バンド若草物語の軌跡

みらいつりびと

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初ライブ前日

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「来ねえな、未来人」とヨイチがつぶやいた。
 日曜日の午前9時、樹子の部屋には彼女の他にヨイチ、良彦、すみれの姿があった。みらいはいなかった。
 9時20分になって、ドアホンがピンポーンと鳴った。
 樹子が玄関に向かって駆けた。扉を開けると、目を赤くしたみらいが立っていた。
「遅れてごめんなさい。昨日よく眠れなくて、明け方にやっと眠れて、寝坊しちゃった」
「いいのよ。そんなこと気にしないで。さあ、入って」
 ふたりは階段をのぼり、樹子の部屋に入った。
 ヨイチと良彦の表情には心配そうな色があり、すみれの顔には多少の怒気があった。
「遅いわよ、みらいちゃん! 明日は大事な初ライブなのよ!」とすみれが叫んだ。
「ごめんなさい……」 
 みらいは頭を下げた。
「原田、その言い方はやめろ……!」
 ヨイチが低い声で言った。鋭いナイフのような迫力が秘められていて、すみれはひっ、と喉を鳴らした。
 若草物語のギタリストは一転して笑顔になり、「練習しようぜ」と言った。
「ええ、そうしましょう。『We love 両生類』からやりましょうか。あたし、あの歌が一番好きなのよ」
 彼らは演奏の準備をした。
 イントロが始まり、みらいが歌った。その歌にはいつもの冴えがなかった。力がなく、誰の心にも響かなかった。
 マズいな、と樹子は思った。どうすればいいの?
 すみれは不機嫌そうに押し黙った。
「なあ、明日は盛大に失敗しようぜ」とヨイチが言った。
「失敗……?」
「ああ。なんかおれ、成功するかもって思ってた。未来人の書く詞はおもしれえし、おれもまあまあいい曲をつくれたから、もしかしたら、受けるんじゃないかと思ってたんだ。でもさ、おれたちみたいな素人の曲が聴いてもらえるわけないじゃん。青春の思い出にどかーんと失敗しようぜ!」
「それいいわね。どかーんと失敗しましょう! 青春の思い出に!」
「きみたちはバカだなあ。つきあうよ、失敗に」
 みらいは憑き物が落ちたような顔をした。
「失敗していいの……?」
「いいに決まってるだろ。おれたちはプロじゃない」
 すみれはふっと笑った。こういうやつらなのか、と思った。
「しょうがないなあ。私も失敗につきあうわ。チンドン屋になったつもりで、パーカッションを鳴らすわよ!」
 みらいは花のように笑った。
「そっか。失敗しよう!」
「よーし、失敗の練習をしようぜ!」
 彼らはオリジナル曲の練習をした。奇妙な歌詞とポップなメロディを持つ5曲。  
 みらいは調子を取り戻し、楽しそうに歌った。
 本当に失敗してもいいや、と樹子は腹をくくった。
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