放棄村の玲ちゃん

みらいつりびと

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第2話 管理都市から脱出する人々

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 圏内での暮らしは、僕が初めて地方都市に移住したときとは激変している。人間は政治、経済のすべてに渡って、AIに依存していた。仕事をする人間はいなくなっていた。
 ところで、僕は玲ちゃんと遊ぶのを至上の喜びとしていたが、街で友達がいないわけではない。元仙台市長を父に持つ伊達道宗という男と大学で知り合い、交流を続けている。伊達は政治家になるつもりだったが、市長や議員などの職業もなくなって、彼も一般遊民の一人である。
 彼とときどき酒を飲むが、「つまらない。人生がつまらない」というのが口癖だ。
「AIが作るゲームや映像や小説を楽しんでいるだけでも、暇つぶしはできるじゃないか。おまえはサッカーチームにも入っているし、十分楽しく生きているように見えるけど」
「すべては暇つぶしさ。おれは全身全霊をかけて仕事をしてみたいんだ。おれが全力を出せばどれほどのことができるのか試してみたい」
「おまえが全力を出したって、そこいらのAIの1パーセントの仕事もできやしないよ」
「つまらない。人生がつまらない」
 彼はぐいっとビールをあおる。このビールだって安くてなかなか美味いのだが、彼はいつも少し不満そうなのである。
「おまえは何やら楽しそうなことをしているようだな。管理地域外に行って、何をしているんだ?」
 僕は玲ちゃんと放棄村で過ごしていることをあまり口外しないようにしている。危険だからやめろと言われたり、変人に見られたりするからだ。でもまぁ、長いつきあいのこいつには話してもいいだろうと思い、故郷の放棄村で幼馴染が狩猟採集生活をして暮らしていることと、ときどきそこへ行って遊んでいることを説明した。
「面白そうだ。それは面白そうな人生だ」
「たいへんだぞ。並みの人間じゃできない。彼女は生活給付金をもらっていないんだぜ」
「AIに養ってもらっているのが、おれは我慢ならないんだ。ぜひその放棄村に連れて行ってくれ」
「自転車で圏内を50キロ、動物がうろうろしている廃道を40キロも走り、その上獣道を10キロ以上這い登ってやっと到着する場所だぞ。おまえに行けるのか」
「圏内は車で移動すればいいだろう」
「なんで自転車を持っていくのか、いちいちAIに説明したりするのがめんどうくさいんだよ」
「いいぜ。体力には自信がある。サッカーをしているからな」
「圏外に出ると救急車は来ないし、熊が出没する。命の保障はできないぞ」
「かまわない。おまえの幼馴染に会わせてくれ。人生の教えを乞いたい」
 伊達は真剣なようだ。
「到着するのに12時間以上かかるし、何泊かしてくることになる。でかいリュックサックを用意してくれ。道中の飲み物と食料と多少の着替えを詰め込むんだ。あと、彼女への贈り物を持って行くと、喜ばれると思う」
「何を持って行けばいいんだ。まさか装飾品とかじゃないだろう?」
「当たり前だ。山では手に入らず、生活に役立つ物なら何でも喜ばれる。おれは今回は弾丸と醤油の一升瓶を持って行くつもりだ。そう言えば、前回会ったときに、しっかりした靴が欲しいと言っていたな」
「サイズはいくつだ」
「24センチ」
「24センチの女性用トレッキングシューズを贈れば、喜ばれるか」
「ます間違いなく喜ぶだろう」
 1週間後、僕と伊達は放棄村に向かった。獣道を登ったり、藪漕ぎをしたりするのを何時間も続けるのは、サッカーとはまったく別の体力と精神力を必要とする。伊達は放棄村に着いたとき、「死ぬかと思った」とつぶやいた。
 玲ちゃんは見知らぬ人物を見て警戒していたが、僕の友達で、悪いやつじゃないと紹介すると、1段階警戒レベルを下げたようだった。
 伊達が女性用トレッキングシューズのカラフルな物とシックな物の2足を贈ると、彼女はすっかり笑顔になった。
 翌日、玲ちゃんと僕と6匹に増えていた犬は、伊達を連れて狩りに出た。鹿を1頭仕留めた。ついでに山菜を摘んで玲ちゃんの家に帰った。
 家はしっかりとした木材で建てられていて、建て替えることなく使われている。
 伊達は湧き水を飲み、獣肉と山菜を食べる生活がすっかり気に入ったようだった。
「これこそ人生だ。おれが求めているものだよ」
 この1回だけではなく、伊達は毎回僕と一緒に放棄村に通った。玲ちゃんや犬たちともすっかり打ち解けて、僕たち3人は仲間になった。伊達は玲ちゃんを尊敬して、師匠と呼んだ。
「おれは給付金をもらう生活をやめる。ここで暮らそうと思う」とある日伊達は言い出した。
「単におれがここで暮らすだけじゃない。おれはここにコミュニティを作ろうと思う。仙台圏での暮らしにうんざりしていて、山暮らしに適応できそうな男と女を選んで、小さな集落を作るんだ」
 政治家の息子はこういう発想をするのか。僕は楽しい遊び場が変質するのが少し嫌だったけれど、玲ちゃんはどう思うのだろう。
「もちろん師匠の許可が得られればの話だけど」
「別にいいよ。ここは私の私有地じゃないから。ここで生きていけるのなら、やってみれば」と玲ちゃんは言った。「ただし、私は世話なんかしないよ。伊達くんもここで暮らすと言うのなら、独り立ちしてね」
 伊達はややびびったようだった。
「師匠は村の再興に協力してくれないのか?」
「勝手にやって。邪魔しないけど、協力もしない。めんどくさいから」
「村人ができたら、交流ぐらいするよね?」
「人づきあいなんて忘れちゃった。楽しければ、するわ」
 僕はここに移住するつもりはなかった。
「僕は仙台圏の暮らしも気に入っている。ときどき遊びに来るぐらいがちょうどいい。住むつもりはないよ」
「真ちゃんが住んでくれるのが一番うれしいんだけど」
「いいとこ取りするみたいで悪いけど、今の生活を続けたい」
「いいわ。真ちゃんは今までどおり家に泊めてあげる」
 話の大筋は決まった。
 伊達は行動を開始した。元仙台市長の息子で政治家志望だっただけあって、彼には行動力がある。
 まず、放棄村の廃屋を一軒選んで、自分が住めるように改築した。廃屋はすっかり植物に侵食されて、動物のねぐらになっていたが、基礎はまだしっかりしていた。彼は大工道具を持ち込んで、作業をした。僕は手伝ったが、玲ちゃんは伊達がどこまでできるか試すように、見守っているだけだった。半年ほどかけて、伊達の家ができた。
 彼は狩猟免許も取得して、自力で狩りをするようになった。
 そして放棄村に移住できそうな人を選定した。AIに養われる暮らしに飽き足らなくて、自然の中での暮らしに憧れている人はけっこういた。伊達はその中から、慎重に放棄村に移住できそうな人を選び、話をもちかけた。
 希望する人を彼は放棄村に連れて行き、自宅に泊めて、山の暮らしを体験させた。こんな暮らしは無理だと思う人もいたし、ここで住みたいと考える人もいるようだった。
 伊達は生活給付金をもらうのをやめてでも移住したいと言う男女を二十人ばかり選び出し、移住の準備を始めた。このころには僕は彼とは一定の距離を取り、玲ちゃんと遊んでいた。
 肉を食い、酒を飲みながら、玲ちゃんと話をした。
「伊達の移住計画は成功するかもしれないな。あいつは本気だし、やると決めたら、すごい力を発揮する男だよ」
「そうみたいね」
「村が復活するかもしれない。効率を求めて大都市に集約し、縮小するばかりだった人間の生活圏が、ほんのちょっとだけだけど広がる。これはすごいことだよ」
「案外、日本や世界のあちらこちらで起こっていることなんじゃないかしら」
 玲ちゃんはそんな洞察をした。
「何の情報もないからわからないけどさ。こういうことがどこか別の場所で起こっていても、不思議じゃないでしょう?」
「そうだね」
 さらに何年かが経過した。伊達たちは山に定住し、狩猟採集生活をしている。もはや放棄村ではなく、小さいながらも立派な村だ。動物避けの柵を立てて農業を始める人もいたし、鍛冶に取り組む人もいた。玲ちゃんも村の人と馴染んで、楽しそうに暮らしている。とてもよかったと思う。
 日本統治AIは村の存在を知っているはずだが、生活を妨害したりはしなかった。もちろん村人に生活給付金はくれないし、一切のサービスを提供しない。完全に放置していた。
 僕は35歳になった。
 相変わらず毎月1週間ほど玲ちゃんの家に泊まり、遊んでいる。
 彼女と結婚し、この村に定住しようかな、と考えるようになっている。
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