恋愛発電

みらいつりびと

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初めての読者

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 森口くんと初めてデートした日の夜、わたしは『発電天使相川彼方』という掌編小説のようなものを書き、それを印刷してかばんに入れた。
 翌日、そのかばんを持って登校した。
 教室に入った瞬間に、森口くんと目が合った。
「おはよう、森口くん」
「おはよう、相生さん」
 わたしと彼は少し照れながら挨拶を交わした。わたしは彼が大好きになっていたし、彼もわたしに好意を抱いてくれているように見える。この恋は大切にしたい、と思った。
 掌編小説を読んでもらいたい気持ちと稚拙なものを見られるのが恥ずかしいという想いが半ばしている。
 どうしよう……?

 わたしと森口くんがしばらくの間見つめ合っていると、千歳がポンとわたしの肩を叩き、意味ありげににまっと笑った。
「昼休みに報告ね」
 わたしはこくんとうなずいた。彼女の好奇心を満たしてあげないと、たぶん機嫌を損ねてしまうだろう。

 いつものように学食で千歳とユナさんと一緒に昼食を取る。
 ふたりと仲良くすることで、高校はかなり居心地の良い場所となっている。この友情も大切にしなければならない。

「奏多、昨日は森口くんとどこへ行ったの?」と千歳から単刀直入に訊かれた。
「『蔦屋』というかき氷屋さんだよ。すっごく美味しかった」
「『蔦屋』? 知らないお店ね」
「私は店名だけ聞いたことがあるわ。行きたいと思っていたんだけど、いまのところ行けてない。値段の高いかき氷じゃなかった?」
「うん、高かった。森口くんが奢ってくれたから、わたしは支払ってないけど」
「森口くん、奏多に高級かき氷をごちそうしたの? 思ってたよりずっとポイントの高い男子じゃん!」
「そうなのよ~、森口くんは予想以上にいい男の子だってわかったの! 趣味が合うし、紳士的だし、やさしいし、仕草が上品だし、けっこう顔もいいし、足が長いし、昨日はすごく楽しかった。小説を書いてみないかって言われて、思わず昨晩書いちゃったよ! とても短い小説だけど」
「奏多、すでにマジで惚れてないか?」
「いやだなあ、こんなところでそんなこと訊かないでよ!」
 わたしは自分の顔がにやけてしまうのをどうすることもできない。
 千歳とユナさんが顔を見合わせた。
「こりゃあマジだ……」と千歳がつぶやいた。
「奏多ちゃん、昨晩書いたっていう小説、読ませてもらえない?」
「いいよ。印刷して持ってきた。かばんの中に入ってる。ちょっと恥ずかしいから、屋上で読んでもらってもいいかな?」
「じゃあ、3人で屋上に行こう」
 わたしたちは食事をそそくさと済ませた。
 いったん教室に寄って、わたしはかばんから印刷物を取り出した。
 屋上へ向かう。

「読んでみて。千歳とユナさんがわたしの小説の初めての読者だよ」
 わたしはユナさんに紙を渡した。
「読ませてもらうわよ」
 ユナさんが手に持って読み、千歳は隣からのぞいている。
 ふたりがわたしの処女作を読む。
 短いので、すぐに読み終わったようだ。
 
 ユナさんが顔面を蒼くして、わたしの顔を穴が開くほど見た。
「奏多ちゃん、この小説をこのままの形で、私たち以外に読ませたらいけないと思う……」
 千歳もこくこくとうなずいている。
 わたしは少し落ち込んだ。
「そんなにひどい出来?」
「いや、文章とかストーリーとかの問題じゃないの。初めて書いたにしては、ちゃんと読めるよ。問題は人名! 相川彼方は相生奏多で、森崎誠一は森口誠で、知念風斗は知多疾風でしょう! この高校に在籍している実在の人物だって丸わかりだよ。奏多ちゃんの欲望が、この小説に生の形で出すぎているの! もし森口くんに読ませるつもりなら、人物名を変えてからにすべきよ!」
「あっ……!」
 わたしは絶句した。
 ユナさんから小説を奪い取り、くしゃっと丸めてポケットに入れた。 
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