作家志望愛詩輝の私小説

みらいつりびと

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那須へ 次回最終回

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 綾乃との旅行の日、ボクは目覚まし時計を仕掛けていた5分前にパチッと目を開けた。
 昨夜は楽しみで興奮して、なかなか寝付けなかったのだが、絶対に遅刻できないという想いがこの時間にしゃっきりと起きさせたのだろう。寝不足だが、脳内でアドレナリンが出ているのか、まったく眠気がない。
 東京駅の銀の鈴広場で綾乃と待ち合わせ。ボクは10分前に到着したけれど、彼女はすでに待っていた。
「綾乃、お待たせ」
「おはよう、輝」
 2日めに茶臼岳に登ることにしているので、ボクたちはリュックサックを背負い、登山靴を履いている。
 今回は思いっきり贅沢をしようということで、二人の想いは一致している。
 駅弁を食べたいので、朝食は食べてきていない。駅弁屋さんに入って、あれこれと迷ったあげく、二人とも「牛肉どまん中」というお弁当を買った。
 緑のラインカラーが格好いい東北新幹線やまびこに乗る。座席に着いて、「楽しみだね!」「すごい楽しみ!」と言い合う。
 やまびこが走り出した。東京駅から那須塩原駅までの所要時間は70分。お腹がすいていたので、早速「牛肉どまん中」を食べた。米沢名物の牛丼弁当で、甘辛く煮付けた牛肉とご飯が合って、美味しい。これが朝ご飯とは、なんて贅沢なんだ!
「昨日は興奮してなかなか眠れなかったよ」
「わたしも」
「夏休み最大のイベントだ」
「もちろんわたしもそうだよ」
「かき氷を作りまくって稼いだお金があるからね。ぱーっと使うぞ」
「おー! ファミレスでふだんの倍は働いたから、お金持ちだぜ」
 綾乃とおしゃべりしていたら、あっという間に那須塩原駅に到着した。
 シャトルバスで那須どうぶつ王国へ向かう。
 ボクも綾乃も動物好きだ。どうぶつ王国で動物とふれあって二人ともキャッキャした。犬や猫と遊んだのはもちろんだが、ここではカピバラにも触れる。ボクがカピバラを撫でていたら、ごろんとひっくり返っておなかを見せた。かわい過ぎる!
 いろんな動物のショーを見て大満足。昼食は「ヤマネコテラス」というレストランで「トチブー鉄板焼き」という豚肉料理を那須の雄大な自然を見ながらテラス席で食べた。トチブー旨い。最高だな。でも夜にはおそらくもっと美味しい料理をホテルで食べるし、明日は茶臼岳にも登る。きっと最高を更新し続けるぜ。
 那須どうぶつ王国と那須湯本温泉をつないでいるバスはないので、タクシーで移動。「大丸温泉旅館」に3時30分にチェックインした。旅館という名を聞くとボクはこじんまりした建物を思い浮かべるが、「大丸温泉旅館」は大型のホテルだ。
 人が少ないうちに混浴の大露天風呂「川の湯」に入っちゃおうと二人の意見が一致して、速攻で源泉かけ流しのお風呂に向かった。ザーッという川の音が響き渡る透明なお湯の大きな露天風呂に、タオルで体を隠しながら入った。男性が一人入っていたが、こちらを見るような不躾な真似はしないでいてくれた。
「気持ちいいね」
「リラックスする。サイコー。こんな贅沢は初めてだよ。わたし生きててよかった」
「大袈裟だなぁ」
「全然大袈裟じゃない。大好きな人と二人きりで旅行して、素敵なホテルに来て、綺麗な露天風呂に浸かっている。こんなしあわせはもうないかもしれない。わたしは明日死んでもいいよ」
「死ぬなよ、頼むから」
「輝を抱けるなら死ぬ」
「それだけは勘弁して」
 ゆったりと1時間ぐらい温泉に入っていた。
 部屋でくつろぐ。さすがに疲れていて、ボクも綾乃も少しだけ昼寝した。
 夕食は個室のお食事処でいただく。「栃木黒毛和牛ステーキプラン」を予約している。ステーキがメインだが、前菜から始まる懐石料理だ。ボクも綾乃も懐石なんて食べるのは初めて。和食のフルコースが楽しみでたまらない。
 二人とも金色の炭酸飲料を飲んだ。美しく盛りつけられた和食を食べながら、グビグビと金色のを飲む。究極の贅沢だと言い合った。鮎の塩焼きと小鮎の天ぷらが仰天するほど美味しい。苦みが最高。栃木和牛のステーキは蕩ける旨さ。
 自分史上最高の料理を食べながら、綾乃とおしゃべりした。旅行は佳境の真っ只中。ボクは踏み込んだ話をした。
「ボクには3人の好きな人がいる」
「きゃーっ、恋バナ来た!」
「恋バナなんて単純なものじゃない。とても複雑な話なんだ。長くなるかもしれない。聞いてくれる?」
「もちろん聞く」
「一人めはSF研の先輩の尾瀬忍さんという男性。特に格好いいわけではなくて、口調もほぞぼそしているし、最初はなんとも思っていなかった。でも周りをとてもよく見ていて、思いやりがあって、目立たないけれど、みんなを助けていることがわかってきた。ボクのことも気づかってくれている。先日、映画を一緒に見に行ったんだ」
「デート?」
「まぁデートかな。映画代も食事代も出してくれたし。そのときとても情熱的にSFに対する愛を語った。小松左京さんと震災に関する話には感動したよ。この人いいなって思った」
「うわっ、妬ける。告られたらどうするの?」
「向こうから告白してくれたら、付き合うかもしれない」
「邪魔しなくっちゃ」
「やめてよ。馬に蹴られるよ」
「冗談よ。それで、二人めはどんな人?」
「兄さん」
「え? 近親相姦?」
「ちがうよ。兄はボクを恋愛的に愛しているけど、ボクは家族として愛している」
「妹を愛する人って、ラノベの中だけじゃなかったんだね・・・」
「兄さんはとってもいい人なんだ。ラーメン修行をしていて、いずれはお店を持って、旨いラーメンをボクに食べさせるって言ってくれてる。いつからボクのことを好きだったのかとかはわからない。そんなこと訊けないからね。ボクと兄さんが結ばれることはあり得ないんだから」
「禁断の愛ね」
「ボクはそういう意味では愛してないんだってば! でも兄はずっとボクを愛し続けているせいで、今まで恋人を作ったことがないみたい」
「童貞なの?」
「知らないよ! ボクは兄さんが可哀想で、愛しくて、いつかははっきりふらなくちゃいけないと思っているんだけど、一緒に住んでいる家族をどうやってふればいいのかわからない」
「なるべく早くふることを推奨するね」
「それができたらもうやっているよ!」
「輝、お互いに家を出て一緒に住もう。それならお兄さんをふれるでしょ?」
「ふれない。兄さんのことはすぐには解決できないよ。3人めの話をしよう。空鳥綾乃という人なんだけど」
 綾乃の顔が硬直した。
「今まで話した二人より大切に思っている人かもしれない。親友だよ。生きてきてこんなに気が合った人には初めて出会った。趣味も夢も一致してる。たぶん異性だったら恋してる」
「愛に同性とか異性とか関係ないと思うんだけど」
「ボクには無視できない問題なんだ。男性と結婚して、ふつうのセックスをして、子どもを産んで生きたい」
「世の中には同性で事実上の結婚をして、人工受精で子どもを産んで、育てているカップルもいる」
「ボクはそんな複雑な家庭を持ちたいとは思えないんだ。空鳥綾乃という人には、とても悪いと思っているんだけど」
「その人は気長に待つと思うよ」
「綾乃にはもっといい恋愛をしてほしい」
「輝以上の人は考えられないよ」
「ボクは別の恋人を作るかもしれない」
「金色のを飲んで、耐えるよ……」
 綾乃は泣き笑いしながら金色の炭酸飲料を飲んでいた。
 デザートが運ばれてきて、いったん会話は止まったが、その後も部屋に戻って、ボクたちは語り続けた。
 長い夜になった。
「自殺したエロ漫画家さんのことを考えると、今でも泣いちゃうんだよ」と言って、実際に綾乃は涙を流していた。
「泣いていいよ、綾乃」
「輝の胸の中で泣いていいかな」
「いや、それはだめ」
「けちー」
「泣いていいし、忘れないでいいと思うよ。ボクたちはいろんなつらいことを抱えて生きていくしかないんだ」
「輝はわたしとお兄さんの想いを知りながら、別の男と生きていくのか」
「そうなるかもね」
「つらいな」
「つらいよ」
 日付が変わっても寝床で話していたが、いつの間にか綾乃が寝息を立て始めた。
「おやすみ、綾乃」
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