釣りガールズ

みらいつりびと

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第68話 西湖の家

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 文化祭の打ち合わせを終えて、西湖は自転車で自宅へ向かった。
 水郷高校はイタコ市北部の高台にある。
 彼女は市の南部の町、オウギシマに住んでいる。
 イタコ大橋を渡ると、まもなく家に着く。
 大きくも小さくもない日本家屋の玄関を開ける。
「ただいまですっ、叔母さん!」
「おかえり、西湖。もう、養子縁組も済ませたんだから、お義母さんって呼んでって言ってるのに」
「ごめんなさいですっ、叔母さん!」
 西湖は明るく言って、2階に与えられた自分の部屋に入った。

 学習机の上には、2年前に交通事故で亡くなった実の父と母の写真が飾られている。
 父は西湖と同じ銀髪。北欧の人を思わせる彫りの深い顔立ちをしていた。
 母は艶々とした黒髪を肩まで伸ばした美人。その容貌は、驚くほど美沙希と似ていた。
「お父さん、お母さん、ただいま……」
 人前で出す明るく元気な声とはほど遠い沈んだ口調で、西湖は写真立てに向けて言った。
「今日も美沙希ちゃんと話せたよ……。ちょっと人見知りなところもお母さんとそっくりなんだ。あの子のこと、どんどん好きになっちゃうよ……」

 2年前の中学2年生の夏休みのとき、西湖は家族で那須高原へ旅行した。帰路、東北自動車道で居眠り運転のダンプカーにぶつけられ、自家用車の運転席に乗っていた父と助手席にいた母は即死した。
 後部座席にいた西湖だけが生き残った。
 仲のよかった両親を一度に失い、彼女は絶望の淵に立たされた。
 孤児となった彼女を引き取ったのは、父の弟だった。
 叔父、西川誠司。その妻、由真。
 子どものいない彼らは、実の娘のように西湖を可愛がり、去年、彼女を養子にした。
 しかし、西湖は最愛の父と母をまったく忘れることができなかった。思い出の中で、ますます美しくなるばかりだった。
 父の趣味はタナゴ釣り。
 それはいまや、西湖の趣味となっていた。
 彼女の部屋には大きな水槽がふたつあって、各種のタナゴが泳いでいる。

「美沙希ちゃんと仲よくなるよ……。あの子と話していると、つらさを忘れられる……。もっと仲よくなるよ……。お母さん、美沙希ちゃんはすごくかわいいんだ。愛してる……」
 西湖は写真立てに向かって、長々とつぶやきつづけていた。
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