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結婚式前夜



今晩も女達が私の部屋の鍵を開けに来て、“可哀想なステル殿下”の話を長々と聞かされた。
それに何か言いたくなる気持ちはあったけれど、私の口からは何も出てこなかった。



何も何も出てくることはなかった。



この半月、ステル殿下とは何度か会った。
ミランダがその場を設けてくれたから。



それなのにステル殿下は私の顔もろくに見ることはなく、必要最低限の話しかせず、インソルドの話もせず、チチの話もドン爺の話もヨークの話もミーナの話もサラの話もしなかった。



私がインソルド出身だと言ったのに。



私が“ルル”だとは分からないだろうけど・・・



私が“ルル”だとは分からないはずなのに・・・



“ルル”の話もしなかった。



“ルル”のことも聞いてくれなかった。



ソソは何も言ってくれなかった。



私が目を覚ましたとチチが報告書を出した時も。
私に“月のモノ”が来ていないとチチが報告書を出した時も。
ソソからは“何もない”とチチが言っていた。



私が聖女になり“迎えに来て”とエリーに伝えて貰った時も、ソソからは何もなかった。
迎えに来てくれないだけではなく、言伝ても何もなかった。



でも、エリーが伝えることが出来なかったのだと分かってもいた。
あんなに難しい言伝てをエリーは伝えられるはずがないから。



でも・・・



“ソソ、ルル、好き、大好き、愛している。”



私にソソの気持ちを伝えてくれたように、私の気持ちもソソに伝えてくれれば。
そんなことを考えていた。
そんな期待をしてしまっていた。



それなのにソソは迎えに来てくれることはなかった。



私に“月のモノ”が来ていないなら、私はソソと子作りが出来ない。
皇子であるソソは子どもを作ることも仕事。
ソソの16歳の誕生日の日、チチは私に“月のモノ”のことを聞いてきた。
そしてソソに報告書を出した。



だからソソが迎えに来てくれることはなかったのだと思う。



だからソソは“ルル”のことを忘れることにしたのだと思う。



強く強く強く、どこまでも強く生き抜く為に・・・。
最善を尽くす為に・・・。
“ルル”を忘れ、子作りが出来る他の女を好きになったのだと思う。



そんなことを考えながら、今日も城壁の最上部、月明かりの光りに照らされているソソが、大きな剣で素振りをしている姿を眺める。



インソルドを忘れ、“ルル”を忘れ、王宮の男となり生き抜いてきた“ソソ”の・・・“ステル殿下”の姿を眺める。



胸の真ん中に浮かび上がったヒヒンソウの花の刻印、まるで血のような赤い光りを指先で今日も触れながら。
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