劉禅が勝つ三国志

みらいつりびと

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漢中の日々

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 父へ向けた手紙を書いた。

 尊敬する父、劉備玄徳様。
 張魯殿を降伏させました。
 すべての将、すべての兵がよく働いてくれました。
 最大の功績は、魏延にあります。
 彼はほとんど兵を死なせることなく、南鄭城を落としました。
 次の功績は、龐統です。
 兵站を完全に任せることができ、なんの不安もなく、戦に集中することができました。
 第三の功績は、張飛です。
 もっとも手ごわいと思われた敵将張衛を討ちました。
 趙雲、法正もよくがんばってくれました。
 劉璋様から借り受けた将軍、孟達殿も堅実な戦いをしてくれました。
 いまは龐統、法正を中心にして、漢中郡全域の民政を整える仕事を進めております。
 張魯殿には五斗米道の教祖としての地位を保障しました。ただし、五斗の米のうち四斗は郡庫に納めさせ、軍事からは完全に手を引かせました。
 当分の間、漢中郡の内治に専念しようと考えております。
 以上、ご報告いたします。

 私はこの手紙を魏延に見せた。
「文長、この内容でよいですか」
「漢中郡を完全に平定したら、次は成都の攻略をめざします。そのことは書かなくてもよろしいのですか」
「万が一、そのようなことを書いた手紙が、劉璋様の手に落ちたらどうするのですか。それに、書かなくても、父は益州のことは考えておられると思います」
「そうですね、わかりました。最大の功績と書いてくださったこと、感謝します」
「文長の戦は見事でした。特に攻城兵器を使用したのは、よかったと思います。今後はさらに、兵器の研究に力を入れてください」
「承知しました」

 劉璋への手紙もしたためた。

 益州刺史、劉璋様。
 張魯を降伏させ、張衛を討ちました。
 漢中郡は敵対勢力ではなくなりました。
 しかし、長く張魯の支配地であったため、民はまだ動揺しております。
 私は当分の間、南鄭にとどまり、漢中の平定に努めたいと考えております。
 漢中郡の太守としての仕事を、任せてくださるようお願い申し上げます。
 益州の平和のために尽くしたいと思っております。

 この文面には嘘が混じっている。
 私は近いうちに、成都へ向かって進軍し、益州全土を支配したいと思っている。
 しかしそれはまだ、劉璋に知られてはならない。
 漢中郡の治安を安定させ、税収を南鄭に集め、漢中兵を調練する時間が必要だ。
 いましばらく、劉璋との同盟を維持しておかねばならない。
 私は父と劉璋あての手紙を使者に渡し、発送した。

 漢中郡を手中にし、兵力は膨れあがった。しかし、張衛を殺してしまったため、新たな将軍を得ることはできなかった。
 私は人材を欲した。
 漢中にも優秀な人がいるはずだ。
 私は張魯に会った。

「張魯殿、信徒たちに動揺はありませんか」
「劉禅様が略奪せず、善政を敷いてくださっているため、落ち着いています。私は信仰に集中することができて、かつてよりも充実した人生を送れていると感じています」
「それはよかった。ところで、私は漢中郡をよりよく治めるため、人材が欲しいのです。どなたか推薦してくださいませんか」
 張魯はしばらく考えてから答えた。
「私は王平を信頼し、南鄭城の守備を任せていました。私は平和を欲し、降伏を選びましたが、王平に戦えと命じたら、一年は籠城できたと思っております」
 王平。その名を聞いて、私は歓喜した。
 前世では、街亭の戦いで活躍した将軍である。馬謖は大敗したが、王平だけが善戦し、総崩れを防いだのだ。
「王平に会わせてください」

 魏延とともに、王平に会った。
 王平は小柄な中年男だが、筋肉質で目に力があった。
「王平殿、私は劉備の太子、劉禅です。こちらは、軍師の魏延」
「王平子均と申します」
 声は低く、背筋がまっすぐに伸びていた。
「王平殿、単刀直入にお願いします。私の配下で、将軍として働いてください」
「私は文字が読めないのです。将軍などつとまりません」
「文字など読めなくてもよいのです。あなたをひとめ見て、すぐれた軍人だとわかりました。私たち劉備軍は、漢の帝室のために戦います。どうか私たちを助けてください」
 王平は私の目を見た。私は目をそらさず、見つめ返した。
「わかりました。劉禅様にお仕えします。ただし、将軍ではなく、将校からやらせていただきたい」
 謙虚な男だ。私は王平を好きになった。
「文長、王平殿はこう言っています。どのように処遇すべきでしょうか」
「しばらく自分の下で働いてもらおうと思います。漢中兵の調練をしてもらい、いずれは一軍を指揮するようになってほしいですね」
「よいでしょう。王平殿、魏延の命に従ってください」
「はい」
 前世で、楊儀の先鋒となって魏延を討ったのは、実は王平である。
 彼は任務を遂行し、魏延を殺したのだ。
 そのような歴史をくり返すつもりはない。

 王平を配下にした。
 劉璋から借りている形の法正と孟達も、完全に部下にしたいと思った。
 南鄭城の城主室にふたりを呼び、酒を飲ませながら語り合った。
「法正殿、あなたの仕事に感謝しています。士元から、あなたのおかげで、漢中の内治が迅速に整っていると聞いています」
「私の手腕など、龐統殿の半分以下です」
「ご謙遜なさらなくてもよいのです。各県の役場に優秀な役人を配置し、漢中の人口を調査するなど、活躍されているそうではないですか」
「微力ですが」
 法正も謙虚である。そして堅実に仕事をする。私はこのような男が好きだった。

「孟達殿、張衛軍との戦いでは、よくやってくれました。あなたの助力なしでは、張衛は討てなかったかもしれません」
「はい。敵を打ち崩し、張衛を張飛殿の方へ誘導しました」
 それはすでに知っている。孟達には功を誇り、自らを大きく見せようとする癖がある。張飛や趙雲に比べると、小さな男だと感じてしまう。
 しかし、それはおくびにも出さない。孟達はまだ味方にしておく必要がある。
「孟達将軍、これからも我が軍のために戦ってください」
「お任せください」

「ところで、おふたりに折り入ってお願いがあります」
 法正と孟達は酒杯を置いて、私の方を向いた。
「あなたがたは、まだ劉璋様の配下で、私は借り受けているだけです。しかし、私は法正殿と孟達殿が欲しくなりました。私の真の部下になってくれませんか」
「喜んでなります」と孟達はすぐに答えた。軽い男だ、と私は思った。彼は前世で劉璋を裏切り、さらには劉備をも裏切って、最終的には魏の将軍となった。
「劉禅様、あなたの目的を教えてください」と法正は言った。
「中国全土の統一と平和です。おそらく私はその途上で死ぬでしょうが」
「中国全土……」
 法正は拳を握りしめた。
「劉禅様にお仕えしたい。粉骨砕身いたします」

 建安十七年の冬、荊州公安にいた老将黄忠が、五百騎ほどを連れて、漢中郡南鄭へやってきた。
 私は城主室でふたりきりで会った。
「まずはこれを」と言って、黄忠が私に手紙を渡した。父からの文だった。

 我が太子劉禅、よい働きをしているようじゃな。
 わしは喜んでおる。
 関羽や孔明も、おまえが見事に漢中郡を獲り、民政も上々であること、感心しておるようじゃ。
 だが、問題はこれからである。
 いよいよ、益州に手をつけねばならぬ。
 来年の春に、行動を開始せよ。成都へゆけ。
 わしと孔明と関羽は荊州にとどまる。孫権がうるさいのじゃ。隙を見せるわけにはいかぬ。
 黄忠が、最後にひと花咲かせたいと申しておる。
 戦場で死にたいと言うのじゃ。
 戦わせてやってくれ。
 おまえは以前、荊州軍と漢中軍で益州を挟撃しようと申した。
 漢中軍が危機に陥ったら、助けよう。
 だが、荊州が手薄になったら、呉軍に攻められそうなのじゃ。
 曹操軍は涼州で力をつけている馬超との戦いで、しばらくは南へは動けないであろうと孔明は観測している。
 わしは、いつでも出撃できるように準備をしておくが、まずは漢中軍の独力で、益州を攻めてみよ。
 おまえの活躍を祈っておる。

 私は手紙を読み終えてから、黄忠に話しかけた。
「黄忠殿、死に場所を求めておられるのですか」
「それはちがいます。死にたいと思っているわけではありません。ただ、なんの働きもせず、このまま朽ち果てていくことを、わしは怖れているのです。主から、益州で戦いがあると聞きました。その指揮をするのは、劉禅様であるとも。ならば、あなた様の下で戦いたい。わしを使ってくだされ」
「わかりました。黄忠将軍に、一万の漢中兵を預けます。出陣まで、調練に集中してください。張飛隊、趙雲隊にも劣らぬ黄忠隊をつくっていただきたい」
 黄忠の顔が輝いた。
「ありがたい。この黄忠、死ぬ気で戦いますぞ」
 やはり死に場所を求めているんじゃないか、と私は思ったが、黙っていた。
 黄忠漢升。関羽、張飛、趙雲にも匹敵する優秀な武将である。 
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