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第65話 9月の取材
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第2日曜日の午前6時に美沙希がキタトネ川岸のウシボリに着くと、すでに全員が揃っていた。
ブラックバスマガジン編集者の小鳥遊優は、デジタル一眼レフカメラでキタトネ川を撮影していた。
カズミは夏休みにバイトをしていた水郷釣具店で、第1日曜日に購入したベイトタックルを持って立っていた。
西湖はサバイバルゲームでもするかのような迷彩服を着て、スピニングタックルを持っていた。
真央はスマホに目を落としていた。写真撮影もスマホでするつもりなのだろう。
美沙希は自転車から降りて、「おはよう」と言った。みんな、あいさつを返してくれた。彼女はベイトタックルの準備を始めた。
「今日の私のテーマはスピナーベイトを投げ抜くことです。一番好きなルアーなの。根がかりしにくいこのハードルアーで、9月の元気なバスを探して釣るつもり」
「あたしは新品のベイトタックルでまずは1匹釣りたいです。ハードルアーを投げ抜こうと思ってます」
「ボクは美沙希ちゃんを眺めながら、このかわいいタナゴちゃんクランクベイトで遊ぼうと思ってますっ。釣れても釣れなくてもどっちでもいいやっ」
「わたしは写真撮影だけします。文化祭のためにがんばります。取材の邪魔にならないよう気をつけます」
「今日は3人がハードルアーを投げまくるんだな。いいじゃないか。西川さん、釣れたら写真を撮らせてくれよ」
「西湖ちゃんですっ」
「お、おう、西湖ちゃん、よろしくな」
「よろしくですっ」
ウシボリで釣りが始まった。
開始早々、カズミが新品のベイトリールでライントラブルを起こした。バックラッシュしてしまったのだ。
周りを注意して見ていた美沙希がすぐに気づき、カズミにかけよった。
「カズミ、バックラッシュは初心者が必ず起こしてしまうものなの。ベイトリールを嫌いにならないでね。直し方を教えてあげる」
「ありがとう、美沙希」
「まずクラッチボタンを押して、ラインをゆっくりと送り出すの。焦ると、ラインがよけいに絡まっちゃうからね。こうしてていねいにやって、巻き直せば、ほら、元どおり」
「やさしいね……」
カズミはうっとりと美沙希の顔を眺めた。釣れなくてもしあわせだ。
「やさしいですねっ、美沙希ちゃん! ボクのライントラブルも直してくださいっ」
「西湖ちゃん、ライントラブルなんてしていないじゃん!」
「カズミちゃん、やさしくされたくて、わざとライントラブルしたんじゃないでしょうねっ」
「するかっ。今日は大切な取材の日なのよ!」
西湖が邪魔で、しあわせな気分が台なしだ、とカズミは思った。
ウシボリでは誰も釣れず、午前7時、ヨロコシ川に移動した。
すぐに美沙希がバスをかけた。慎重に寄せて、豪快に抜き上げる。最初の1匹は35センチの元気なバスだった。宣言したとおり、スピナーベイトでのキャッチだ。
「いい写真が撮れた。いいぞ、川村」
「わたしもいい写真が撮れたと思う。さすがね、美沙希」
「カッコいいですっ、美沙希ちゃん! 惚れ直しましたっ」
そのときカズミはライントラブルを直していた。
「うぐぐ……。なかなか直らない……。ちくしょう、西湖ちゃん、美沙希とハイタッチなんてしやがって……」
嫉妬心がまたむくむくと膨れあがってきた。
午前10時、マエ川へ移動した。
オオス地区で美沙希が29センチのバスを釣ったとき、カズミはまたライントラブルを直していた。深刻なトラブルで、鋏を使ってラインを切らないと治せないレベルだった。
「カッコよすぎですーっ、美沙希ちゃんっ!」と叫んで西湖が美沙希に抱きつくのを、カズミは涙目で見ていた。
正午ごろ、美沙希のお気に入りのラーメン店「純樹」に入り、昼食を食べた。
「奢らないからな。割り勘だ」
「会社の経費で落ちないんですかっ、小鳥遊ちゃんさんっ」
「落ちねえよ。うちの会社の経営は楽じゃないんだ。てか、小鳥遊ちゃんさんってのはなんだよ! やめろ!」
「優ちゃんさん」
「もっと悪い! 小鳥遊さんと呼べ」
「小鳥遊記者ちゃん」
「もういいよ、小鳥遊ちゃんさんで!」
美沙希と真央は笑っていた。
ぐいぐいと仲間に入ってくる西湖を見て、カズミは笑えなかった。
時間をかけて美沙希と仲よくなったのに、西湖は2週間ほどですごく仲よくなっている。
西湖には、自分と同じく女性同性愛者の可能性もある。美沙希を愛しているかもしれない。
ライバルかもしれないのだ。
笑えるはずがなかった。
夕方、彼女たちはまたウシボリに戻って釣りをした。
タナゴ型のクランクベイトを投げつづけていた西湖が41センチの見事なバスを釣った。
「やりましたっ、釣りましたよっ、美沙希ちゃん!」
「やったね、西湖ちゃん!」
ふたりはまたハイタッチしていた。
カズミはまだノーフィッシュで、懸命にバイブレーションを投げていた。
結局、彼女は釣れないまま、日没を迎えた。
「約束だからな、琵琶には報酬をあげられない」
「はい。仕方ありません。納得しています……」
カズミの声は震えていた。
「西湖ちゃんの写真は記事に使わせてもらう。5千円を支払おう」
「うわーっ、臨時収入ですっ。ありがとうございますっ、小鳥遊ちゃんさん」
カズミは悔し涙を流した。
美沙希は彼女の肩をポン、と軽く叩いた。
「ドンマイ、カズミ」
「次はやるよ、あたし……」
美沙希のやさしさだけが救いだった。
ブラックバスマガジン編集者の小鳥遊優は、デジタル一眼レフカメラでキタトネ川を撮影していた。
カズミは夏休みにバイトをしていた水郷釣具店で、第1日曜日に購入したベイトタックルを持って立っていた。
西湖はサバイバルゲームでもするかのような迷彩服を着て、スピニングタックルを持っていた。
真央はスマホに目を落としていた。写真撮影もスマホでするつもりなのだろう。
美沙希は自転車から降りて、「おはよう」と言った。みんな、あいさつを返してくれた。彼女はベイトタックルの準備を始めた。
「今日の私のテーマはスピナーベイトを投げ抜くことです。一番好きなルアーなの。根がかりしにくいこのハードルアーで、9月の元気なバスを探して釣るつもり」
「あたしは新品のベイトタックルでまずは1匹釣りたいです。ハードルアーを投げ抜こうと思ってます」
「ボクは美沙希ちゃんを眺めながら、このかわいいタナゴちゃんクランクベイトで遊ぼうと思ってますっ。釣れても釣れなくてもどっちでもいいやっ」
「わたしは写真撮影だけします。文化祭のためにがんばります。取材の邪魔にならないよう気をつけます」
「今日は3人がハードルアーを投げまくるんだな。いいじゃないか。西川さん、釣れたら写真を撮らせてくれよ」
「西湖ちゃんですっ」
「お、おう、西湖ちゃん、よろしくな」
「よろしくですっ」
ウシボリで釣りが始まった。
開始早々、カズミが新品のベイトリールでライントラブルを起こした。バックラッシュしてしまったのだ。
周りを注意して見ていた美沙希がすぐに気づき、カズミにかけよった。
「カズミ、バックラッシュは初心者が必ず起こしてしまうものなの。ベイトリールを嫌いにならないでね。直し方を教えてあげる」
「ありがとう、美沙希」
「まずクラッチボタンを押して、ラインをゆっくりと送り出すの。焦ると、ラインがよけいに絡まっちゃうからね。こうしてていねいにやって、巻き直せば、ほら、元どおり」
「やさしいね……」
カズミはうっとりと美沙希の顔を眺めた。釣れなくてもしあわせだ。
「やさしいですねっ、美沙希ちゃん! ボクのライントラブルも直してくださいっ」
「西湖ちゃん、ライントラブルなんてしていないじゃん!」
「カズミちゃん、やさしくされたくて、わざとライントラブルしたんじゃないでしょうねっ」
「するかっ。今日は大切な取材の日なのよ!」
西湖が邪魔で、しあわせな気分が台なしだ、とカズミは思った。
ウシボリでは誰も釣れず、午前7時、ヨロコシ川に移動した。
すぐに美沙希がバスをかけた。慎重に寄せて、豪快に抜き上げる。最初の1匹は35センチの元気なバスだった。宣言したとおり、スピナーベイトでのキャッチだ。
「いい写真が撮れた。いいぞ、川村」
「わたしもいい写真が撮れたと思う。さすがね、美沙希」
「カッコいいですっ、美沙希ちゃん! 惚れ直しましたっ」
そのときカズミはライントラブルを直していた。
「うぐぐ……。なかなか直らない……。ちくしょう、西湖ちゃん、美沙希とハイタッチなんてしやがって……」
嫉妬心がまたむくむくと膨れあがってきた。
午前10時、マエ川へ移動した。
オオス地区で美沙希が29センチのバスを釣ったとき、カズミはまたライントラブルを直していた。深刻なトラブルで、鋏を使ってラインを切らないと治せないレベルだった。
「カッコよすぎですーっ、美沙希ちゃんっ!」と叫んで西湖が美沙希に抱きつくのを、カズミは涙目で見ていた。
正午ごろ、美沙希のお気に入りのラーメン店「純樹」に入り、昼食を食べた。
「奢らないからな。割り勘だ」
「会社の経費で落ちないんですかっ、小鳥遊ちゃんさんっ」
「落ちねえよ。うちの会社の経営は楽じゃないんだ。てか、小鳥遊ちゃんさんってのはなんだよ! やめろ!」
「優ちゃんさん」
「もっと悪い! 小鳥遊さんと呼べ」
「小鳥遊記者ちゃん」
「もういいよ、小鳥遊ちゃんさんで!」
美沙希と真央は笑っていた。
ぐいぐいと仲間に入ってくる西湖を見て、カズミは笑えなかった。
時間をかけて美沙希と仲よくなったのに、西湖は2週間ほどですごく仲よくなっている。
西湖には、自分と同じく女性同性愛者の可能性もある。美沙希を愛しているかもしれない。
ライバルかもしれないのだ。
笑えるはずがなかった。
夕方、彼女たちはまたウシボリに戻って釣りをした。
タナゴ型のクランクベイトを投げつづけていた西湖が41センチの見事なバスを釣った。
「やりましたっ、釣りましたよっ、美沙希ちゃん!」
「やったね、西湖ちゃん!」
ふたりはまたハイタッチしていた。
カズミはまだノーフィッシュで、懸命にバイブレーションを投げていた。
結局、彼女は釣れないまま、日没を迎えた。
「約束だからな、琵琶には報酬をあげられない」
「はい。仕方ありません。納得しています……」
カズミの声は震えていた。
「西湖ちゃんの写真は記事に使わせてもらう。5千円を支払おう」
「うわーっ、臨時収入ですっ。ありがとうございますっ、小鳥遊ちゃんさん」
カズミは悔し涙を流した。
美沙希は彼女の肩をポン、と軽く叩いた。
「ドンマイ、カズミ」
「次はやるよ、あたし……」
美沙希のやさしさだけが救いだった。
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