【完】秋の夜長に見る恋の夢

Bu-cha

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翌日、10月1日。



「・・・今度は研究職に異動なの?
分かってると思うけど、私はそっちの頭はないからね?」



朝早く社長室に呼ばれたかと思ったら、父親でもある社長から“今日から研究職に異動”と言われた。



23歳の年に入社をし、数年に1度は異動をしている。
なるべく多くの部署の仕事を知るように言われているから。



うちの会社内だけでの職種だけど、多方面からの経験により、いかなる状況においても最善の選択が出来るように。



家の中でも“父親”の顔にならないくらい厳格すぎる人間である“社長”が、厳しい目で一人娘の私を見ている。



「何事も最初から決めつけるな。
無駄だと決めつけるな。
そこで得た知識と経験が幅広い事柄に応用出来る。
常に視野を広く保ち時代の流れと社内の流れを読め。」



「それが出来るのは姫(ひめ)でしょ?
社長の娘の私がそれを出来なくて申し訳ないとは思ってる。
洞察力もないし物事の本質も見られない。」



そう言って笑いながら、社長の隣に立つ私の幼馴染みである社長秘書の中岡姫を見る。



小学生の頃からの幼馴染み。
一般家庭で育った姫。
近所に住んでいたので毎日のように私の屋敷に遊びに来ていた。



こんな厳格な父親だったのに、何故か私の父親のことが好きで。
休日にたまに父親が屋敷にいると姫は父親から色々な話を聞きたがった。



私は近くで別なことをしながらその難しくつまらない話を聞いていただけ。
それでも、昔は今よりも器の中に色々と入ってきていたようにも思う・・・。



社長の隣に立つ美しい姫。
私と同じ歳の姫。
でも、その美しさは衰えてなどいない。



きっと、その高級なスーツを脱ぎTシャツにデニム姿でも姫は美しい。



“美しさ”とは、見た目だけのことを言うのではないとは気付いている。



若い時は、その若さそのものが美しくもある。



でも、その若さがなくなった時、私という器の中に溜まっている物で“美しさ”が決まるのだと思う。



だから、私の美しさは衰えてきた。



31歳となり花の色が衰えてきた時、私自身の美しさも衰えてきた。



何も溜まっていないから。



私という器の中には何も溜まっていないから。



いらなかった。



私はいらなかった。



“加賀製薬の社長の一人娘”なんて、いらなかった。



ずっとずっと、そんなのいらなかった。



好きな人と結婚出来ないこんな無駄な肩書きなんて、いらなかった。



空っぽなのに無駄に高級な器を筋肉だけで動かし社長室の扉へと歩く・・・。 



今日から私は、研究職の所属となる。



あと1ヶ月7日。



あと1ヶ月7日で、結婚をする。



好きでもない人と、結婚をする。



「小町、よく眠れてるか?」



厳格な父親が珍しく私の睡眠を気にしている。



「眠れてない。
この結婚が決まった二十歳の頃から、私はよく眠れてない。」



「・・・何故だ?」



「何でだろう?」



それだけ答え、社長室から出た。



聞かれると気付いてしまう。



私は眠い。



二十歳の頃からずっと、眠い。
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