ヨイチはいちおう麻雀のルールと役を知っていたが、点棒計算は曖昧だった。良彦も同レベルだった。樹子はおおまかなルールを知っていたが、役は半分ぐらいしか知らなかった。みらいは完全なる初心者だった。
「未来人、トランプの『セブンブリッジ』を知っているか?」
「知ってる! 3枚を同じ数字で揃えたり、同じスートの並び番号にしたりするやつだよね?」
「そうだ。あれを複雑にしたゲームが麻雀だ。やりながら覚えろ」
樹子が父親から麻雀牌を借りてきた。
こたつ机の上に牌を広げ、積み始めた。みらいは見よう見まねで積んだ。13枚ずつ牌を取る。最初の親になったヨイチだけが14枚。
「いいか未来人、麻雀は基本、混一色をつくるゲームだ。あわよくば清一色をめざせ」
「みらいちゃん、麻雀は基本、ピンフかヤンヤオをつくるゲームだよ。テンパイしたら、積極的にリーチしていこうね」
「うん! とにかくやってみる!」
最初のゲームで1位になったのは、まさかのみらいだった。彼女は混一色をめざしているつもりで、最強の役のひとつ、大三元をあがったのだ。ヨイチは振り込んで、最下位に沈んだ。
みらいは運を持っている、と樹子は確信した。
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