41 / 47
男の子は愛しく、女の子は恋しい
しおりを挟む
ボクは綾乃をずっと抱きしめていた。
彼女は鼻をすすり上げながら泣いていて、体も震えているので、放ってはおけなかった。
でもなんて言ってなぐさめていいかわからなかったし、下手な言葉は言わない方がいいと思ったので、ずっと抱きしめているしかなかった。
30分近くそうしていた。ようやく綾乃は泣き止み、手のひらで涙を拭った。
「ごめん。輝もつらいのにこんな話を聞かせて」
「いや、つらさの度合いがちがいすぎて、こっちの悩みは吹っ飛んだわ」
「ぷははは。そう……」
綾乃は笑ったが、いつもの力はなかった。
彼女は立ち上がり、奥の部屋からノートパソコンを持って食卓に戻ってきた。電源を入れ、あるファイルをダブルクリックして開いた。
「この小説、彼を少しモデルにしているから、もう書けない。消去すると思う。輝にだけ読んでほしい」
「この間話してくれた『男の子は愛しく、女の子は恋しい』?」
綾乃はうなずいた。
ボクだけが読者なの?
もし名作だったらどうしよう。
「では、拝読させていただきます」
読み始めた。
綾乃の小説は大学の入学式のシーンから始まっていた。語り手の「わたし」はバイセクシュアルの女で、印象的な少女に見惚れる。彼女の髪はショーカットで、一部を黄色く染めている。え、これってボクがモデル?
わたしは彼女に話しかけたいが、その日は話しかけることができない。漢文学の講義のとき、席が隣り合わせになり、やっと話す機会を得る。完全に実話じゃないか。ボクと綾乃が初めて話したのと同じシチュエーションだ。
わたしはファミリーレストランでバイトをしている。いつも紙に何か描いている常連客が登場する。さえない風貌のアラサー男性だ。わたしは食べ終わった食器を下げにいくとき、紙を見てしまう。わたしをモデルにした裸の女が描かれていた。
彼にお詫びにごちそうすると言われて、お詫びじゃなくてご褒美なんじゃないのと思いながらも、回転ではない寿司を食べに行く。
裸の女の絵が上手だったと言うと、僕はエロ漫画家なんだと彼は言う。エロい漫画ばっかり描いているけど、実際にセックスしたことはないんだ。童貞。漫画家って、売れっ子はすごいお金持ちだけど、僕みたいな底辺の漫画家は貧乏で、寿司はものすごく久しぶりに食べた。一本の漫画を描き上げるには長い時間がかかる。締め切り前の徹夜は当たり前。3日ぐらいほとんど寝ないこともめずらしくない。その割には稼ぎは少ない。原稿料は安くて、単行本が出ないと儲からないけど、売れそうな漫画でなければ、単行本にしてもらえない。僕は単行本になるかならないかギリギリのところにいる。まもなく原稿の量が本になる程度貯まるのだが、編集者に聞いても、本にしてもらえるという確約が得られなくて苦しい。僕は純愛で和姦の漫画をよく描くのだが、最近は編集者からもっと特殊なシチュエーションを考えた方がいいとよく言われる。
わたしは彼の話が面白かったので、ノリでセックスしてみる?と言う。そして二人はセックスフレンドになる。わたしは彼を嫌いではない。少しは愛しく思うようになる。
これはどの程度実話なのだろうか?
一方、わたしとショートカットの女の子とは仲よくなって、ドリアンパフェが美味しい喫茶店でよくおしゃべりするようになる。お互いに小説家をめざしていて、文学の話をよくする。こっちは実話そのものだ……。
わたしは完全に彼女を愛するようになり、彼女とのセックスを妄想しながらオナニーする。妄想セックス描写が過激でボクは内心で引く。綾乃はこんなことを考えているのか。これが現実化したら困る。
ある日わたしは彼女に愛を伝える。さらりと言ったが、実は清水の舞台から飛び降りる覚悟だった。完全には拒絶されなかったので、わたしはほっとする。彼女はブラックホールのような強い吸引力を持っていて、わたしはどうしようもなく惹かれている。黒い穴に落ちたい。
真実の恋に落ちて、セフレとの付き合いを絶ちたいと思うようになり、エロ漫画家と別れるところで小説は終わっていた。
なんて感想を言っていいのかわからない。ボクにとっての衝撃作だ。冷静な評価はできない。
しかもこのモデルの男の人が自殺したの?
ボクが沈黙していると、綾乃がファイルを消去した。
「こんなものはゴミだね。大切な友だちを貶めているし、文章も下手だ。なんでゴミを文学賞に応募しようなんて思っていたんだろう。ゴミが受賞できるわけがない。いやゴミよりひどい。一人の男の人を殺した過程を書いている。とても応募なんてできない」
綾乃はまた泣いていた。
「綾乃は死ぬな!」
ボクはまた彼女を抱きしめた。
「死なないよ。わたしはしぶといんだ」
「責任を感じて自殺したりしないでよ!」
「だから死なないって。もうすぐお母さんが帰ってくる。そろそろ……」
「うん。じゃあ帰るよ」
「またわたしと喫茶店に行ってくれる?」
「行くよ。当たり前じゃないか」
ボクは微笑む。綾乃が安心してくれますように。
ボクはアパートの部屋を出て、錆びて老朽化している階段を下りた。綾乃が切なそうにこっちを見つめている。
彼女は鼻をすすり上げながら泣いていて、体も震えているので、放ってはおけなかった。
でもなんて言ってなぐさめていいかわからなかったし、下手な言葉は言わない方がいいと思ったので、ずっと抱きしめているしかなかった。
30分近くそうしていた。ようやく綾乃は泣き止み、手のひらで涙を拭った。
「ごめん。輝もつらいのにこんな話を聞かせて」
「いや、つらさの度合いがちがいすぎて、こっちの悩みは吹っ飛んだわ」
「ぷははは。そう……」
綾乃は笑ったが、いつもの力はなかった。
彼女は立ち上がり、奥の部屋からノートパソコンを持って食卓に戻ってきた。電源を入れ、あるファイルをダブルクリックして開いた。
「この小説、彼を少しモデルにしているから、もう書けない。消去すると思う。輝にだけ読んでほしい」
「この間話してくれた『男の子は愛しく、女の子は恋しい』?」
綾乃はうなずいた。
ボクだけが読者なの?
もし名作だったらどうしよう。
「では、拝読させていただきます」
読み始めた。
綾乃の小説は大学の入学式のシーンから始まっていた。語り手の「わたし」はバイセクシュアルの女で、印象的な少女に見惚れる。彼女の髪はショーカットで、一部を黄色く染めている。え、これってボクがモデル?
わたしは彼女に話しかけたいが、その日は話しかけることができない。漢文学の講義のとき、席が隣り合わせになり、やっと話す機会を得る。完全に実話じゃないか。ボクと綾乃が初めて話したのと同じシチュエーションだ。
わたしはファミリーレストランでバイトをしている。いつも紙に何か描いている常連客が登場する。さえない風貌のアラサー男性だ。わたしは食べ終わった食器を下げにいくとき、紙を見てしまう。わたしをモデルにした裸の女が描かれていた。
彼にお詫びにごちそうすると言われて、お詫びじゃなくてご褒美なんじゃないのと思いながらも、回転ではない寿司を食べに行く。
裸の女の絵が上手だったと言うと、僕はエロ漫画家なんだと彼は言う。エロい漫画ばっかり描いているけど、実際にセックスしたことはないんだ。童貞。漫画家って、売れっ子はすごいお金持ちだけど、僕みたいな底辺の漫画家は貧乏で、寿司はものすごく久しぶりに食べた。一本の漫画を描き上げるには長い時間がかかる。締め切り前の徹夜は当たり前。3日ぐらいほとんど寝ないこともめずらしくない。その割には稼ぎは少ない。原稿料は安くて、単行本が出ないと儲からないけど、売れそうな漫画でなければ、単行本にしてもらえない。僕は単行本になるかならないかギリギリのところにいる。まもなく原稿の量が本になる程度貯まるのだが、編集者に聞いても、本にしてもらえるという確約が得られなくて苦しい。僕は純愛で和姦の漫画をよく描くのだが、最近は編集者からもっと特殊なシチュエーションを考えた方がいいとよく言われる。
わたしは彼の話が面白かったので、ノリでセックスしてみる?と言う。そして二人はセックスフレンドになる。わたしは彼を嫌いではない。少しは愛しく思うようになる。
これはどの程度実話なのだろうか?
一方、わたしとショートカットの女の子とは仲よくなって、ドリアンパフェが美味しい喫茶店でよくおしゃべりするようになる。お互いに小説家をめざしていて、文学の話をよくする。こっちは実話そのものだ……。
わたしは完全に彼女を愛するようになり、彼女とのセックスを妄想しながらオナニーする。妄想セックス描写が過激でボクは内心で引く。綾乃はこんなことを考えているのか。これが現実化したら困る。
ある日わたしは彼女に愛を伝える。さらりと言ったが、実は清水の舞台から飛び降りる覚悟だった。完全には拒絶されなかったので、わたしはほっとする。彼女はブラックホールのような強い吸引力を持っていて、わたしはどうしようもなく惹かれている。黒い穴に落ちたい。
真実の恋に落ちて、セフレとの付き合いを絶ちたいと思うようになり、エロ漫画家と別れるところで小説は終わっていた。
なんて感想を言っていいのかわからない。ボクにとっての衝撃作だ。冷静な評価はできない。
しかもこのモデルの男の人が自殺したの?
ボクが沈黙していると、綾乃がファイルを消去した。
「こんなものはゴミだね。大切な友だちを貶めているし、文章も下手だ。なんでゴミを文学賞に応募しようなんて思っていたんだろう。ゴミが受賞できるわけがない。いやゴミよりひどい。一人の男の人を殺した過程を書いている。とても応募なんてできない」
綾乃はまた泣いていた。
「綾乃は死ぬな!」
ボクはまた彼女を抱きしめた。
「死なないよ。わたしはしぶといんだ」
「責任を感じて自殺したりしないでよ!」
「だから死なないって。もうすぐお母さんが帰ってくる。そろそろ……」
「うん。じゃあ帰るよ」
「またわたしと喫茶店に行ってくれる?」
「行くよ。当たり前じゃないか」
ボクは微笑む。綾乃が安心してくれますように。
ボクはアパートの部屋を出て、錆びて老朽化している階段を下りた。綾乃が切なそうにこっちを見つめている。
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
咲坂(SAKISAKA)という、誰の目にも留まるほど美しい女性は――俺にだけ“心の闇”を見せた。
里見 亮和
キャラ文芸
誰もが振り返る美しさを持つ咲坂雪菜。
普通ならとても近づけない存在なのに、なぜか彼女は俺にだけ歩み寄る。
その理由に触れたとき、彼女の“心の闇”は静かに俺へ重なり始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる