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第73話 突然の出来事
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土曜日の午前6時、イタコ大橋の南端で、美沙希、カズミ、真央、西湖は集合した。
美沙希とカズミは新品のタナゴ竿を持っている。美沙希は新しい釣りへの期待で気分が高揚していた。
真央は手ぶらだった。彼女の役目はスマホでの写真撮影だ。
西湖の自転車のカゴには、魚を生きたまま持ち帰るための30センチ水槽とエアーポンプが入っていた。彼女はタナゴ釣りの各種の道具が入ったリュックを背負っている。
「では、ボクが釣り場へご案内しますねっ! タナゴは湖、河川、水路、いろいろなところで釣れますが、今日はホソと呼ばれる小水路で釣りたいと思います。着いてきてくださいっ!」
西湖が自転車を漕ぎ、3人が後ろにつづいた。
比較的広いアスファルト舗装された道路を進み、途中から田んぼの中を伸びる砂利道へと曲がった。細い道の横には、細い水路が寄り添うようにつづいている。
まっすぐに伸びているように見えたホソだが、少しだけS字状に蛇行している箇所があった。西湖は自転車を止め、ホソをのぞき込んだ。
「キラッと光ってる。いますよ、ここ。他の部分より、水深が10センチばかり深いんです。タナゴポイントですっ!」
西湖は手早く竹の和竿に仕掛けをセットし、餌の黄身練りをこね、釣り針をホソに沈めた。親ウキが軽く震えた。彼女が竿を上げると、そこにはキラキラと光る銀色の小さな魚がついていた。
「はい、タイリクバラタナゴです。やっぱりいましたねっ!」
「早っ!」
カズミが感嘆し、美沙希も驚いていた。
真央が西湖とタナゴを撮影した。
「では、やってみてください。竿の長さは一番短い90センチがここには合っていますよ!」
美沙希とカズミは釣りの準備を始めた。
西湖は水槽に水を入れ、釣ったタナゴをそこに放し、エアーポンプを作動させた。そして、彼女はそれ以上釣りをしないで、ふたりを見守った。
美沙希が準備を終え、釣り始めた。しばらく待ったが、アタリがない。
「もう餌がないと思いますよ」
美沙希が竿を上げた。黄身練りはもうついていなかった。
西湖が美沙希の餌をチェックした。
「もう少し硬めの方がいいですね」
黄身練りの粉を足し、練り直す。
「これでやってみてください」
美沙希が釣りを再開する。すぐに親ウキが反応した。合わせたが、空振りで、魚は釣れなかった。
「合わせが遅かったです。イトウキが横に動いたタイミングで合わせたら釣れたと思います」
「ありがとう、西湖ちゃん。次は釣る」
ここで、カズミも釣りを開始した。
美沙希がイトウキの反応を見て合わせると、細長い小魚が釣れた。
「タナゴじゃない……」
「クチボソですね。それもキープですっ。ミニ水族館で見てもらいましょう」
「小さな魚を釣るの、面白いかも。かわいい」
「カワイイですよねっ!」
西湖は美沙希にべったりとくっついていた。
カズミは放置されていた。
カズミは空振りばかりだった。
美沙希はクチボソを釣った20分後にタナゴを釣った。魚体が丸い。
「やった! きれい! かわいい!」
「やりましたねっ、さすが美沙希ちゃんですっ!」
真央が写真を撮り、水槽の魚が3匹になった。
美沙希はコツを覚えたのか、2匹目、3匹目と釣り上げた。
「タナゴ釣り、楽しい!」
「でしょう!」
西湖は美沙希の隣で釣りを再開した。彼女はものすごいペースでタナゴを釣った。たちまち水槽の中の魚は10匹を超えた。
カズミは水面に針が届いた瞬間に餌が取れたりして苦戦し、ノーフィッシュのままだった。
西湖と美沙希はタナゴ釣りを楽しんでいる。
ふたりは楽しそうに話している。
カズミはイライラしてきた。
「ねえ、西川さん、あたしにもタナゴ釣りを教えてよ」
「西湖ちゃんです」
「呼び方なんか、どうだっていいわ! あたしひとりだけ放置ってひどくない?」
「呼び方は大切です。親愛の情を示すものです。西湖ちゃんと呼んでください」
「釣りを教えてくれたらそう呼ぶわ。まずは、あたしにタナゴを釣らせてよ!」
「西湖ちゃんと呼んでくれたら、教えてあげます」
カズミは腕を震わせ、西湖を睨んだ。
西湖は平然とカズミの瞳を見ていた。
美沙希は不穏なものを感じて、黙り込んだ。
真央は驚いて、カズミと西湖を交互に見た。
「もう教えてくれなくてもいいわ! タナゴなんかどうでもいい! そんなことよりさあ、西川さん、美沙希から離れてよ!」
「離れません。美沙希ちゃんからは離れませんよ!」
「あたしの美沙希から離れろ!」
「離れません。あたしの美沙希って、なんですか? 美沙希ちゃんはあなたのものなんですか? ちがいますよね、美沙希ちゃん?」
西湖が美沙希の目を縋るように見上げた。
「う、うん……」
「ほら、美沙希ちゃんは琵琶さんのものではありませんよ!」
カズミが美沙希に歩み寄った。すぐ近くにまで寄った。
「美沙希、あたしの気持ちに、まったく気づいてないの?」
カズミは泣きそうな声でそう言った。
美沙希は答えることができなかった。カズミの言葉の意味は推測できたが、まだ答える準備が整っていなかった。
「あたしは、あなたを愛しているのよ!」
「…………っ!」
「あたしはレズビアンなの! 心の底から美沙希を愛しているの! あなたが大好きなのよ!」
突然の告白とカミングアウトに驚いて、美沙希は茫然としていた。
西湖と真央も黙り込んだ。
美沙希はカズミの瞳を見つめた。
どう答えようかと悩んだ。
永遠にも思えるような時間が流れた。
実際には5分ほどの沈黙がつづいただけだった。
カズミは静かにすすり泣き始めた。
釣り具をかたずけ、その場から去ろうとした。
「待って、カズミ!」と美沙希が叫んだ。
カズミは足を止めた。
「あたしのこと、愛してる?」
美沙希はまた沈黙した。答えられなかった。
肯定も否定も、どちらもできなかった。
カズミは涙を流したまま自転車に乗った。
彼女の後ろ姿を見ながら、美沙希も泣き出した。
カズミの姿が小さくなっていき、やがて見えなくなった。
大切な瞬間に、きちんと答えることができなかった。
ものすごく大切なものを失おうとしている。
このままだと、私は後悔する、と思った。
そう強く感じた。
美沙希は衝動的にカズミを追おうとした。
自転車に乗った。
「美沙希ちゃん、待ってください!」
「西湖ちゃん?」
「ボクも美沙希ちゃんが好きです。友だちとしてではなく、愛しています」
西湖の目は美沙希の目をまっすぐに射抜いていた。
ついに美沙希の脳はショートした。
「いますぐ答えるのは無理ですよね。ボクも帰ります」
西湖も去った。
美沙希は立ち尽くしていた。
真央は苦悩する美沙希を見ていた。カズミのことを淡く愛していたが、結果がどうなろうと、わたしは身を引こうと心に決めた。カズミが美沙希を愛するほど真剣に、カズミを愛しているとは思えなかった。
「わたしたちも帰ろう、美沙希」
「うん……」
タナゴ釣りに行く前の高揚感は煙のように消え失せて、喪失感だけが残っていた。
美沙希とカズミは新品のタナゴ竿を持っている。美沙希は新しい釣りへの期待で気分が高揚していた。
真央は手ぶらだった。彼女の役目はスマホでの写真撮影だ。
西湖の自転車のカゴには、魚を生きたまま持ち帰るための30センチ水槽とエアーポンプが入っていた。彼女はタナゴ釣りの各種の道具が入ったリュックを背負っている。
「では、ボクが釣り場へご案内しますねっ! タナゴは湖、河川、水路、いろいろなところで釣れますが、今日はホソと呼ばれる小水路で釣りたいと思います。着いてきてくださいっ!」
西湖が自転車を漕ぎ、3人が後ろにつづいた。
比較的広いアスファルト舗装された道路を進み、途中から田んぼの中を伸びる砂利道へと曲がった。細い道の横には、細い水路が寄り添うようにつづいている。
まっすぐに伸びているように見えたホソだが、少しだけS字状に蛇行している箇所があった。西湖は自転車を止め、ホソをのぞき込んだ。
「キラッと光ってる。いますよ、ここ。他の部分より、水深が10センチばかり深いんです。タナゴポイントですっ!」
西湖は手早く竹の和竿に仕掛けをセットし、餌の黄身練りをこね、釣り針をホソに沈めた。親ウキが軽く震えた。彼女が竿を上げると、そこにはキラキラと光る銀色の小さな魚がついていた。
「はい、タイリクバラタナゴです。やっぱりいましたねっ!」
「早っ!」
カズミが感嘆し、美沙希も驚いていた。
真央が西湖とタナゴを撮影した。
「では、やってみてください。竿の長さは一番短い90センチがここには合っていますよ!」
美沙希とカズミは釣りの準備を始めた。
西湖は水槽に水を入れ、釣ったタナゴをそこに放し、エアーポンプを作動させた。そして、彼女はそれ以上釣りをしないで、ふたりを見守った。
美沙希が準備を終え、釣り始めた。しばらく待ったが、アタリがない。
「もう餌がないと思いますよ」
美沙希が竿を上げた。黄身練りはもうついていなかった。
西湖が美沙希の餌をチェックした。
「もう少し硬めの方がいいですね」
黄身練りの粉を足し、練り直す。
「これでやってみてください」
美沙希が釣りを再開する。すぐに親ウキが反応した。合わせたが、空振りで、魚は釣れなかった。
「合わせが遅かったです。イトウキが横に動いたタイミングで合わせたら釣れたと思います」
「ありがとう、西湖ちゃん。次は釣る」
ここで、カズミも釣りを開始した。
美沙希がイトウキの反応を見て合わせると、細長い小魚が釣れた。
「タナゴじゃない……」
「クチボソですね。それもキープですっ。ミニ水族館で見てもらいましょう」
「小さな魚を釣るの、面白いかも。かわいい」
「カワイイですよねっ!」
西湖は美沙希にべったりとくっついていた。
カズミは放置されていた。
カズミは空振りばかりだった。
美沙希はクチボソを釣った20分後にタナゴを釣った。魚体が丸い。
「やった! きれい! かわいい!」
「やりましたねっ、さすが美沙希ちゃんですっ!」
真央が写真を撮り、水槽の魚が3匹になった。
美沙希はコツを覚えたのか、2匹目、3匹目と釣り上げた。
「タナゴ釣り、楽しい!」
「でしょう!」
西湖は美沙希の隣で釣りを再開した。彼女はものすごいペースでタナゴを釣った。たちまち水槽の中の魚は10匹を超えた。
カズミは水面に針が届いた瞬間に餌が取れたりして苦戦し、ノーフィッシュのままだった。
西湖と美沙希はタナゴ釣りを楽しんでいる。
ふたりは楽しそうに話している。
カズミはイライラしてきた。
「ねえ、西川さん、あたしにもタナゴ釣りを教えてよ」
「西湖ちゃんです」
「呼び方なんか、どうだっていいわ! あたしひとりだけ放置ってひどくない?」
「呼び方は大切です。親愛の情を示すものです。西湖ちゃんと呼んでください」
「釣りを教えてくれたらそう呼ぶわ。まずは、あたしにタナゴを釣らせてよ!」
「西湖ちゃんと呼んでくれたら、教えてあげます」
カズミは腕を震わせ、西湖を睨んだ。
西湖は平然とカズミの瞳を見ていた。
美沙希は不穏なものを感じて、黙り込んだ。
真央は驚いて、カズミと西湖を交互に見た。
「もう教えてくれなくてもいいわ! タナゴなんかどうでもいい! そんなことよりさあ、西川さん、美沙希から離れてよ!」
「離れません。美沙希ちゃんからは離れませんよ!」
「あたしの美沙希から離れろ!」
「離れません。あたしの美沙希って、なんですか? 美沙希ちゃんはあなたのものなんですか? ちがいますよね、美沙希ちゃん?」
西湖が美沙希の目を縋るように見上げた。
「う、うん……」
「ほら、美沙希ちゃんは琵琶さんのものではありませんよ!」
カズミが美沙希に歩み寄った。すぐ近くにまで寄った。
「美沙希、あたしの気持ちに、まったく気づいてないの?」
カズミは泣きそうな声でそう言った。
美沙希は答えることができなかった。カズミの言葉の意味は推測できたが、まだ答える準備が整っていなかった。
「あたしは、あなたを愛しているのよ!」
「…………っ!」
「あたしはレズビアンなの! 心の底から美沙希を愛しているの! あなたが大好きなのよ!」
突然の告白とカミングアウトに驚いて、美沙希は茫然としていた。
西湖と真央も黙り込んだ。
美沙希はカズミの瞳を見つめた。
どう答えようかと悩んだ。
永遠にも思えるような時間が流れた。
実際には5分ほどの沈黙がつづいただけだった。
カズミは静かにすすり泣き始めた。
釣り具をかたずけ、その場から去ろうとした。
「待って、カズミ!」と美沙希が叫んだ。
カズミは足を止めた。
「あたしのこと、愛してる?」
美沙希はまた沈黙した。答えられなかった。
肯定も否定も、どちらもできなかった。
カズミは涙を流したまま自転車に乗った。
彼女の後ろ姿を見ながら、美沙希も泣き出した。
カズミの姿が小さくなっていき、やがて見えなくなった。
大切な瞬間に、きちんと答えることができなかった。
ものすごく大切なものを失おうとしている。
このままだと、私は後悔する、と思った。
そう強く感じた。
美沙希は衝動的にカズミを追おうとした。
自転車に乗った。
「美沙希ちゃん、待ってください!」
「西湖ちゃん?」
「ボクも美沙希ちゃんが好きです。友だちとしてではなく、愛しています」
西湖の目は美沙希の目をまっすぐに射抜いていた。
ついに美沙希の脳はショートした。
「いますぐ答えるのは無理ですよね。ボクも帰ります」
西湖も去った。
美沙希は立ち尽くしていた。
真央は苦悩する美沙希を見ていた。カズミのことを淡く愛していたが、結果がどうなろうと、わたしは身を引こうと心に決めた。カズミが美沙希を愛するほど真剣に、カズミを愛しているとは思えなかった。
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