中学生小説

みらいつりびと

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妖精の楽譜 第1話 帰郷

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 夏休みだ!
 僕は全寮制の高校から故郷に帰ってきた。
 周囲は一面の果樹園。林檎の樹が生えている。
 高校一年生の一学期。四月から七月。ずいぶんと長く感じた。
 田舎の少年が都会に出て寮で暮らす。友達はできて、ふざけあったりもしたけれど、心休まる瞬間は一度だってなかった。
 人間関係はむずかしかったし、教師の目が四六時中光っていた。
 孤独を楽しむ時間なんて少しもなかった。
 やっと僕は解放された。休暇だ。
 故郷はとてもきれいなところだ。
 僕の家を含めた五、六軒の家が林檎の林に囲まれている。秋になると、真っ赤に色づいた実を摘み取るのだ。その後、村の人々が集まって行う収穫祭はささやかだが、とても楽しいものだ。大人は林檎酒を飲み、子どもは林檎ジュースを飲む。肉や野菜を焼いて食べる……。
 故郷には穏やかな小川が流れている。裏山を越えると谷川になっている。谷川は切り立った崖に挟まれていて、容易には降りていけない。危険なので、そこへ行くのは禁止されていた。
 でも僕は上流に崖崩れがあって、そこから川に降りていけるのを知っていた。
 川の水は冷たくて澄んでいて、ニジマスやヤマメが釣れた。だが、せっかく釣った魚も家には持ち帰れない。ひどく残念な気持ちを噛みしめて、川に放してやったものである。
 村の生活は単調で、都会のような刺激的なことはなんにもない。しかし、僕はその静かで落ち着いた暮らしがこの上なく好きだった。
 両親は久しぶりに帰ってきた僕を歓迎してくれた。母は林檎パイを作ってくれた。三人でそれを食べながら、母は学校はどうだったかとか、友達はできたかとかあれこれと質問してきた。僕はあいまいに答え、相変わらずだなと思った。パイの味も不思議なくらい以前と変わっていなかった。
 父はむっつりと黙ったまま煙草をふかしている。それでも機嫌はよくて、吐き出す煙で輪っかを作っていた。僕はその輪っかが崩れていくようすを眺めた。
「父さん、それどんな味がするの」
「苦いだけさ。おまえが吸ってもむせかえるだけだ」
 父は美味そうに煙草を燻らせながら答えた。
 嘘ばっかり、と思った。僕はすでに煙草の味を知っていた。寮で仲間に誘われて、隠れてニ、三度吸ったのである。別に彼らが特別に不良だというわけではなく、都会ではあたりまえのことだった。だが、父は僕がこっそりと煙草を吸ったなど、考えもしないのだ。それを軽蔑したりはしない。むしろ、その純粋さがとても好ましく思えた。僕がこのまま都会の学校に通いつづけたら、確実に失ってしまうものだ。
 帰郷した夜、僕は安らかに眠った。夜空には星が無数に瞬いていた。
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