中学生小説

みらいつりびと

文字の大きさ
14 / 16

妖精の楽譜 第2話 都会の学校

しおりを挟む
 翌日、おしゃべりな近所のおばさんたちが、僕が帰ってきたという話を聞いてやってきた。彼女たちは僕を見ながら背が高くなっただの、洗練されただのと言い合っていたが、やがて母を交えて世間話を始めた。今年の台風は大丈夫だろうかとか、村長がぎっくり腰になったとか、どうでもいいことをいつまでも鶏みたいに話している。うるさいので、僕は家から飛び出した。
 しばらくあたりをぶらついた。
 小川の丸い石ころの陰には沢蟹が隠れている。いつも怒ったような顔をしているのに、こいつを見ると思わず微笑んでしまうのはなぜだろう。素揚げにすると美味しいからだろうか。
 玲の家にはいちじくの木が生えている。幹が横に伸びている木で、幼いころ僕たちはよくこの木に登って遊んだ。木は飛行機で、枝の上は操縦席だった。僕が操縦をしているとき、突然枝が折れ、僕は地面に落下した。下は草地で、幸いたいした傷はなかったのだが、次の日から木登りは禁止されてしまった。
 僕は玲の家の玄関をノックした。
「こんにちは!」と声を張り上げた。
 返事はなかったが、中からドタバタした音が聞こえた。留守ではないらしい。玲が出てきた。幼なじみの女の子だ。僕と同い年だが、高校には通っていない。中学校を卒業し、いまでは果樹園の手伝いをしているはずだ。
「やあ、櫂じゃないか。久しぶり」
「久しぶり、玲」
「元気そうだな。背が伸びたね」
「少しね。話でもしようかと思ってきたんだけど、邪魔かい?」
「櫂が邪魔なんて、そんなことあるものか。上がってよ」
 玲の部屋は板が散乱していて、足の踏み場もないほどだった。
「何事だい、これは?」
「本棚を作ろうと思ってね。学校に行かなくなったし、たいして仕事もないし、暇を持て余しているんだ。今度町に出たとき、ごっそり本を買い込もうと思っているんだ。おっと、何か冷たいものでも持ってくるね」
「おかまいなく」と答えたが、玲は台所に行った。彼女の得意な酸っぱい檸檬ジュースが出ているだろうと予測した。思ったとおり、尖った氷入りの檸檬ジュースが運ばれてきた。
「なあ櫂、都会の高校ってのは、どんなところだい?」
 それが彼女の一番聞きたいことなのだろう。
「そうだな。楽しいことは楽しいんだけど、僕はあまり好きじゃない。学校の規則はきびしく、先生も口喧しい。かと言って生徒は規律正しいというわけじゃなくて、隠れたところで、かなり乱れてる。不良もいる。でも、そんなことはどうだっていいんだ。学校なんてどこでもそんなものだ。僕が特に嫌なのは、全寮制ってところだね。いつも誰かと一緒にいなければならない。合わせるのは大変だよ。なぜ流行を追わなければならないのか、なぜ他人と競って勉強しなければならないのか、僕にはわからない。くだらない盗難事件やけんか、くだらないことばかりだよ」
 僕は未整理のままあふれるようにしゃべってしまってから、玲のあぜんとした顔を見て後悔した。
「いや、いまのはただの愚痴だ。忘れてくれ。素晴らしいこともたくさんあるよ。たとえば、煙草を吸ったりさ。うまいよ。ここにいたら、子どもは吸えない。だけど、やっぱり僕はあそこが苦手だな。学校は複雑なところだよ。モラリストじゃやっていけないんだ。要領のいいやつらが得をする世界なんだ」
 玲は少し驚いたようだった。
「煙草が素晴らしいこと?」
「ああ」
「想像以上に嫌なところのようだ」
 僕は急に玲の部屋の居心地が悪くなったような気がした。檸檬ジュースを飲み干した。
「今日はこれで失礼するよ。ジュースごちそうさま」
「もう帰るのかい? また来てね。いや、今度は私が行こうかな」
「いつでもどうぞ。じゃあね」
 僕は玲の家から逃げるように飛び出した。なぜあんなことを言ってしまったのか、自分自身を疑った。僕は莫迦だ。
 嫌な気分になって、果樹園の中に足を踏み入れて、奥へ奥へと進んだ。僕は足早になっていた。しまいには駆け出し、村の果樹園を離れ、森の中に入っていった。
 大木がたくさん立っていて、あたりは薄暗い。野薔薇の群生があって、気をつけないと棘で怪我をする。青い林檎を実らす樹が散らばって生えている。
 そこは僕の秘密の場所だった。
 野薔薇に隠れて、僕は待った。彼らに出てきてくれと祈った。しかし、あたりは静まりかえって、鳥の声すら聴こえなかった。
 いつまで待っても静止した周囲のようすは変わらず、彼らは姿を現さなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ボディチェンジウォッチ

廣瀬純七
SF
体を交換できる腕時計で体を交換する男女の話

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...