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陳宮公台
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陳宮公台の生年は不詳。兗州東郡東武陽県生まれ。
陳氏は、地元では有力な家系だった。高名な学者や武将が家に宿泊することも多かった。陳宮はそれらの人々と積極的に交流した。
陳宮は荀彧より早くから、曹操に仕えていた。
彼は、兗州刺史劉岱の戦死の機をとらえて、曹操に提言した。
「覇王の業をなすために、兗州を取るべきです」
陳宮は曹操を天下人にしたいという意志を持ち、その軍師になりたいと希望していた。
ところが、曹操に軍師は必要ない。
彼自身が高い戦略戦術の能力を持ち、必要なのは相談役、実務能力者で、せいぜい他の視点からの提言者程度のものであった。
陳宮は、彼の策を使ってくれる主が欲しい。彼の自己表現の道具としての旗頭が必要なのであって、頭領自らが創造性を発揮するようでは困るのである。
おまけに曹操は、荀彧、鍾繇、郭嘉、程立など、軍師級の人物を次々と召し抱えて、それを贅沢にも参謀や官僚として使っている。この状況では、陳宮は参謀のひとりとして埋没してしまう。
陳宮は必ずしも曹操を裏切るつもりはなかった。が、彼から離れて、別の主のもとで自分の計略を実現したいと考え始めていた。
そんなとき、曹操が徐州を滅ぼすなどという妄言を口にして、軍主力を連れて兗州から徐州へ行ってしまった。
陳宮は壮大な反逆の絵を描くことにした。絵が現実になれば、今度こそ軍師になれる。
「曹操様は徐州で人民大虐殺をしようとしています。これをどう思いますか」
陳宮は人払いをしてもらってから、陳留郡太守の張邈にたずねた。
「よくない。曹操は天下の輿望を失うであろう」
「私は曹操様が劉邦のごとき人だと思って仕えてきましたが、どうもそうではないようです。いまの天下に劉邦は見当たらない。しかし、項羽ならいます」
「誰だ?」
「呂布奉先様です。呂布様を押し立てて覇王になっていただけば、我らは三公になれるでしょう」
呂布は李傕と郭汜の軍に敗れて長安から脱出した後、放浪の将となり、一時は張邈のもとにいたこともある。
「項羽は天下を取れなかったが」
「軍師がいなかったからですよ。私は呂布様を項羽以上にしてみせます」
「……あの男があなたの手のひらの上で踊るようなら、加わってもよい」
張邈は悩みに悩んでから言った。
言質を取った、と陳宮は思った。
その頃呂布は、司隷河内郡太守の張楊のもとに身を寄せていた。
陳宮は呂布に宛てて手紙を書いた。
呂布奉先様
兗州牧の曹操が、私怨で軍を動かし、徐州の無辜の民を虐殺しようとしています。
これを食い止める正義の軍が必要です。
誰かが兗州を取り、曹操の残虐行為を阻止しなければなりません。
呂布将軍は手勢を率い、陳留郡へおいでください。
あなた様は客将で終わる方ではなく、その程度で終わってはならないのです。
張邈孟卓とこの陳宮が覇業のお手伝いをいたします。
正義の軍を率い、天下に平和をもたらしてくださいませ。
陳宮公台
この手紙が曹操の手に落ちたら、陳宮の首は胴体から離れることになる。
だが、陰謀に危険は付き物である。
その程度の賭けはできる度胸が、陳宮にはある。
手紙は首尾よく呂布に届いた。
陳宮とは何者だ、と彼は思ったが、手紙の内容には興味を持った。
もとより張楊の客程度で終わるつもりはない。機会を待っていたにすぎない。
その機会が来たようだ。
呂布は、洛陽にいた頃からの中核部隊と言うべき騎兵五百騎を率いて、陳留郡へと駆けた。
彼は董卓から与えられた名馬赤兎に乗っている。
陳宮は裏切ると決めた日から、張邈の根拠地陳留郡に滞在している。
すでに東武陽県の陳氏、張邈の故郷東平郡の豪族たち、張邈の弟の江陵郡太守張超、従事中郎の王楷、許汜などを味方につけている。
呂布が着きしだい、反乱の火の手を上げられるよう準備を整えていた。
赤兎馬に乗った猛将呂布が来た。
「将軍の到着をお待ちしていました」
「そなたが陳宮か」
陳宮はうなずいた。
「あなた様に天下を統一していただきたいのです」
「戦う準備ならできている。おれは曹操と対決すればよいのか」
「その前に兗州を平らげてください。曹操の家来にも、手ごわい者が少々おります」
「誰でもよい。おれを戦わせてくれ」
呂布に戦略はない。
陳宮が思い描く絵のとおりに戦ってくれるであろう。
彼こそ、陳宮にとって理想の旗頭であった。
呂布と陳宮はすばやく行軍した。
軍勢は呂布の精鋭部隊五百騎のほか、張邈の配下にあった陳留郡の歩兵一万。
その頃、曹操は徐州で住民の大虐殺を現実のものとしていた。
彼が行くところ、阿鼻叫喚の巷となり、屍山血河が生じ、人間と家畜はことごとく死に絶えた。
たちまち十数城が落ち、その県は無人の荒野となり果てた。
曹操に容赦はなく、さながら魔王のようであった。
彼の軍勢は魔軍とならざるを得ない。
皆殺しの行進をつづけた。
曹操の評判は地に落ちた。
呂布の行く手をさえぎる者はいなかった。
曹操の根拠地中の根拠地である東郡を除き、すべての郡が呂布の手に落ちた。
陳宮の反乱は成功しつつあった。
呂布を兗州牧にかつぎあげた。
陳氏は、地元では有力な家系だった。高名な学者や武将が家に宿泊することも多かった。陳宮はそれらの人々と積極的に交流した。
陳宮は荀彧より早くから、曹操に仕えていた。
彼は、兗州刺史劉岱の戦死の機をとらえて、曹操に提言した。
「覇王の業をなすために、兗州を取るべきです」
陳宮は曹操を天下人にしたいという意志を持ち、その軍師になりたいと希望していた。
ところが、曹操に軍師は必要ない。
彼自身が高い戦略戦術の能力を持ち、必要なのは相談役、実務能力者で、せいぜい他の視点からの提言者程度のものであった。
陳宮は、彼の策を使ってくれる主が欲しい。彼の自己表現の道具としての旗頭が必要なのであって、頭領自らが創造性を発揮するようでは困るのである。
おまけに曹操は、荀彧、鍾繇、郭嘉、程立など、軍師級の人物を次々と召し抱えて、それを贅沢にも参謀や官僚として使っている。この状況では、陳宮は参謀のひとりとして埋没してしまう。
陳宮は必ずしも曹操を裏切るつもりはなかった。が、彼から離れて、別の主のもとで自分の計略を実現したいと考え始めていた。
そんなとき、曹操が徐州を滅ぼすなどという妄言を口にして、軍主力を連れて兗州から徐州へ行ってしまった。
陳宮は壮大な反逆の絵を描くことにした。絵が現実になれば、今度こそ軍師になれる。
「曹操様は徐州で人民大虐殺をしようとしています。これをどう思いますか」
陳宮は人払いをしてもらってから、陳留郡太守の張邈にたずねた。
「よくない。曹操は天下の輿望を失うであろう」
「私は曹操様が劉邦のごとき人だと思って仕えてきましたが、どうもそうではないようです。いまの天下に劉邦は見当たらない。しかし、項羽ならいます」
「誰だ?」
「呂布奉先様です。呂布様を押し立てて覇王になっていただけば、我らは三公になれるでしょう」
呂布は李傕と郭汜の軍に敗れて長安から脱出した後、放浪の将となり、一時は張邈のもとにいたこともある。
「項羽は天下を取れなかったが」
「軍師がいなかったからですよ。私は呂布様を項羽以上にしてみせます」
「……あの男があなたの手のひらの上で踊るようなら、加わってもよい」
張邈は悩みに悩んでから言った。
言質を取った、と陳宮は思った。
その頃呂布は、司隷河内郡太守の張楊のもとに身を寄せていた。
陳宮は呂布に宛てて手紙を書いた。
呂布奉先様
兗州牧の曹操が、私怨で軍を動かし、徐州の無辜の民を虐殺しようとしています。
これを食い止める正義の軍が必要です。
誰かが兗州を取り、曹操の残虐行為を阻止しなければなりません。
呂布将軍は手勢を率い、陳留郡へおいでください。
あなた様は客将で終わる方ではなく、その程度で終わってはならないのです。
張邈孟卓とこの陳宮が覇業のお手伝いをいたします。
正義の軍を率い、天下に平和をもたらしてくださいませ。
陳宮公台
この手紙が曹操の手に落ちたら、陳宮の首は胴体から離れることになる。
だが、陰謀に危険は付き物である。
その程度の賭けはできる度胸が、陳宮にはある。
手紙は首尾よく呂布に届いた。
陳宮とは何者だ、と彼は思ったが、手紙の内容には興味を持った。
もとより張楊の客程度で終わるつもりはない。機会を待っていたにすぎない。
その機会が来たようだ。
呂布は、洛陽にいた頃からの中核部隊と言うべき騎兵五百騎を率いて、陳留郡へと駆けた。
彼は董卓から与えられた名馬赤兎に乗っている。
陳宮は裏切ると決めた日から、張邈の根拠地陳留郡に滞在している。
すでに東武陽県の陳氏、張邈の故郷東平郡の豪族たち、張邈の弟の江陵郡太守張超、従事中郎の王楷、許汜などを味方につけている。
呂布が着きしだい、反乱の火の手を上げられるよう準備を整えていた。
赤兎馬に乗った猛将呂布が来た。
「将軍の到着をお待ちしていました」
「そなたが陳宮か」
陳宮はうなずいた。
「あなた様に天下を統一していただきたいのです」
「戦う準備ならできている。おれは曹操と対決すればよいのか」
「その前に兗州を平らげてください。曹操の家来にも、手ごわい者が少々おります」
「誰でもよい。おれを戦わせてくれ」
呂布に戦略はない。
陳宮が思い描く絵のとおりに戦ってくれるであろう。
彼こそ、陳宮にとって理想の旗頭であった。
呂布と陳宮はすばやく行軍した。
軍勢は呂布の精鋭部隊五百騎のほか、張邈の配下にあった陳留郡の歩兵一万。
その頃、曹操は徐州で住民の大虐殺を現実のものとしていた。
彼が行くところ、阿鼻叫喚の巷となり、屍山血河が生じ、人間と家畜はことごとく死に絶えた。
たちまち十数城が落ち、その県は無人の荒野となり果てた。
曹操に容赦はなく、さながら魔王のようであった。
彼の軍勢は魔軍とならざるを得ない。
皆殺しの行進をつづけた。
曹操の評判は地に落ちた。
呂布の行く手をさえぎる者はいなかった。
曹操の根拠地中の根拠地である東郡を除き、すべての郡が呂布の手に落ちた。
陳宮の反乱は成功しつつあった。
呂布を兗州牧にかつぎあげた。
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